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書評:『「メルトダウン・イン・チベット」中国の環境破壊について』 マイケル・バックリー著

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(2015年1月5日 ワシントン・ポスト掲載

カピル・コミレッディ
南アジア、東欧、中東より寄稿

 

マハトマ・ガンジーは1928年、大英帝国について鋭く指摘し「たったひとつの小さな島国である王国の経済帝国主義が、今日世界を鎖につないでいる」と記した。ガンジーは1947年にはインドを自由に導いた。しかし帝国の搾取という猥雑な風景にいまだ囲まれながらガンジーが想像していたのは、イギリスの貧しき臣国が、外国統治から解放されるやいなや、その植民地領主の強欲な習慣をまねんとする未来であった。アジア諸国が西洋と「同様の経済的搾取を始めたら」「世界を丸裸に食い尽くすだろう」とガンジーは記している。

‘Meltdown in Tibet: China’s Reckless
Destruction of Ecosystems from the Highlands
of Tibet to the Deltas of Asia’ by Michael
Buckley (Palgrave Macmillan)

マイケル・バックリーは、忌憚なく見解を述べた本書において、事実を私たちに突きつけることで重要な役割を果たしている。その事実とは、何百万人ものチベット人にとって、ガンジーがかつて描いた荒涼とした未来が、数十年もの間現実であったということである。バックリーは、カナダ人ジャーナリスト兼写真家であり、30年以上にわたりチベットを旅してきた。この中で、彼は中国が容赦なくチベット天然資源を強奪した痛ましい結果について詳細に記している。1950年にチベットを武力併合してからというもの、中国はこの夢心地の美しい高原を残忍に破壊してきた。中国はチベットの豊かな鉱物資源を発掘し持ち去って、ダムを建設しその豊かな河川の流れを変え、無数のチベット人を「新しい社会主義者村」へと追いこんでチベット人のアイデンティティ表現を弾圧し、あらゆる生活手段を全滅させた。「チベットは世界最大の植民地である」とバックリーは私たちに注意喚起する。

バックリーは洞察力に優れた観察者である。チベット環境における一見些細な変化に気づいた彼は、その変化に潜む原因を解明する旅を始めた。チベットの首都であるラサで一匹の蚊に刺され、まず彼は戸惑った。というのも蚊は標高11,000フィート以上では生存不可能のはずであり、ラサは標高12,000フィートに位置しているからである。歴史的に、チベットがマラリアに見舞われたことは1度もなかった。マラリアは近隣地域においていまだに致死率の最も高い病気である。しかし中国の攻撃的な植民地化がチベット環境を悪化させているため、この状況は間もなく変わるだろう。北京からラサまでの鉄道は、技術力の成果であり環境汚染の源であって、車両いっぱいの漢民族の観光客と定住者を運んできている。その漢民族は、中国の民族ヒエラルキーのトップ層であり、当地の慣習に全く無関心の、異国の辺境で富と冒険を追い求める外国人という点では、ますますインドにおけるイギリスのようになってきている。

チベットに思い入れがありながらも、バックリーの文体はセンチメンタリズムに陥ってはいない。彼は犠牲者たちを美化しなければ賞賛することもない。「チベット人は環境保護主義者ではなかった」「チベット人は衛生、給排水やゴミ処理といった観念が全くなかった」と彼は書いている。しかし、目を輝かせた西洋人の中国ウォッチャーたちが上海の摩天楼のきらめきに酔いしいれて、今世紀を中国の世紀と早まって宣言するのとは異なり、バックリーは、中国の大都市に生息する支配者エリートの栄華を一手に支える、辺境における人類の底なしの苦しみについて意識している。彼らにとって、チベットは希少鉱物と水力と水資源の源であり、公式分類では「水タワー最高峰」となっている。幾度もの大虐殺の波を生き抜いたチベット人たちは、いま環境大破壊すなわち砂漠化、地すべり、ダム建設で起こった大規模移住の婉曲表現「環境移住」を耐えなければならない。

しかし中国が仕組んだ危機は、その仏教植民地をさらに超えて広がっている。

チベットは、淡水貯水池としては地球上第3位の大きさであり、ヤンツェ川、メコン川、ヤーラン川、ツァンポ川といった、アジアの生命線となる河川群の源流である。バックリーの計算によれば、インド、パキスタン、バングラデシュ、ビルマ、ラオス、カンボジアといった下流域諸国の75億人の人々が、中国管轄領域を源流とする水源に頼って生存している。越境河川に攻撃的にダム建設をおこない流量を制限することで、中国はチベットの繊細な生態系を危うくしたばかりでなく、下流域諸国に対する政治力を倍増させた。中国国内で急速に増加する巨大ダムと貯水池は26,000基以上ないし全世界の合計の半分にのぼり、北京の中国政府が意のままに開閉できる給水栓なのだ。隣国のインドが寛大にもパキスタン及びバングラデシュと水資源共有条約を締結したのとは異なり、中国は幾度も公正な資源配分をめざす働きかけをはねつけてきた。1997年、北京政府は水資源共有に向けた枠組みを定めた国連の協定を否決した。ウラジミール・プーチンが欧州への原油供給を封鎖すると脅したとき、少なくともそれは相手諸国の間で代替エネルギー資源についての議論を促進した。しかし中国の弱く貧しい隣国たちには、水の代替手段がない。ますます中央北京のなすがままである。

「チベットから流れる巨大河川の終端」へと旅しながら、バックリーは中国の行動によって生活が損なわれた人々に出会っている。たとえばカンボジアでは、バックリーは大地の肥沃化に欠かせない川の沈泥と並んで、魚がいなくなっていることに気づいている。中国のダムのせいで、魚の自然な活動が止まってしまったのだ。バックリーは直接こう述べているわけではないが、その著書はブラフマ・チェラニーによる2011年の必読の研究『水:アジアの新たな戦場』に記載された警告を再確認するものである。すなわち中国が越境河川への無制限なダム建設をすることで、まもなくアジアが水を巡る決死の戦いに追いこまれるだろう、というものである。

この暗い話のただ中で、バックリーは他のアジア諸国にとってのモデルとして、ブータンを挙げている。これは非現実的な解決法である。アジアの人口過剰な諸国は、小さく浮世から離れた仏教王国が追及したような環境政策をまねることはできない。しかしながら、多くの西洋人作家たちが中国での出版という陳腐な特権と引き換えにしぶしぶ検閲を黙認する中で発売された本著『メルトダウン・イン・チベット』は、存在という単なる事実によって、必読の書となっている。チベットから新彊に移住する反体制派の状況悪化が示すように、中国の選挙によらない統治者が約束を守って態度を軟化させるかもしれないという慣用表現が、ひどい妄想だということが証明された。チベットの運命はいま、中国が天下取りを目指して容赦なく競争する物語の、序章というよりはおそろしい最終章のように見える。


(翻訳:H)