2003年12月 月刊大和路ならら(地域情報誌)より一部抜粋
東京を発ち、伊勢神宮を経て奈良入りしたダライ・ラマ14世は、奈良ホテルに一泊、翌朝、木村清孝東大名誉教授、生井智詔高野山大学学長、森本公誠東大寺上院院主らパネリスト9名と非公開座談会を持った。パネリストのほか、発言権のないオブザーバー約30名も同席した。
まずダライ・ラマ14世が基調講演。座に着くと、ぐいと上半身を乗り出して、ある時はテーブルに肘をつき、またある時は腕をかざしながらゆっくりと熱っぽく語った。迫力満点、全身を搾り出すような低い声が圧倒する。
「世界は一つである、そして人類も一つであるということを再確認してもらいたい」と語り、平和問題、環境問題、科学と宗教の問題、宗教間の調和などに言及した。
20世紀における人の争いは力を誇示し、様々なものを破壊してきたが、元来人間の本性は優しく、怒りや暴力は時にあるが、人は生まれながらに慈悲の心や優しさを持っている。多くの人は今世紀、平和を取り戻さなくてはならないと分かっている。しかし、理解しているだけでは何もならず、問題解決の方法を見せなくてはならない。行動を起こさなくては何も変わらない。過去と同じやり方ではなく、新しい方法で解決すべきであり、それは対話であると力説した。
いわば性善説、世界平和のために行動が必要であり、自分たちの「内なる優しさ」を見つめながら慈悲の心を持って対話を進める時だというわけだ。
亡命以後初めて環境問題にふれたと語った。インドに来て実際に世界の情勢が大変なものであることを知り、そのような現実にふれることによって「経」のみの仏教ではなく、仏教の持つ力を高度に発揮する必要性を強く感じたという。「環境問題は環境に対する暴力に起因する」と言い切った。だから、非暴力に対する思いは、当然環境問題への取り組みにもつながると語る。環境問題を解決するためにも科学者との対話が必要であると述べ、「私は今、科学者との対話を非常に望んでいる」と話す。原爆を例に挙げた。漠然とした説明では原爆の威力は分からないが、科学者の説明する原爆の破壊力やその影響をみなが良く知れば、それがいかに危険で不必要なものであるかわかり、この世にあってはならないものであると認識できると語る。
宗教間の調和についてもダライ・ラマ14世の考えは明快だ。
「伝統的・思想的な違いはあるが、人間を大事にし、人間に貢献したいという点ではどの宗教も同じだ。共通の目的に向かってさらに協力し合う必要がある。そのためにも対話が大切、対話を通じてお互いの理解を深めることを望んでいる」と語る。
パネリストからも、宗教と科学の関係、仏教の持つ問題と現代社会の問題、科学の持つ問題点、社会への関わり方などについて積極的に意見が述べられた。
例えばこんな発言があった。もし、宗教が科学に歯止めをかけるとするなら、具体的にどんな歯止めをかけるべきなのか—。
ダライ・ラマ14世は次のように語った。
「科学者の正義を乱すのは煩悩である。煩悩によって、自分の行動が違ってくる。科学の方向がどういう方向に行くかは、科学者自身が慈悲の心を持ち、主体的なものの捉え方を排除する。そういう技術を身につけなければ、良い方向には向かない」
対話を大事であるが、対話を拒絶する人も多い中、そういう人たちとどのように対話するのか—。
「成果の有無に関わらず、平和を訴えることが必要です。科学的な分析によっても、仏教のもたらす心の変化が実証されている」
教育は「百年の大計」と言われるが、ダライ・ラマ14世はさらに長い時間のなかで物事をとらえ、対話の必要性を訴えていることがひしひしと伝わってきた。心の変化が私たちの思考を変え、人と人を結び付けていく最大の要因になる、というのである。話し合いは約1時間半に及んだ。
東大寺橋本聖圓別当談話
「温かく、良く気がつく方であるとの印象を受けた。猊下は自分と同い年だが、私たちに腹の底から出ているような声で、力を入れ熱意を込めて語られている姿に圧倒された。仏教の基本的な教えに精通し正統派である一方、非常に考え方に幅のある方だと思った。
日本の仏教界の現状について説明し、宗派の垣根を超えようとする動きがあること、そしてその結果が若干出ていること、また仏教が世俗化しており僧侶でありながら戒律を守れない傾向も見受けられることから、今後戒律をいかに守っていくべきか、などについて話した。そして21世紀の様々な仏教はどうなるのかについても話し合った。
ダライ・ラマ法王14世は、世界中に様々な宗教があるが、自分の生まれ育った環境に合った宗教、その土地や歴史の中で育った宗教があるので、自分の生きている社会の宗教を大事にするべきであると語られた。また、教学的に仏教を勉強することの大切さ、戒律や儀式の大切さについても説かれた。そして、宗教と科学は対立的に捉えられることもあるが、科学者との対話を通じてお互いに深めることができるので、科学者との対話も大事であると話された」