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中国とインドの「水利権奪取」に向けたダムが生むヒマラヤ地方の生態系の危機

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(2013年8月10日 CTA

ジョン・ヴィダル

[ザ・オブザーバー誌]
ヒマラヤ山脈には400以上の水力発電所の建設計画があり、大規模な環境破壊につながる恐れがある

インド・アルナーチャル・プラデーシュ州の ラガナディ水力発電プロジェクト 写真:アラーミー

アジアでは水資源を巡る危険な地域間の競争が起きており、巨大ダムの建設計画が世界で最も有名な山岳地帯の将来を危険に晒している。

最近の学術研究によれば、自国経済を支える新たな電力源を求めてインド、ネパール、ブータン、パキスタンがヒマラヤ山脈の大規模な「水利権競争」に乗り出している。これらの国々には合計400以上のダム建設計画があり、これらの建設により、英国の消費電力の3倍に匹敵する16万キロワット以上の電力供給能力が生まれる見込みである。

さらに中国はチベットを水源とする主要河川からこれと同量の発電能力を得るべく約100のダムの建設を計画中である。同じくチベットを水源として東南アジアを流れるメコン川でも60以上のダム建設計画がある。

ヒマラヤ地方の大半の河川の水源付近にはこれまでダムの数は比較的少なかった。しかしアジアの2大国のインドと中国は、世界で最も大きな渓谷の1つであるヒマラヤ地方にダム建設を急ぎつつある。建設計画中のダムの多くは米国コロラド川のフーバーダムに匹敵する4,000メガワット級の発電能力を有する世界最大級のダムになる予定である。

中国科学院(雲南省昆明市)に所属するグランバイン国際客員研究員によれば、これらのダム建設により、今後20年でヒマラヤ地方はダムが世界最多の地域となる可能性がある。「インドは292のダムを建設して現行の水力発電能力を倍増し、自国の予想エネルギー需要の6%を賄う計画だ。32の主要な峡谷の28にダムが計画通り建設されれば、ヒマラヤ山脈のインド国境側は、河道32キロごとにダムがあるという世界で最もダムの密度が高い地域になるだろう。水力発電の開発が進んでいないインドの近隣国はどこも大量のダムを計画中か建設中であり、建設が計画されているダムの数は少なくとも129に上る」、とサイエンス誌に論文を寄稿したこともあるグランバイン研究員は述べている。

チベット高原を流れる主要河川に複数のダムを建設中の中国は、世界人口の4割近くを占める自国民への水供給のため、究極的な水利権の支配者となっていく可能性が高い。「チベット高原はメコン川、ブラマプトラ川、揚子江、黄河など世界最大級の国際河川の単一の水源である。チベット高原には世界人口の半分近くがその水に頼っている河川の源流がある。ダム建設がもたらす帰結は破滅的だ。それが最終的にどのようなものになるかは未知数だ」、とカナダのブリティッシュ・コロンビア大学に所属する水資源専門家のタシ・ツェリ氏は述べている。

「中国は史上最大の水利権の奪取に向けて動いている。同国はチベット高原の河川を破壊しているのみならず、パキスタン、ラオス、ミャンマーなどでもダム建設あるいは建設用の投資をしており、電力供給契約を締結している。中印の紛争の要因は土地から水に移行している。水利権は新たな対立を生む国際政治の中心舞台となりつつある。巨大ダムを建設し、建設反対運動を叩き潰す力を持っている国は中国だけだ。水を巡る戦いは銃弾が一発も発砲されることない戦争と言える」、とインドの地政学アナリストのブラーマ・チェラニー氏は述べている。

インドに流れる河川の半分は中国から直接流入していることからインドの置かれた立場は弱い。だがインドのチェラニー氏によれば、その一方で、バングラデシュはインドによる水路の迂回と水力発電計画を恐れている。バングラデシュの政府系機関の科学者によれば、バングラデシュではインドから流入する水量が1割減っただけで、1年の殆どの期間、農地の大半で水が枯渇することになる。バングラデシュ国内の5,000万人の小規模農家のうち、8割以上がインドから流入する水に依存している。

土木専門家と環境問題研究家によれば、これらのダムが地域住民の生活と生態系にもたらす影響についての研究は少ないが、洪水が増え、地震が起き易くなることが懸念される。「環境面、社会面での信頼性の高い影響評価が行われていない。わが国には環境コンプライアンス制度、累積影響評価、環境収容力の研究が存在しない。こうした深刻な問題はインド環境森林省、開発業者、コンサルタントたちの責任だ」、と「ダム、河川、地域住民の南アジア・ネットワーク」のコーディネーターを務めるヒマンシュ・タッカー氏は述べている。

ヒマラヤ地方の河川を利用した水力発電計画

「中国とインドはいずれも過去30年間に建設されたナルマダ・ダム、三峡ダムのような巨大ダムで数千万人の住民を退去させているが、両国政府はいずれも、今後どれだけの規模の移住が必要で、新設ダムによってどれだけの陸地が水没するかを見積もった数値を公表していない。こうした点は完全に無視されている。また気候変動が河川に及ぼす影響も未知数である。ダムが建設されるのは、どれも氷河や雪原の融解が急速に進む河川なのだ」と、先に登場したカナダのツェリン氏は述べている。

気候変動に関する複数のモデルによれば、ヒマラヤ山脈を水源とする河川は氷河溶解によって水量が増加した後、2050年には水量が1〜2割減少する見込みである。これにより河川の発電能力は減少し、地域間の政治的緊張が高まると予想される。

すでにウッタラーカンド州、ヒマチャルプラデシュ州、シッキム州、アッサム州などのインドの北部州とチベットではこれらのダムに反対運動が起きている。先月の洪水で被害を受けたインド・ウッタラーカンド州ではアグラワル博士が反対運動を指揮し、50日間のハンガーストライキの後、病院に搬送され、今週退院した。

「州政府がダム政策見直しに着手しない限り、反対を続けるしかない」、とガンジス川に建設予定の複数のダムに反対するグループ「ガンガ・アバハン」に所属するマリカ・バノト氏は述べている。

ダムの多くは大規模な貯水を必要とせず、トンネルを通じて「川の流れ」を活用して巨大タービンに水が流入するようにするだけだと各国政府は説明して地域住民を安心させようとしている。しかし反対勢力によれば、それでも被害は大きくなる可能性があると言う。「(これらのダムは)河川の水路を完全に変えてしまう。ダムのある地域では区間の河川の水が枯れることであらゆる住民が影響を受けるだろう。河川の水文全体が変わり、洪水が深刻化する可能性が高い。ダム建設による水没で移動を余儀なくされるのは500人だけかもしれない。だが、ダムによって水の流れが止まれば2万人が影響を受ける。またダムは地下水の流れも阻害するため、多くの住民が最終的には水の枯渇に遭遇するだろう。また、関連する全ての河川の周辺生物も破壊されるだろう」、とナルマダ・ダム反対運動の主要人物で、ヒマラヤ地方のダムに関する報告書も作成しているシュリパド・ダルマディカリ氏は述べている。


(翻訳:吉田 明子)