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「良心の囚人」ンガワン・サンドル釈放!

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(2002年10月17日 TIN)

ンガワン・サンドルさん

10月17日、チベット自治区最大のラサにあるダプチ刑務所から、ンガワン・サンドルが刑期を9年早く釈放された。この若い尼僧ンガワン・サンドルは、模範的態度が評価され早期釈放されるまでは、チベットのどの女性政治囚より長い期間刑に服していた。13歳で拘留され、15歳で再び拘留された彼女は、釈放後、家族との再会を果たした。ンガワン・サンドルは、欧米の政府や人権団体らが幾度にもわたって釈放を要求してきたチベットの政治囚のひとりである。今年初めから、中国は有名な7名のチベットの政治囚を早期釈放したことになる。

ンガワン・サンドル(俗名レクチョク)は、1977年ラサ生まれのガル尼僧院の尼僧であった。たった11歳の時に彼女にとって初めて政治運動となった1987年から1988年のラサの独立デモに加わった。13歳で、グッツァ拘留所で他の尼僧らと政治抗議に再び参加。この時、彼女はかなり酷く殴打され、両手に一生残る傷を負った。その9ヵ月後に釈放されたが、母親はすでに死亡。父親のナムギャル・タシ、兄のテンジン・シェーラブは、政治活動参加により逮捕されていた。その他、親戚たちは難民としてチベットを脱出していた。

1992年6月、抗議運動を企てたかどで15歳で逮捕され、同年秋に3年の懲役刑を受けた。1993年、彼女は他13名の尼僧らと愛する家族や故郷に対する想いの歌をテープに録音し、そのテープはこっそりダプチ刑務所の外に持ち出された。その結果、ンガワン・サンドルは6年刑を延長され、他の尼僧らともども、激しく殴打を受けることになった。

ナムギャル・タシ
父親のナムギャル・タシ

ンガワン・サンドルの3度目の刑期延長は1998年10月ラサ市中等人民裁判所で下された。その正確な延長の期間は定かではないが、彼女の釈放は2013年と言い渡された(その時、刑期は合わせて21年となった)。この刑期延長は、1998年5月、欧州連合の代表団のダプチ刑務所訪問にあわせて行った抗議運動に加わったことと、同じ年の個人的な抗議運動によるものとされた。その後、2001年9月、彼女の父親のナムギャル・タシがラサの自宅で死去した。

2001年10月、ンガワン・サンドルの刑期は、18ヵ月減らされた。中国政府曰く「真に悔い改め、自己改革への意欲を見せた」との理由による。また強制労働を免除され、編物や織物など「女囚に適当な労働」を与えられたと報告された。ンガワン・サンドルの健康状態は近年極めて深刻な状態であるとのことだ。しかし、ンガワン・サンドルの釈放に重要な役割を果たしたデュイ・ホア財団のジョン・カム氏によれば、ンガワン・サンドルは医療目的の釈放ではなく、若年層の囚人に適用される早期の釈放規則によるものと言う。デュイ・ホア財団はまた声明で、ラサ市中等人民裁判所のみで出されたものでなく、チベット自治区高等人民裁判所や中華人民共和国最高裁判所での判断だということを明らかにした。

ンガワン・サンドルのタイムリーな今回の釈放は、江沢民中国国家主席の米国訪問と時期を同じくし、大変際立つ出来事である。それにもかかわらず、今回で著名なチベットの政治囚が今年釈放された7人目となる。こうしたはっきりした結果となったことで、中国首脳陣がチベットの政治囚に対して新しいアプローチを発達させようとしていることがわかる。TINの調査によると、チベットの政治囚の数は、近年減少している。しかし、2002年2月、TINは188名のチベットの政治囚の数を確認しているが、うち100名はダプチ刑務所に拘留されたままである。