ドクター・ダワの「チベット医学入門」第1回(講義1日目午前)
2003年2月8日(土)に行われた講演会「チベット医学入門」より
ダライ・ラマ法王の主治医 ダワ博士のプロフィール

1958年チベットのラサに生れる。1971年、チベットのメンツィ・カン(Men-Tse-Khang チベット 医学暦法研究所)にてチベット医学、鍼灸学、薬学を学ぶ。中国中央厚生局植物学校で優秀な成績を修めて卒業。その後、インドに亡命し、1988年からダラムサラにあるメンツィ・カンのマイトレーヤ医学部顧問。チベット医学の講義等に招かれ、ドイツ、フランス、イギリス、オーストリア、スイス、イタリア、オランダ、ノルウェー、スウェーデン、アメリカ、カナダ、日本を訪問。医療研究の傍ら、薬草関係の写真撮影や油絵などもプロの腕前。母国語のチベット語の他、英語、中国語に堪能。メンツィ・カンとウィーン大学の共同プロジェクトによって出版された薬用植物絵本の著者でもある。
◆ はじめに
チベット医学は奥の深い学問です。今回の講演では、実用的なことを説明しながら、要点をまとめてお話しましょう。今日は種を蒔くようなものです。種を蒔き、芽が出て、成長して葉が茂り、実がなる。このように皆さんがチベット医学の種を育てて成長していくことを祈っています。私が勤めている富山医科大学はチベット医学の勉強を20年も続けています。この間、世界中から生薬を集めて、研究が続けられています。しかし、欧米などと比べて見た場合、日本はチベット医学の研究においては決して進んでいるとは言えません。将来、こうした機会を契機にして、日本においてもさらに発展し広まっていくことを願っています。ダライ・ラマ法王がおっしゃっているように、チベット医学は、チベット人だけではなく、世界の全ての人々に有益になるようにと願って完成されたものであり、またそのような予言も過去に文献に出されているほどです。
◆ チベット医学の歴史
さて本題に入る前に、チベット医学の歴史について簡単にご紹介しましょう。チベット医学は、一説によれば2500年、一般的に3000年の歴史があると言われています。チベットの歴史学者や専門家たちは、チベット医学がチベット土着の宗教であるボン教と関係があることを根拠に3000年説を打ち出しています。
ボン教は仏教がチベットに栄える前にあった原始宗教で、その頃からチベット医学があったと言われています。チベットに医学そのものが始まった経緯は、消化不良を白湯で治療する方法からと言われています。チベット医学の諺に「病気の最初は消化不良、薬の最初は白湯」というように、3000年も前からチベットに医学が根付いたことがわかります。
チベット医学は、動物の知恵を人間にも応用し、医学を発達させてきたと言われています。例えば、動物が病気になった時に、その近くにあった草を食べて病気を治しているのを見てとか、鳥が産んだひびの入った卵に、ある薬草を口の中で噛み砕き、卵に塗りひびを治しているのを見てとかといったことからです。このように動物の知恵から学んだ薬草は25種類あります。そしてチベットの医学は発展し、いよいよ人類の歴史に具体的にチベット医学として現れてきます。
紀元前2世紀、チベットの初代の王ニャティ・ツェンポがラサの南にあるロサ地方に行った時のことです。12人の人々に出会い、彼らにニャティ・ツェンポ王が6つの質問をしました。質問は仏教的なものがほとんどなのですが、その中で「毒には何があるか」という質問に、その12人の中で最も頭の優れた青年が、「毒には薬がある」と答えた逸話が残されています。この逸話から考えても、ニャティ・ツェンポ王に遡る紀元前の時代からチベットに医学が根付いていたことがわかります。
紀元後3世紀に28代目になるラトトリ・ニェンツェン王は、インドから二人の偉大な医者ガジビジとビカラツェをチベットに招きました。2人を宮殿に招いて経験と医療技術をチベット医学の中に吸収しました。ふたりはチベットに残り、チベット医学に貢献しました。この二人の名医にラトトリ・ニェンツェン王はお妃をあげたほどです。名医のひとりビカラツェにトンキトルチョクという息子が生まれ、後に彼がチベット医学の基盤を築きました。トンキトルチョクは、父ビカラツェよりチベット医学を習い、後にラトトリ・ニェンツェン王の侍医にまでなりました。このように、チベット医学は異民族の医学を元に始まったと言われています。
4世紀、ある王子が目の手術をして治ったことが文献に書かれています。既にこの時代からチベットでは、眼病の治療がなされていたことがわかります。
7世紀、偉大なるソンツェン・ガムポ王の時代に、チベット文化は様々の分野においてさらなる発展を遂げました。チベットに仏教を取り入れ、さらに仏典の翻訳に必要なチベット文字を完成させたのも、ソンツェン・ガムポ王です。チベット医学も近隣諸国から様々な医学の知識の導入がなされました。
8世紀、国際的な視野を持つメーアクツォム王の治世に、ネパール、中国、インドなどの周辺国から医学者を招き、サムエ寺院において国際的なチベット医学の会議なるものが開催されました。これらの医学者たちは、3年ほどチベットに滞在し、多くの議論や意見交換などを重ね、チベット医学の基盤となるものを発展させていったのです。
また同時代にチベット医学上の偉大な人物ユトク・ニンマ・ヨテンゴンポがいます。薬師如来の再来と呼ばれるほど125歳の生涯をチベット医学の発展に費やし貢献した医者で、チベットのコンポ地方にチベット医学の学校を設立しました。約三百人ほどの学生が十五年、二十年という当時チベット医学履修に定められた期間をユトク・ニンマ・ヨテンゴンポの学校で学んでいたと言われています。卒業生たちはチベットの各地でさらにチベット医学を発展普及させました。さらにユトク・ニンマ・ヨテンゴンポは、インドに3回、ネパールに2回、中国に2回、及びチベットの各地域を訪問して調査を行い、人の性質、人のあり方、体のなりたち、そういったものを熱心に研究し、チベット医学の根本経典で現在もチベット医学を学ぶ上で不可欠となっている「四部医典(ギュ・シ)」を編纂しました。
1026年、ユトク・ニンマ・ヨテンゴンポの十三代目の子孫が生まれました。1代目は「古いユトク」、13代目は「新しいユトク」と俗に呼ばれています。「新しいユトク」は、「古いユトク」が作った「四部医典(ギュ・シ)」の内容をさらに充実させ完成させました。
14世紀になるとチベット医学に二大流派が生まれました。北方のジャンマ派と南方のスル派です。チベットの土地は広く、気候、風土、人の性質も北と南によってそれぞれ違うからです。この二大流派から「四部医典(ギュ・シ)」の解説書が多く著作され、それぞれ発展していきました。
17世紀、ダライ・ラマ法王五世の時代になると、チベット医学はさらに大きく発展を遂げることになります。非常に有名な仏教学者で医学と占星術の学者でもあった摂政のディシ・サンギェ・ギャツォは、「四部医典(ギュ・シ)」の解説書や具体的な治療法について書き、有名な著書「青いチョロリ」を著しました。さらにロカ地方からタンカ(仏教絵画)の画家を大勢呼び、チベット医学を分かりやすく解説するために79枚のタンカを描かせました。これらのタンカ付きのチベット医学解説書は、英語、フランス語、ドイツ語、中国語などにも翻訳され出版されております。チベット語で書かれたチベット医学についての書物は大変数が多いのですが、残念ながら現段階では、他の言語に翻訳されたものはまだまだ少ないようです。英訳版も出ていますが、表面だけを簡単に紹介しただけで深く内容に踏み込んだものはないようです。
◆人間の体の成り立ち/五大元素 ― 地、水、火、風、空
いよいよ本題に入ります。まず人間の体とは何か、その成り立ちについてご説明しましょう。これらをしっかり認識し把握することによって、病気の実態、病気を引き起こす原因、あるべき普段の生活を深く理解できるようになるのです。
人間の体が成り立つためには、まず「サボン(種)」、次に五大元素(地、水、火、風、空)、そして魂(ワンポ・ナムシェ)が必要です。チベット医学では、受精、五大元素、魂の三つが集まって初めて人間の体が成り立つと考えます。
五大元素とは何でしょう。地、水、火、風、空の五大元素は、私たちの目に見えるものだけを指しているのではありません。例えば、水のような湿った性質を持ったものや水と関係しているものすべてを水の元素、火の場合も火そのものだけではなく熱の性質を帯びたものを火の元素と表現します。五大元素は目に見えるものだけでなく、目に見えないものも含まれます。
◆三つの体質 ― ルン、ティーパ、ペーケン
人間の体が成り立つ時、五大元素を元にルン、ティーパ、ペーケンの三つの体質が表れます。
ルンは五大元素の風から、ティーパは火から、ペーケンは地と水から生まれ、これらの元素と関係しています。チベット医学ではこのようにすべて、ルン、ティーパ、ペーケンを中心に体の成り立ちを考えます。
◆人間の体ができるまで 受精から誕生へ
もし受精卵がルン、ティーパ、ペーケンに何らかの障害を持つと、子宮で健全に育たなくなります。健全な受精卵ができるためには、大変微細な五大元素が必要要素なのです。
人間の体になるもとは精子と卵子ですが、チベット医学では人間の体の根本はあくまで受精卵と考えます。障害のない健全な受精卵に微細な五大元素、そして魂、これらの三つが揃って初めて人間の体ができるのです。
精子と卵子が合体し、受精卵はどのように成長していくのでしょう。2ヵ月目あたりから臍(へそ)から体が出来てきます。そして、臍を中心として生命を支える「脈(ソクツァ)」、これは「大神経」とも訳され、人間の体に最も大切な脈が生まれてきます。第5週目から第9週目までの期間は胎児の形から、「魚の期間(ニェー・ネーカプ)」と言われます。それから第十八週目までの鎖骨や大腿骨など体の骨格が出来上がってくる期間は「亀の期間(ルーペ・ネーカプ)」と言われます。そして、第18週目から第35週目までの期間は「豚の期間(パックペ・ネーカプ)」と言われ、胎児に脂肪が出来、髪、体の毛などが生えてきます。
「豚の期間」が過ぎて、いよいよ出産の時期が迫る第36週目あたりから胎児に五つの感情が表れてきます。その五つの感情とは、なんだか牢獄に入っているような感情、汚い所にいるような感情、真っ暗な所にいるような感情、なんともいえないほど悲しい感情、ひどく無気力な感情です。そして出産となるのです。
◆ 誕生から成長 常に関わる五大元素
誕生から人間の体が成長していくどの過程においても、常に五大元素は人間の体を支配しています。人間と同じように五大元素から出来ている食物などを摂取することで私たちの体内にある五大元素を発展させていくのです。食物を例にとれば、五大元素をもとに、六つの味、八つの効力、三つの消化後の味があり、それらが食物自体の性質を形作っているのです。飲食することにより人は、自らの体に食物の様々な五大元素の精髄を摂り入れるのです。
◆ 七つの体質

内なる五大元素に形成された我々の体は、先ほど触れたようにルン、ティーパ、ペーケンの三つの体質、あるいは三つの要素で出来ています。
体質には、ルン、ティーパ、ペーケン単独の体質、うち二つが混合した体質、さらに三つが混合した体質があり、合わせて七つの体質があります。七つの体質のなかで最良とされるものがルン、ティーパ、ペーケンの三つが混合した体質です。それはなぜでしょう。理由は、いろいろな物を食べても、体の栄養として摂取することができ、また、どんな病気にかかっても取り払うことができるからです。二番目に良いとされるのは、ルン、ティーパ、ペーケンの二つが混合した体質です。ルン、ティーパ、ペーケンの単独の体質は一番下にランクされます。それは、例えばルンだけの体質の人は、ルンを増大させる何か原因となるものを受けた場合、ルンの病気になりやすいからです。

最良の体質の順に
- ルン、ティーパ、ペーケンの混合体質
- ティーパとペーケンの混合体質
- ペーケンとルンの混合体質
- ティーパとルンの混合体質
- ペーケンの単独体質
- ティーパの単独体質
- ルンの単独体質
まず、単独の体質としてルンの体質の人について少し説明しましょう。少し猫背の人、体もあまり大きくない人、肌が青白い人、肌が荒れている人、体を屈伸すると関節がぽきぽき鳴る人、落ち着きの無いあちこち動き回っている人、短気な人、歌を歌ったり聴いたりすることが好きな人、意味もなく笑うことが好きな人、体温が低く冷え性の人、甘いものが好きな人、酸味や辛みのきいた食事を好む人、このような人たちはルンの体質と判定します。
次にティーパの体質の人について述べましょう。アジアの人を例にとると、少し髪が褐色の人、肌の色が赤らんでいるか黄色味がかった人、頭が非常に切れる人、頭の回転は早いが忘れっぽい人、大変自尊心の強い人、顔を真っ赤にして怒る人、体温の高い人、やや大きめの体の人、食事は甘いものと冷たいものを好む人、何を食べてもすぐに空腹になりがちな人、このような人たちはティーパの体質と判定します。
最後にペーケンの体質の人はどうでしょうか。大きな体躯の人、色白の人、少し尊大で威圧的な印象の人、常に冷え症の人、空腹や喉の渇きを我慢できる人、困難に直面しても耐えられる人、食べ物は辛いものや酸っぱいものが好きな人、動きもゆったりで忍耐強く仕事をする人、このような人はペーケンの体質と判定します。
しかし、実際一番多いのは、ルン、ティーパ、ペーケンの二つの混合体質です。混合体質の人たちはどのような特色があるでしょうか。それは五大元素に応用して考える必要があります。例えばルンとペーケンの混合体質の人は、ペーケンを構成する五大元素の水と地が強くなる朝の時間帯ではペーケンの症状が優勢になり、忍耐強くのんびりとしています。反対にルンの構成元素である風が強くなる夕方は、ルンの症状が優勢になり、落ち着かなくなるルンの特徴が出てきます。
このように五大元素とルン、ティーパ、ペーケンは深く関係していることを理解し、自分の体質を認識し、そして常にバランスの取れた体質を保つことがチベット医学における最高の健康管理と言えましょう。
さて、午後の部では、ルン、ティーパ、ペーケンの体質からどのような病気が生まれ、どのようなチベット医学の薬があるのかを説明しましょう。
三大体液の作用
午後の部を始めたいと思います。79枚あるチベット医学タンカ(仏画)の中の1枚に、2本の幹が描かれているものがあります。健康な体を表した幹(健康な幹)とバランスを崩した不健康な体を表した幹(不健康な幹)です。健康な幹は、人間の体を成り立たせるエネルギーのようなものであるルン、ティーパ、ペーケンの三大因素のバランス、つまりそれらの三大要素が体で正しく機能することが健康な体の条件となります。青色はすべてルン、黄色はティーパ、白色はペーケンを表しています。不健康な幹にはそれらのアンバランスな状態が描かれています。ルン、ティーパ、ペーケンの三つのエネルギーは、五大元素(地、水、火、風、空)と結びついています。例えば、ルンは風の元素、ティーパは火の元素、ペーケンは地と水の元素と結びついて成り立っています。
ルンは、人間の体の動きそのもの、血液の循環、呼吸、つばを吐く、喋る、考えごとをする、消化と排泄作用、月経や妊娠などを司る働きがあります。さらに手足を伸ばしたりすることなどもルンの働きによるものです。ルンは、感情(心)と非常に密接な関係にあります。辛かったり悲しかったり、意気消沈したりすると、心に深く作用し、体の中にあるルンが増大します。そしてルンの増大が原因で、ルンのバランスが崩れ、次第にルンと関係のある五臓六腑を攻撃し、病気になるのです。
ティーパは、体の中で熱を作り出す働きがあります。血の色、体液の色、あらゆる色を作る働きもあります。また、勇気や自信が湧き出るのもティーパが活発に働いている証拠です。
ペーケンは、体の安定を保ち、睡眠の調整、人間の体の湿った部分、関節の動きなどを良くする働きがあります。
健康な食生活 不健康な食生活
摂取する食べ物でルン、ティーパ、ペーケンのバランスを保ちます。食べ物を六つの味の要素、つまり甘味、酸味、塩味、辛味、苦味、渋味に分けます。チベット医学では、それぞれ味で分類される食物が関連する五大元素から成り立ち、その効力を含んでいると考えます。
これら六つの味の食物をバランスよく取ることによって、健康な体をつくることができます。そして各自が自分のルン、ティーパ、ペーケンのどの体質かを知り、その体質に合ったものを食べ、住んでいる地域の「性質」*(温帯熱帯寒帯、高地低地、山陸部海沿いなど)を把握し、四季の「性質」*を考慮することによってはじめて心身ともに健康な状態になるのです。
*註「性質」・・・五大元素に合わせて考えた場合の性質
この反対に季節などを考慮しない食生活は体を害することになります。例えば、日本のレストランでよく冬の寒い時期でも氷水を出したりしますが、これは非常に健康に悪い習慣です。胃の熱を奪われ、消化する力が弱まり、人間の体を作り出すエネルギー自体も生れません。また下痢を引き起こすなど排泄にも不安定な作用を引き起こします。また体全体の熱も失われ、腎臓の病気を引き起こす可能性もあります。チベット医学の教典では、夏でも氷水を飲んではいけないと書いてあります。自然状況から考えても夏の暑い季節に氷などありません。夏の氷水は人間が作り出したものです。たしかに、暑い季節に氷水を飲むと涼しくなり爽快かもしれません。しかし、チベット医学では、病気には潜伏期間と発症期間というものがあるとし、一時的には良くても、潜伏期間が病気を引き起こす悪い要素がどんどん蓄積されていく状態であることを認識しなければなりません。チベット医学では、胃の熱が健康にとって非常に大切なものと考えます。夏に氷を食べると胃の熱が失われても、戸外が高温のためすぐには自覚症状が現れません。胃の状態があまりよくない上、さらに冷たい清涼飲料水などを飲んだり、アイスクリームやカキ氷を食べたりすると、体が冷えてしまいます。確かに日本のように夏が厳しい地域では、暑さをしのぎやすいものにするためにある程度の涼をとることは必要かもしれません。しかしチベット医学の観点から見ると、年間通して、真冬でさえも、氷水や冷たいものを常飲することは病気を引き起こす原因のひとつになり得ると言わざるを得ません。
チベット医学タンカでは、健康の幹の上に二つの花が描かれています。ひとつが長寿の花、もうひとつが無病息災の花です。この二つの花の上にさらに三つの実が描かれています。ひとつめの実は、この二つの花、つまり長寿と無病息災によって仏教を勉強する時間を得られることを表します。次の実は利益(りやく)、そしてもうひとつの実が解脱を表します。
病気
ここで、チベット医学タンカで描かれている不健康な幹について少しご説明しましょう。病気になる根本原因である煩悩、怒り、無知が葉で示されています。さらにこれらの原因のもととなるものに、時、悪霊、食べ物、生活習慣の四つが示されています。そして引き起こされた病気の経路が示されています。皮膚に広がり、肉に拡散し、脈管(血管あるいはルンの経路)を通って骨へ、そして五臓から六腑に病気が広がります。
ルン、ティーパ、ペーケンの作用は、世代や時節による違いがあります。例えば、子供はペーケンが優勢、青年はティーパが優勢、老人はルンが優勢です。時節では、ルンは夏、夜明けと夕暮れ前に優勢となり、ティーパは秋、日中または夜中に優勢となります。そしてペーケンは、春、早朝と夜に強くなります。
ルンの病気を治す場合においても、必ずティーパやペーケンも考慮に入れて治療しなければなりません。つまりルンを治すためにはそのルンの悪い作用をティーパ、ペーケンなどに転換してしまわなければならないのです。ですから食物や場所なども考慮にいれなければならないのです。ティーパにおいてもペーケンにおいても同様です。
チベット医学では1600種類の病気が挙げられていますが、それらは全てルン、ティーパ、ペーケンの三つの特徴を持つ症状に集約し説明しています。「熱性」の病気はティーパが関係していると考えられ、「寒性」の病気にはルンとペーケンが関係していると考えます。故に、「寒性」の病気なら「熱性」の薬を処方し、「熱性」の病気なら「寒性」の薬を処方します。
「荒い」性質を打ち消すためには、「なめらかな」薬を処方する必要があります。ルンは「軽い」という性質を持っており、その「軽い」性質を打ち消すためには、「重い」性質の薬を処方する必要があります。このようにルン、ティーパ、ペーケンの特性を理解し、薬を処方します。
さて、ルン、ティーパ、ペーケンは五臓六腑や体の作用とどのように関係しているのでしょう。ルンが引き起こす症状は主に、皮膚、心臓、大腸、ペーケンは肺、胃、腎臓、ティーパは肝臓や胆嚢によく現れます。
ルンが引き起こす症状は一番深刻かもしれません。ルンは心と密接につながっているからです。日々の仕事や人間関係のストレス、将来の不安、恐怖などの感情が原因となってルンが過剰となり、病気を引き起こします。このルンの関連する事柄は、現代社会において人々が最も身近で関心のあるものでしょう。ルンを抑制するためには薬だけに頼るのではなく、食生活、生活習慣を改善します。チベットでは生活習慣を体、言葉、心の三つの大きな要素として考えます。つまり、体の生活習慣、言葉の生活習慣、そして心の習慣(持ち方)を注意することによって、バランスを保つことができると考えます。例えば、体の生活習慣の点から言えば、食事をすることも忘れて仕事に没頭しすぎてしまう。心の習慣の点から言えば、家でも仕事のことばかり考えている。言葉の点から言えば、喋りすぎたりするなどが挙げられます。こうして三つの要素が過剰することでルンが過剰し、ルンが引き起こす症状を発症することになります。こうして慢性的な不眠症、消化不良、下痢、便秘、ルンと関係している部位の血の巡りが悪くなりコリがでる、わけもなく突然怒り出してしまう、足腰の間接が痛む、耳鳴、心臓の病気など、現代社会では主にルンによる病気が深刻になっています。チベット医学でも、ルン、ティーパ、ペーケンの中で一番病気を引き起こす原因となるのはルンと見ています。
診断
チベット医学の診断では、まず患者の舌が何色か、どういう状態かを診ます。さらに目の状態、顔や体の色や状態などを注意深く診ます。
次に脈診です。チベット医学では脈診を最も大切な診断のひとつとして考えます。脈は、患者と医者を結びつけるメッセンジャーの役目を果たしています。チベット医学教典では、脈の打ち方には80種以上あると説明されています。脈診には人差し指と中指と薬指の三つの指のみを使いますが、複雑な決まりがあります。例えば、医者は指の上方部分を患者の手首に当てて、五臓(心臓・肺・肝臓・腎臓・脾臓)の状態を診ます。そして指の下方部分で六腑(胃・大腸・小腸・胆嚢・膀胱・精嚢)の状態を診るのです。脈を大きく分けると、男性脈、女性脈、菩薩脈(男性と女性の中間脈)の三つとなります。脈を診る時間帯も大切です。チベットでは日が昇りまだ土が温まっていない時間帯、つまり朝(六時から八時)が最も適していると言われます。脈を診て、患者の体質を「熱性」か「寒性」かに分けます。病気自体や症状の段階においても、「熱性」と「寒性」に分けます。寒性と熱性をしっかりと判別した後、五臓六腑のどこに障害があるかを診ます。
次に尿診です。尿の状態を大きく三つに分けると、暖かく湯気が立っている状態、温くなった状態、冷たい状態があります。色、濁り、泡、立ち上がる湯気などの状態を見ます。
そして問診です。普段どのような食生活を送っているのか。どのようなものを食べたのか。どのような痛みがあるのか。何を食べれば治るのか。何を食べてはいけないのか。そういった事柄を問診し、触診などを合わせて診察を進めていきます。
治療法
チベット医学タンカでは、チベットの四大治療法、つまり食生活、生活習慣、外的治療、薬方の四つが大きな幹で描かれています。例えば、食の幹には、ルンの患者がどのような食べ物や飲み物を摂ればいいのかを表しています。確かに描かれている食物は当時の人たちが実際に食していたもので、時代や国による違いも考慮しなければならないでしょう。チベットの四部医典は一五六章ありますが、その中で三章が食物の説明や効力について詳しく説明されており、さらに三章が養生訓(なすべき生活習慣)についてことこまかに記述されています。
食生活
チベット医学では、すべての食物は六つの味から成り立っていると考えます。これらの六つの味は五大元素から成り立っています。六つの味と五大元素をしっかり把握すれば、それぞれの食べ物が一体どういう効力を持っているかを知ることができます。五大元素によって六つの味がどのように作り出されるかは後から説明することにして、三大体液が引き起こす病気に効く食物について述べましょう。
まず、ルンが引き起こす病気(ルン病)には、一年以上熟成させた馬肉や羊肉、熟成バター、玉葱、ニンニク、ヨーグルトが効果的です。「重い」「油性」の性質を持った食物は、ルン病に効力があります。
次にティーパですが、ティーパは五大元素の「火」から成り立っていることから、熱性の元素を持っており、ティーパ病にはティーパの性質を軽減するために「冷たい(寒性)」性質を持っている食物を摂ることが大切です。
最後にペーケンは、五大元素の「地」と「水」から成り立っており、ペーケン病には冷たい症状があります、この場合、それを緩和させるために「温かい(熱性)」性質の食物を摂らなければなりません。
さてここで日本の食材を例に「熱性」「寒性」の食物について述べましょう。牛肉、羊肉、鶏肉、魚などは「熱性」のものです。豚肉は「寒性」です。野菜類はほとんど「寒性」ですが、ニンニク、ショウガは「熱性」です。「熱性」にも「寒性」にも属さない「中性」の野菜は、ニンジン、大根、キャベツ、竹の子などです。ジャガイモは「寒性」で、腎臓の悪い人、消化不良の人は食べてはいけません。生野菜など生ものもいけません。もし、「寒性」の体質の人がどうしても「寒性」の食物を食べたい場合、例えば夏の暑い季節に摂取すればよいでしょう。
さて、「寒性」「熱性」とは、触感で言うのではなく、本質において「寒性」と「熱性」という意味です。野菜にも生野菜と煮野菜には違いが生じます。さらに調理において「寒性」もしくは「熱性」の香辛料を加えればさらに変化がおきます。調理は、薬の調合とまさに同じなのです。調理で薬にもなれば毒にもなり、そういう意味において、食物を上手に扱う方法を知ることが大切です。
生活習慣
それぞれの体質に適切な生活習慣について少し述べましょう。例えば、ルンの体質の人にとって適しているのは、暖かくて静かな場所です。また気持ちが不安定で怒りっぽいので、親しい人たちとリラックスして語り合うのもよいでしょう。ティーパの体質の人は、川などの水のほとりや涼しい場所でゆったり過ごすことが大切です。ペーケンの体質の人は、適度な運動や日光浴を心がけたほうがよいでしょう。しかし、ティーパの体質の人は逆に日光浴は控えたほうがよいでしょう。具合が悪くなる一方です。
外的治療
次に、実際の外的治療ではどのようなものが適切かを説明しましょう。ルンの症状の人にはマッサージが効きます。ルンの症状のある人には体に病気のツボのようなものがあり、そこを指圧するとかなり痛みます。例えば、みぞおちや頚椎のあたりです。脊髄の6番7番の箇所、手足の平などにもツボがあり、そこにお灸をすると大変効きます。
ティーパの症状の人には、発汗療法、冷水浴、瀉血(しゃけつ)療法(針を刺して体内の滞った血を出す)などがあります。瀉血療法は、チベット占星術によって季節や時を認識して行います。瀉血は全ての患者に適切な治療ではなく、例えば妊娠中の女性などには決して行われません。瀉血の前に、患者に特別な煎じ薬(タン)を飲ませ、「濃い血と薄い血を分離」させます。
ペーケンの症状の人には、腹部のお灸が特に効果的です。その他症状に合わせて、塩、砂、薬草などを温めてそれを布に包んで置いたりもします。お灸はペーケンの症状の人には大変効果的ですが、ティーパや微熱のある患者に行ってはいけません。
薬方
ルン、ティーパ、ペーケンそれぞれの体質の人に合った薬の処方があります。チベットの薬には、丸薬、粉薬、液薬、薬用バター、薬用酒などがあります。
チベット医学の薬の成分には、伝統的には大きく分けると、薬草、鉱物、動物性の生薬の三つに分類されます。仏教がチベットに浸透するにつれ、動物性の生薬の使用頻度はかなり少なくなってきています。現在チベット医学で使われる薬の成分の98%は薬草類で、そのほとんどがチベットで採取した高山植物です。その他インドやネパールの薬草も使用します。鉱物は一%から二%で稀少です。
チベット医学では、特定の病気を除いて、単独で薬草を使用することはほとんどありません。患者の三大体液の体質や体力を考慮して処方します。薬草を単独に長く使用した場合、ティーパやペーケンに転換して副作用が生じる可能性が高いです。普通は少なくて三種類、多くて一四〇種類の植物から調合します。
ルンに効く薬に「アカル・ソガ」、日本ではジンコウ(沈香)と呼ばれているものがあります。「アカル・ソガ」は三五種類の薬草がルン、ティーパ、ペーケンのバランスを保ちながら調合されています。ルンの一般的な症状に効くほか、ルンの病気が発症しやすい心臓、胃、腎臓などにも作用します。欧米ではかなり知られている生薬です。
「タン」という煎じ薬は、風邪のひき始めに効力を発揮します。風邪のひき始めに悪寒が走ったりする時期をチベット医学では「熟していない風邪」と呼びます。つまりまだ風邪が完全に「熟していない」というわけです。ですから、この時期に一般の風邪薬を飲んでも効果はさほどありません。なぜなら風邪薬は「涼しい」性質を持っており、「熟していない風邪」をさらに熟させなくさせ、風邪を長引かせることになるからです。「タン」は、また熟していない風邪を熟させるという力を持っています。つまり風邪の症状を明らかにし、発症させるのです。そこではじめて風邪薬を正しく服用すれば、症状は体に残ることなく治ります。
チベット医学の薬の大きさにはいろいろあります。一回の服用が一錠か数錠かなどまちまちです。医者はこの薬に何が含まれているかをしっかり把握し、患者の体の状態を知ったうえで量を決めます。つまり、患者の体質に合わせて薬の量を増やしたり減らしたりします。
「高貴薬(リンチェン・リルプ)」についてご説明しましょう。「高貴薬」は八種類あり、何種類かの鉱物が調合されています。「高貴薬」の中の一番有名なものに「リンチェン・タンジョル」と呼ばれるものがあります。「リンチェン・タンジョル」とは寒性の病気に効く「高貴薬」という意味で、チベット薬の中でも一番数が多く、百四〇種類もの生薬が調合されています。鉱物には非常に強い毒性があり、調合前にその毒を消すという大切な作業があります。「高貴薬」は中国でも非常に広まっており、体質改善にも効能があります。高血圧にも低血圧、半身不随の病気などにも作用を及ぼします。また最近では一部の癌にも成果があったとの報告があります。
ストレスによる現代病 ― 5大元素のアンバランスが原因
さて今日は、現在世界中で1番深刻になっている精神的な問題(ストレス、睡眠障害、パニック症候群、不整脈など)について話したいと思います。現在、経済の有無に関係なく、世界中どこの国でも精神的な問題は悩みの種になっています。
チベット医学では、精神と体は互いに深く関わっていると考えます。チベット医学は、大きく分けて3つの観点から成っています。第1は薬による治療、第2はアドバイスによる治療、これは精神と体をいかに安定させるかを着眼点とします。そして第3は病気予防についてです。以上の3つの観点を理解するには、精神と体がどのように関係しているか、そのしくみを知ることが必要となります。
さらに、チベット医学では、病気の原因をすべて5大元素によって説明します。5大元素は様々な要素を持つエネルギーです。この世にあるすべては、5大元素で成り立っています。体が成長するのも、この5大元素によるものです。受精からの体の形成と成長過程、食生活、生活習慣に至るまで、5大元素のバランスがいかに必要か、さらにそこに精神がいかに関連しているかを理解しなければなりません。5大元素のバランスが崩れると、病気が生じます。つまり、病気の予防とは、そのバランスをいかに保つかということです。
5大元素をバランスよく保つためには、まず普段の食生活と生活習慣に留意しなければなりません。味には、6つの種類があるとチベット医学では分けます。これらの6つの異なった味は、摂取され、体内部で8つの効力となります。さらにそれから、17の特性(ヨンテン)が生じます。これらもすべて、5大元素から成り立っています。
5大元素とは、地、水、火、風、空の5つです。例えば地ですが、地面や土を連想したら間違いです。地とは、地が持っている効力のことを指しています。火の元素についても同じで、火そのものではなく、その効力である温かい温度などが火の元素と関係しています。「体内部に火がある」といっても、火そのものがあるのではなく、「体内部に火の効力がある」という意味で、体温を指しているのです。
チベット医学では、体温は胃と深く関わっているとみなします。胃の熱は、食生活の内容によって、時には上昇し、時には下降します。例えば、暑い季節に我々は寒性の性質をもった食べ物をずっと食べ続ければ、胃の熱が壊され、体のバランスが崩れます。そのような意味で、チベット医学では、4つの季節の変化に合わせて食物を摂取することが大切だと教えています。前にも申し上げたように、氷水は空腹状態の胃には、胃の熱を奪う最悪のものです。胃の熱が奪われると、特に脂っこいものを食べると、消化がスムーズに行われません。簡単な例を申し上げますと、温かい手と冷たい手の中に氷を置いた場合、温かい手の中のほうが氷が早く溶けます。冷たい手の中の氷は、溶けるのにとても時間がかかることでしょう。胃の消化もしかりです。健康を保つために、食べたものが胃によって充分に消化され、栄養素として体のすみずみにまで吸収されることが必要です。そのためには、何より胃の状態が良くなければなりません。そしてそれを維持するために、季節に応じた食事をすることが大切なのです。胃の熱は、体温、つまり火の元素と関係していますので、それを考慮しながら食生活で火の元素のバランスを保つことが重要です。食物にも、寒性のもの、熱性のもの、中間のものの3つがあります。季節の変化と個人の体質に応じた食生活が、健康の秘訣と言えるでしょう。
一部の障害のある人を除いて、ほとんどの人は健康に生まれてきます。病気は、後から発生してくるものが多いのです。チベット医学では、食生活と季節のアンバランス、5大元素のアンバランスによって病気を生じさせるとします。ですから、治療も5大元素のバランスを取り戻すことを目的とします。人間が死に近づいた時、5大元素の力がそれぞれ弱くなります。外部(私たちの体を取り巻く環境世界)の5大元素と内部(私たちの体)の5大元素は深く関係しています。外部の5大元素が変化すると、内部の5大元素にも変化が生じます。例えば、1日の変化は、外部の5大元素の変化を表します。朝が涼しいのは、5大元素の中で地と水が優勢であることを表します。また、昼が暖かいのは、火の力が増大し、地と水の力が減少したことを表します。夕方では、風が優勢となります。四季の変化についても、5大元素の増減の変化があります。
チベット薬 ― においの強さは効き目の強さ
チベット医学には、病気を治療するために13種類の薬があります。においが強い時、薬の効力が1番良いということになります。においが少ない場合、薬としてあまり効力がないことを指しているのです。さらに調合法によって効力も異なってきます。
前回、「高貴薬(リンチェン・リルプ)」は、鉱物の強い毒性を消し、つまり解毒してから調合することを述べました。そうしたチベット独自の解毒方法が、現代技術を取り入れて果たしてどのくらいのレベルになっているものなのかが現在研究されています。
チベット医学の薬には、少なくとも3種類、多くて35種類の薬草が調合されています。「高貴薬(リンチェン・リルプ)」はなんと140種類もの薬草を調合しています。様々な薬草を調合し、体の5大元素の調和をはかるためです。1つの薬草を単独で使うと、特定の疾病や場所には効果があっても、他の部位に副作用が起きる可能性があります。チベット医学では、単独の薬草のみを扱うことはあまりしません。
チベットの薬の形態には、丸薬、粉薬、液薬、薬用バター、薬用酒などがあることは述べました。薬用バター(メンマー)は滋養があり、体力を消耗して衰弱したり疲労したときに用います。メンマーは塗ることも稀にありますが、口に含んだり舐めたりします。チベットではよくお産の時に、妊婦にメンマーを与えます。薬用酒(メンチャン)は、薬草とまじえて使用し、気持を和らげ、ストレス解消に効能があります。
お酒 ― 飲むなら少量を
薬用酒(メンチャン)がでたところで、ちょっとお酒についてお話しましょう。確かに、お酒はストレス解消に効きます。特に疲れた時などにお酒を少量飲むと、疲れがとれ、ぐっすり眠れます。しかし、酒酔いには、3つの悪い段階があります。最初の段階は「酔った状態」で、悩みや苦しみが消え、とてもいい気持になります。第2段階は「酔っ払った状態」で、現実を穿き違え、間違った思考や感覚に陥るものです。例えば、借金しているのは自分なのに、貸した気になるという感覚です。そして、普段の人格が一変し、騒いだり泣き喚いたり喧嘩したり、普段やらないことをしてしまいます。第3段階は「泥酔」で、意識が朦朧となるものです。酒は百薬の長と言われますが、これらの3つの悪い段階になると、飲みすぎていることになり、体に火の元素が増大してバランスを崩していることになります。体に火の元素が増大すると、肝臓や血圧などに問題が生じることになります。お酒はストレス解消になるからといって飲みすぎると、その時点ではストレス解消というプラス要素があっても、他方でマイナス要素があるのです。日本ではアルコール摂取量が多いようです。お酒の量を少し減らすことが健康のために良いでしょう。お酒に限らず、食物でも過度の摂取は内部の5大元素のバランスを崩すことになり、健康を損ねてしまいます。
温泉 ― 季節と5大元素のバランスを考えて入浴
さて、お酒だけでなく、日本人に馴染み深い温泉について、チベット医学の見地から述べたいと思います。チベット医学では、水にもいろいろな種類があるとみます。温泉は、5つの種類に分類されます。温泉が湧き出る場所の岩石や含まれるミネラルによって異なります。日本には温泉の数が多く、日本人は温泉に入るのも大好きなようです。温泉に入るにしても、チベット医学では季節、個々の体の状態、環境などを考慮します。温泉に含有されているミネラルの種類、湯の温度、そういった事柄でも効力が変わります。硫黄が多く含まれている温泉は、臭いも強烈ですが、温度も高いです。この類の温泉は、リュウマチ、関節炎、皮膚病、冷え性などに効能があります。しかし、熱性の病気、例えば黄疸、高血圧、心臓疾患の人には、お薦めできません。チベットでは温泉に入る季節として、春と秋が効能ありとされています。ここでも5大元素を考慮して、温泉の効能を考えています。
「意識」 ― 永遠に続くこの秘めたる力
前にも説明したように、チベット医学タンカは、「四部医典」の内容に基づいて描かれたもので、チベット医学を勉強する人には大変分かりやすい3考書のようなものです。チベット医学タンカで描かれた絵をひとつひとつチェックしながら、膨大な数に及ぶ「四部医典」の説明書である教典を学ばなければなりません。
人間の体が成り立つための必要な要素として、まず精子と卵子に問題がないこと、5大元素に問題がないこと、そして健全な「意識」です。この3つが揃って初めて、人間が形成されるのです。チベット医学で言う「意識」は、永遠に続くものであり、なくなることはないとされます。ですからチベットでは、肉体は滅んでも、意識、精神は滅ぶことはないと考えます。つまり、私たちの肉体は家に喩えられ、意識は1つの家からもう1つの家へ移るのと同じだと説明しています。肉体は変わっても、意識はいつまでも続くとします。意識、精神、心というものは、目で見ることもできなければ、手で掴むこともできません。しかし、私たちの中で物凄い力を持つものなのです。
質問
確かに日本には、チベット医学を勉強するための特別な環境はないようです。それで私たちもどうすれば良いか考えているところです。チベット医学を本格的に勉強するなら、ダラムサラのチベット医学・暦法学研究所(以下、メンツィ・カン)が1番良いでしょう。しかし、短い期間でチベット医学を修得することは無理ですが、健康のために勉強しようと思うなら、チベット医学関係の書籍を読むのも良いですし、実際にダラムサラまで行ってチベット医学の医者たちの話を聞くのも良いでしょう。
本格的にチベット医学を学ぶ場合、チベット語をマスターしていなければなりません。全くの初歩だと、マスターするためには少なくとも現地で3年間はかかるでしょう。チベット医学はチベット語で書かれているため、チベット語ができることは必須なのです。チベット語をマスターしたら、メンツィ・カンの語学試験や適正検査を受け、合格して入学となります。メンツィ・カンの授業は、チベット医学の講習が5年、臨床が1年、合計6年です。
ぼけ防止にどういったことがあるでしょうか。
年をとると内部の5大元素のエネルギーが弱まり、体の機能や感覚、記憶力などが低下してきます。このように徐々に老化していくわけです。これはチベット医学では、若年、中年、老年と区分けして考えます。若年はペーケンが優勢、中年はティーパが優勢、老年はルンが優勢で、老化にはルン・ティーパ・ペーケンの3体液が関連しているとみます。
ボケを全く防止する方法はありませんが、薬、食事、日頃の考え方などによって、ボケを改善することはできます。また、オイルマッサージ療法などもあります。
伝統医学と西洋医学が近づきつつあります。しかし、伝統医学の中の、科学で解明されない部分が削除され、伝統医学そのものが変わってしまうことはないでしょうか。
チベット医学の特長を残しながら、西洋医学といかに結びつくかは重要な課題です。現在、伝統医学(東洋医学)は、西洋医学と共に研究を続けながらも、その独自性を守っています。しかし、伝統医学に西洋医学を混合したら問題だと思います。チベット伝統医学の独自性という点からみても、よくありません。しかし、西洋医学が発展し変化していくにつれ、伝統医学も内容を充実させ、改善していくことは大切だと思います。例えば、飲みにくい薬を飲みやすくすることも大切でしょう。
人間の体の7割は水分です。1日何杯ぐらいの水を飲むのが、体に良いでしょうか。
チベット医学では、人間の体は5大元素によって成立しているとし、体の何割かが水分でできているというふうには考えません。夏は5大元素の火が優勢になるので、水が1番必要となります。体に水が不足すれば、血が濃くなって病気が起きる可能性があります。夏は水分を多く摂取したほうが良いです。チベット医学では、腎臓結石は夏場の水分不足で徐々にできると考えます。反対に、冬は、5大元素の地が優勢になり、火の力が減少しています。冬に水をあまり飲まなくとも悪影響はありません。それどころか、冬に水分をあまり摂り過ぎると、腎臓と膀胱に負担をかけることになります。春と秋は、水分を適量に摂ることが大切でしょう。
夏場の水分は良いですが、氷水はあまり飲んではいけません。夏場の氷は、自然のものではないのです。飲む瞬間は、冷たく美味しいですが、胃の消化にとってもよくありません。夏の暑い季節の時、冷たい水をいくら飲んでも満足することはありません。また、喉が乾いていきます。体にとって1番良い水とは、体温にあった自然水(白湯)を飲むことです。季節にあった量の白湯を飲み続けることは、とても健康に良いのです。
チベット医学は占星術との関わりが大変深いことと聞いています。実際、治療に携わるにあたり、どのように占星術を重視しているのでしょうか。
チベット医学と占星術の関係について簡単に申し上げましょう。チベット医学で使用する薬のほとんどは、植物の葉、種、木、枝、根などが原料です。占星術で計算して、原料の植物を採る時期を決めます。特定の病気には、原料の植物を採る日、薬を飲む方法まで決まっているのです。そうすることによって、植物の効力を最大限に発揮させるのです。季節によって脈も変化します。そういったことも占星術によってわかります。瀉血やお灸などを行う時も、季節ごとの変化はもちろん、その日、その日によって変化しますので、これも占星術によって調べます。月ごとに体は変化しますし、占星術で魂「ラ」が体内のどの部分に位置しているのかを知る必要があります。「ラ」がある部分に瀉血やお灸を行うと、危険だからです。このように、チベット医学と占星術は深い関係にあります。
どのくらいの休みをとるのが最適でしょうか。
その点については、多少の違いはあるにせよ、人間も動物も変わりはありません。昔は人間も、日の出と共に起き、日没と共に寝るものでした。暗くなれば、寝るのが普通だったのです。現代の日本人は働きすぎと聞きますが、それは体を動かして働くということよりも、頭脳労働、つまりメンタルな部分を酷使していることではないでしょうか。1日朝9時から午後5時までの時間労働が一般的でしょうが、中には12時間、14時間も働く人がいますが、これは働きすぎかもしれません。帰宅しても、食事中も仕事のことばかり考えると、精神が疲れ、ストレスが溜まることになります。そうなると、働き過ぎと言えるでしょう。これでは到底、体が持ちこたえることはできません。
日本では、過労死がありますね。しかし、チベットでは、働きすぎて死んだなんて話は聞いたことがありません。チベットでは、有り得ない話です(笑)。
チベットに次のような諺があります。
「心はああしようこうしようと動こうとするが、休息したい体はそんな心についていけない」
1日8時間ぐらい働いて、それ以外は心も体もゆったりと休息をとることが大切でしょう。そうしないと、健康を損ね、寿命が短くなります。働きすぎて休息をとらないと、ストレスが溜まり、体の中でルンが増大します。ルンは精神と直接関係しているからです。睡眠不足、食欲減退、消化不良になり、徐々に体のバランスが崩れます。体のバランスが崩れると、病気になります。
働きすぎは日本だけではありません。先進国では同じような問題を抱えています。現代において、産業が発達し、昔と比べてずいぶん物資的に恵まれた生活を送れるようになりました。しかし、精神面、心の面の負担、重圧は日に日に深刻になりつつあります。社会における人間関係もドライなものになり、家庭も例外ではなく、ぎくしゃくするようになりつつあります。これでは疲労が溜まるだけではなく、精神的に大きなダメージを受けることになりかねません。以上の点から見ても、常に精神と体のバランスを保つことがいかに重要か、そのことを考慮しながら休息をとるようにすることが大切かお分かりでしょう。
七つの体質について
チベット医学上、人間の体質を七つに分類することができることは最初に述べましたが、それについてもっと詳しくご説明しましょう。どの人も三大体液のルン、ティーパ、ペーケンを持っていますが、その割合によって体質を認識します。これらの体質は受精時の(カルマを持った)意識、両親の種、五大元素に影響され、出来たもので、生涯変わることはないDNAのようなものです。普段、私たちの周りには様々な体質の人を見かけるような気がしますが、チベット医学では、この七つの体質の中に含まれていないものはないと考えます。悪い体質から良い体質の順に挙げていきます。
まず、三大体液のひとつだけが優勢のものです。
- ルンの単独体質
- ティーパの単独体質
- ベーケンの単独体質
これらの単独体質は、七つの体質の中で一番下にランクされているものです。なぜかというと、ルンにしてもティーパにしてもペーケンにしても、少しでも単独体質に適さない食物を摂取すれば、すぐに病気になったりするからです。単独体質の中では、ペーケンの単独体質が一番良く、次にティーパの単独体質、そして(1)のルンの単独体質が一番良くないとされています。
次に、三つのうち二つの体液が同じくらいの割合で優勢のもので、混合体質と呼ばれるものです。
- ルンとティーパの混合体質、
- ルンとペーケンの混合体質、
- ティーパとペーケンの混合体質
ほとんどの人は、これら(4)(5)(6)の混合体質にあてはまります。二種混合体質の中では(6)のティーパとペーケンが最良です。この体質の人は、寒さにも暑さにも我慢できないことがあります。これはティーパとペーケンの要素を併せ持つためです。次に(5)のルンとペーケンの混合体質が良いとされます。この体質の人は、朝は機嫌が良いのに、午後になるといらいらしてしまうことがあります。そして(4)ルンとティーパの混合体質が最悪とされています。この体質の人は、短気で怒りっぽくかりかりしています。
そして、三大体液がほぼ均等であるものです。
- ルンとティーパとペーケンの混合体質
七つの体質の中で一番優れた体質は、この最後の⑦、三大体液のバランスがとれているものです。しかし、この体質の人は少ないかもしれません。この体質の人は、どんな食物を摂っても消化可能ですし、何かの環境の変化などで五大元素が少々アンバランスになって少し体がおかしくなったりしても、三つの体液がバランスを補正し、病気にかかりにくいのです。いつも元気で長生きの人たちと言えます。
このように人の体質には、ルン、ティーパ、ペーケンの三大体液が大きく関わっているのです。さらに、この三大体液が食後、栄養を消化吸収し、血液や筋組織を増強し、脂肪や骨、骨髄と精液(月経)を作る働きをします。三大体液のいずれかが多すぎても少なすぎてもよくありません。各人が自分の体質を見極め、日常の生活態度と食生活によって、この三大体液のバランスを保つことが健康の秘訣と言えるでしょう。
三毒
さて、前回は精神と体は深く関わっているということをお話しました。ではいかなる精神(心、意識)が発病のもととなるのでしょうか。病気を引き起こす心の状態に、仏教で言う三毒、すなわち『貪(とん)』『瞋(しん)』『痴(ち)』があります。『貪(とん)』―欲望―はルンを、『瞋(しん)』―憎しみ―はティーパを、『痴(ち)』―無知―はペーケンをそれぞれ過剰に増大させ、病気の引き金となります。チベット医学で『心の本質(セムカム・リクパ)』について述べる場合、これら三毒を土台にして説明します。心をより良い状態にもっていくために、まず三毒を正しく理解する必要があります。この三毒は、私たちが生まれ落ちた時からずっと一緒に心にあるものです。チベット医学ではこれを、空高く飛ぶ鳥の影が地面に映らないことに喩えます。つまり・・・我々の目には見えないけれども、鳥の影は空間に連続体としてあるということなのです。これと同じように、三毒も、誕生から死ぬまで常に私たちと共にあるのです。
つい私たちが利己的になるのも、三毒が原因です。私たちが、この常に「苦しみの輪」、輪廻世界にいるのも三毒が原因です。悟りの邪魔をするのも三毒です。仏教の教えでは、心の本質そのものは、空の如く、清明で汚れのないものと考えます。この汚れのない清い心を曇らし乱すのが、欲望、憎しみ、無知なのです。ここで言う欲望とは、性的な意味だけではありません。もっと幅広く様々な欲望を指し、自分の心に浮かぶもの、人、事柄に執着することです。憎しみは、怒りと深く関わっています。無知とは、物事の良し悪しを正しく認識できずにいることです。チベット仏教の教えの中には、その三毒を認識し、心を本来のあるべき姿へ導く方法がはっきりと示されています。
チベット医学では、両親の種、意識、五大元素が影響して人としての身体を形成する段階で、三つの『脈官』が深く関係していると考えます。一つ目は頭頂にあり、脳と関わり無知と関係しています。二つ目はみぞおちにあり、肝臓や腎臓と関わり、憎しみと関係しています。そして三つ目は生殖器に位置し、これはルンと関わり、欲望と関係しています。
全ての苦しみは、三毒を原因として生まれます。欲望を例に述べてみましょう。日本では少々のたしなみは体に良いとされるようですが、チベット医学では、飲酒は三大体液のバランスを崩し、良くないとされます。日本ではつきあいでつい連荘で深酒してしまう人が多いようです。これは、三毒をコントロールできないことが原因です。また、喫煙についても同じことが言えます。タバコは発ガン性があり、脳血栓、動脈硬化などを引き起こし、寿命を縮める原因となります。しかし、体にいかに有害か知りつつも、喫煙の誘惑に勝つことができません。これも、三毒のせいです。各人にその欲望と煩悩の原因となるものがあり、それを分析してみることが必要です。それから、もう一度、タバコの害について分析します。身体に害を加えるのみで、良いことはほとんどありません。確かに疲れた時の一服は、爽快かもしれません。しかし、これは、タバコの毒と身体の体液が一時的に反応しているからなのです。一時の快楽で理性を欺きつつ、喫煙は私たちの体を確実に蝕んでいるのです。喫煙は吸う本人だけでなく、周りの人たちにも迷惑をかけます。また癌などの疾病にかかると、家族に物質的にも精神的にも多大な損害を与えます。確かに、たった一日でたばことおさらばすることは難しいですが、禁煙する努力をして、心を良い方向へ習慣付けることが大切です。これら要因(キョン)を全部わかった上で、たった一日でやめることは難しいけれど、やめる努力をして、徐々に良い方向へと習慣づけること(ゴムラム)が大切です。三毒が、私たちの心の中に悩みや苦しみを作り、それによってさらに苦しむ方向へ行動を誘う原因なのです。それを防ぐ為にも、各人が生活習慣においてそのことをしっかり肝に銘じることが必要でしょう。
経済的に恵まれ、何一つ不自由のないように見える人の中にも、不安で精神的に辛い日々を送っている人が多いものです。企業の社長などは、社員や取引のことなどを常に考えて生活しなければならず、毎日の精神的なプレッシャーは相当なものでしょう。また、ホームレスの人もその日暮らしで、心が落ち着かないかもしれません。いかなる人も三毒に影響され得ます。自分自身の心のありようを分析し、三毒を知ることが必要です。そうしないと、三毒によって心と体が蝕まれていきます。
夢分析
チベット医学では、夢は心と深く関係しているとみます。例えば、裕福な人は、自分の財産が誰かに盗まれたり脅かされたりする夢を見て不安をおぼえます。これは、普段、お金のことばかりを考えながら生活をしている証拠です。貧しい人は、大金を発見したり、ご馳走を思いっきり食べたり、豪奢なお屋敷に住んだり、贅沢で美しい宝石や着物を身に付けたりする夢を見ます。夢はこのように、その人の願望や不安と深く関係しています。
チベット医学では、夢を六つの種類に分けます。
- 日常生活で普段目にしていることの夢
- 睡眠中の音や光などの情報を素材にした夢
- 体験した事柄に関する夢
- 願望の夢
- 正夢
- 病気と関係のある夢
夢は、五感と関係し、ルンとも深く関わっています。ルンには、五つの本部のルン、五つの支部のルンがあります。支部のルンは、五つの感覚器官(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)と関係しており、それを通して心に働きかけます。お昼に食べたものを、夜にその匂いや味まで夢で再現することはよくあることです。ルンのバランスが崩れると、心に影響を深く及ぼすのはそのせいです。
チベット医学は、チベット仏教と同じように、心の要素が体、その人の在り方に深く関係していると考えます。そのような意味でも、三大体液、五大元素のバランスを考慮した食生活などに気を配りながら、三毒を正しく理解し、自分の心を分析し、心を良い方向へ導くような生活態度を心がけることは大切なことです。
人生前半では憎い相手であっても、人生後半には心を理解しあえる友人になることさえあります。また昔は鬼のように残酷と思えた人間でも、菩薩のような優しく穏やかな人物に変わったりすることさえあります。これは一体何が変わったのでしょうか。何でこう変わったのでしょうか。心です。心が変わったのであり、心で変えたのです。自分自身の心に平和と幸福をもたらすためには、思いやりと優しさ、まごころ、真の愛情を持って周りに接することが大切です。
確かに「言うは易し」で、実際にそうした心がけを行動に起こし、持続することは非常に難しいですね。そこで私のアイデアを述べましょう。
自分にとって良くない考え、物事、生活態度は捨て、良いことのみを日常生活で生かすことです。これは一日や一年でできることではありません。日常生活で徐々に経験して身につけていくことです。チベットでは、良い習慣をつけることを「ゴムパ」と名付け、とても大切なこととしています。良い習慣は、私たちを常に追い立てる煩悩を消滅させ、心を良い方向へ転換させます。人も動物も、喉が渇けば水を飲み、空腹を感じたなら食べ、寒さをしのぐために暖をとれば、すぐに満たされます。しかし、心の飢え、つまり渇望や苦悶は、複雑ですぐに解決されません。不安や悩みは、常に心の中に残っていてなかなか消えてくれません。それなら、過去現在未来と考え、まず過去は変えようもないから、現在と未来について考えます。前向きに考えるのです。未来を大切にするために、現在、努力することです。自分自身、相手、周囲の人々皆が幸福に過ごせることを願いつつ、努力することです。心をすぐに変えることはできませんが、忍耐強く前向きに努力していけば、必ず道は開けてきます。
以前、ダライ・ラマ法王は、忍耐を養うためには、敵が最良の相手であるとおっしゃいました。忍耐を学び、怒りをコントロールすることを、敵によって学ぶことができるというわけです。自分にとって心地よい知人や友人からは、忍耐を学ぶ機会はありません。忍耐を養うことは、心と関係しています。忍耐を養うことは、それは心の三毒を消滅させるよう努力することで成り立つのです。心の修行は、日常生活と深く関係しているのです。
質疑応答
自分の体質は、どのように知ることができますか。その方法を教えてください。
ご自分の体型、顔色、性格を三大体液のルン、ティーパ、ペーケンの特徴と照らし合わせてみることです。チベットの医者が診断すれば、その人の性格や生活態度を見てすぐに、その人の体質を当てることができます。
チベット医学では、歯科の治療はどのように行っているのでしょう。
一七世紀頃に描いた医学タンカには、歯の治療などを盛んに行った絵が描かれていますが、その後、徐々に歯科治療は衰えていったようです。歯痛止めに、歯に薬油を塗ったり、薬を服用したりします。その他、化膿止めの薬、歯を丈夫にする薬草があります。
アトピーなどのアレルギーの原因は何でしょうか。西洋医学では、薬や治療の副作用などもあるようです。チベット医学では、どのようなアレルギー治療がありますか。
チベット医学での治療法はあります。まず、原因をつきとめ、薬草を調合します。チベット医学によれば、皮膚病のほとんどは、関節にあるルンが原因しており、血液とも混ざっています。酸っぱいものや体に合わないものを食べてルンに変化が起きると、ルンと血液の混ざる量が限度を超え、何らかの皮膚病が生じます。
現在、私たちは化学肥料を多く使った食物を食べなければなりません。このことについて何かアドバイスはありますか。また、熱性の食物、寒性の食物の見分け方を教えてください。
まず、化学肥料や農薬を使った食物についてですが、体にとって良くありません。先進国は同じ問題に直面しています。それで、最近では化学肥料の害を知って、高価な有機野菜や無農薬野菜などを買う人もいます。化学肥料の効力の裏には、副作用があります。化学肥料や農薬を使った野菜や果物を食べ続けると、その害は体に蓄積され、いつか影響が出てきます。最近、自然食について見直されていることも、多くの人がそうしたことを知りつつあるからでしょう。
次に、食物が熱性か寒性といった場合、熱性の効力、寒性の効力があるということを指しています。例えば、寒性の食物のほとんどは「甘味」のある食べ物です。なぜなら、「甘味」には、五大元素の「地」と「水」の効力を多く含んでいるからです。「甘味」と言っても、決して砂糖などの甘味類だけでなく、小麦粉、米なども含まれます。さて、熱性の食物には、唐辛子などの香辛料、「辛味」が挙げられます。これらは、五大元素の「火」と関係しています。また、玉葱、ニンニク、ショウガなども熱性の野菜です。寒性の野菜でも、香辛料を使って炒めるなどの調理をすれば、熱性が加えられ、バランスがとれます。
体質を変えることによって、心も変わるのでしょうか。逆に、心を変えることによって、体質も変わるのでしょうか。心と体の関係を教えてください。
チベットには、「体を良くするのも悪くするのも心」という諺があります。体は、心に大きく左右されます。病気を引き起こす原因の中に食生活によるものと、生活態度によるものがあります。生活態度にも、身体の生活態度、言葉の生活態度、精神の生活態度の三つがあります。食事にしても、食べる前に、何を食べようかとまず頭の中で考えますね。それから行動に移します。それらはすべて心で行われているのです。心が三毒で乱れていると、食事も乱れ、体に害を及ぼしてきます。そして病気になれば、そのことでまた心の苦しみが増幅されます。そういう意味で、まず心のありかたがいかに大切かお分かりでしょう。
この4回にわたる「チベット医学」シリーズは、チベットハウスジャパン主催で行われた「チベット医学入門」(2003年2月)、「生活の中に生かすチベット医学」(2003年7月)の講座内容の録音をテープ転書し、和訳し直したものをさらに読者に分かりやすく編集したものです。 |

ルン病 | ティーパ病 | ペーケン病 | |
主な原因 | 「欲望」「貪り」の心 ― あれが欲しい、これが欲しいと思い続ける。思い焦がれて、心が乱れ、ルンが増加する。 | 「憎しみ」「怒り」の心 ― 慢心、自惚れから自己主張が強くなり、怒ることが多くなることで、ティーパが増加する。 | 「無知」の心 ― 自分の欠点に気がつかない、善悪の判断がつかないことで不適切な行動をとり、ペーケンが増加する。 |
症状 | あくび、震え、寒気、腰痛、関節の痛み、吐き気、落ち着かない、いらいら、五官が鈍る、空腹になると腹痛がする。 | 頭痛、筋肉が熱っぽい、口の中が苦い、上半身に疼痛 | 食欲減退、消化不良、嘔吐、味覚が鈍る、寒気、心身が重い、食後がきつい |
発生しやすい 部位 |
骨、耳、皮膚、心臓、大腸 | 血管、発汗作用、目、肝臓、小腸、胆嚢 | 筋肉、骨髄、精巣、卵巣、膀胱、肛門、鼻、舌、肺、脾臓、腎臓、胃 |
発生しやすい年齢 | 老年 | 壮年 | 幼年 |
発生しやすい季節 | 夏 | 秋 | 春 |
発生しやすい 時間帯 |
夜明け、午後早い時間帯 | 真昼、夜半どき | 朝、夕刻 |
発生しやすい場所 | 寒冷地 | 乾燥した暑い土地 | 湿地 |
なるべく 避けたい 飲食物 |
コーヒー、苦いお茶、豚肉、きゅうり、なす、トマト | 牛肉、バター、ビール、ウィスキー、黒砂糖、唐辛子 | 砂糖類、マトン、豚肉、オレンジ、カリフラワー、キャベツ |
良い食物、 その他 |
玉葱、ニンニク、黒砂糖、ミルク、気の置けない友人との会話、胡麻油のマッサージ、お灸 | 寒性の食物を摂る、乳清、ヨーグルト、バター、お粥、湯冷まし、避暑、汗を出す、冷水浴 | 暖かくすること。温かい食事、暖をとる、日光浴、蜂蜜、魚、年代もののチャン(チベットの濁酒)、ゆったりくつろぐ、お灸 |