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サイバー攻撃を受けて – チベット亡命社会リーダー、ロブサン・センゲ氏に聞く

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(2014年11月10日 Pao-Pao)

 

2011年9月16日、ロブサン・センゲ氏がオフィスに着くと、そこは『ひどい荒れ模様』だった。混乱してパニック状態だった、とセンゲ氏は回想した。「職員がコンピュータとコンピュータの間を走り回っていた。」

職場がそのようなことになっていようとは少なくともセンゲ氏は想像していなかった。そのわずか数週間前、彼は世界中の亡命チベット人の中から選挙でリーダーに選出され、ダライ・ラマ法王から全政治的権限を委譲されたばかりだった。その日は中央チベット行政府(CTA)の拠点であるダラムサラの議会初日であり、彼が率いる内閣が満場一致で承認されたばかりの祝いの日であるはずだった。

しかしその日、近々計画されていたアメリカ訪問に関する極秘メモがどういうわけかCTAのコンピュータから公のドメインに流出していたのだ。「すべては極秘であり、そのメモもワシントンD.C.にいるわずか三名のみが受け取るはずだった」とセンゲ氏はPao-Paoに語った。

アシスタントは彼に訪問自体をキャンセルするよう助言した。「全て露見してしまいました」と彼らはセンゲ氏に言った。「何もかもです」彼らの言葉は決して大げさなものではなかった。中国政府はメモにリストアップされていたアメリカの政治家らに、センゲ氏との会見を控えるよう既に圧力をかけ始めていた。それでもセンゲ氏はひるまなかった。「私たちはメモ通りの日程でワシントンD.C.を訪ね、メモ通りの人たちと会見するのだ、と私は言った。中国政府のいじめに対抗するにはそれしか方法はないのだ。」

セキュリティーアップグレード

その結果アメリカ訪問は予定通り行われた。しかしサイバー攻撃はセンゲ氏にも打撃だった。「まず、中国政府には私たちのコンピュータに入り込んで極秘情報のメモを奪うだけの能力があるということだ。」「私が再びオフィスに戻った時、職員たちはそこにある全コンピュータにログインし、ウイルスに感染したコンピュータを割り出し、中国政府がどうやってメモを盗んだのかを探ろうとしていた。そして最終的にオフィスの全機能が停止する状況に追いやられてしまったのだ。」

CTAが中国のサイバー攻撃の対象になったのはそれが初めてのことではなかった。2008年にはゴーストネット(GhostNet)と呼ばれる大規模なスパイオペレーションがCTAのメールや他の情報を盗み出している。ゴーストネットは、世界中のチベット関連組織や大使館、そして政府関連組織にも影響を及ぼした。その一年後にはシャドーネット(ShadowNet)が使われた。トロント大学のサイバーセキュリティ研究所のIWMはシャドーネットを『cyber espionage 2.0』形式のものだと分析している。

IWMの研究員らはハッカーが中国から操作していたことまでは突き止めたが、証拠不十分で中国政府との関連まで立証することはできなかった。しかし、ウィキリークスが暴露したアメリカの公電の一つには、ハッカーの居場所と中国軍の関連を裏付ける機密文書の記述があった。

2011年にサイバー攻撃を受けたセンゲ氏はCTAのデジタルセキュリティーの強化を強いられた。「攻撃を受けた当初は『どんな策を講じても中国政府の思い通りにされてしまうだろう』という雰囲気が事務所に蔓延していた」、とセンゲ氏は言った。しかし、主席大臣に選出されるまで16年間ハーバード・ロー・スクールで過ごし、チベットの政治とは無関係であった彼はそれを受け入れなかった。「ある程度のことはできるだろうと私は考えた。今ではウイルスが侵入したとしてもその被害を一つのコンピュータにとどめておくことができる。」

このように、CTAのオフィスが機能停止するような事態は避けられるようになったかもしれないが、サイバー攻撃は止まる所を知らない。2012年には10ヶ月に渡って少なくとも30のチベット支援団体のコンピュータシステムが中国からの侵入を受けている。2013年、CTAのウエブサイト、Tibet.netもいわゆるWatering Hole Attack(水飲み場型攻撃)の影響を受けた。ハッカーがウエブサイトの訪問者を狙いアタックする方法である。

インターネットセキュリティの研究者であるオックスフォード大学のグレッグ・ウォルトン氏は、この手の攻撃が増加していることに警鐘を鳴らしている。Water Hole Attackにソフトウェアの脆弱性につけ込んだ攻撃が加わると『末端のユーザーには基本的に手の施しようがないし、どんなに意識を高めてもトレーニングをしてもその脅威を軽減させることはできないだろう』と論じている。

センゲ氏にしても完全に安全な環境を構築できるとは思っていない。「中国政府はこれからも情報を盗もうとするだろうし、ある程度の成果をあげるだろう。しかし容易にそれをさせないよう、私たちもまた工夫をしなければならない」、と彼は言う。「私のメールはおそらく毎日誰かに読まれているだろう。ペンダゴン、CIA、多国籍企業‥‥どこもみな攻撃を受けており、攻撃をかわすために彼らは何億という資金をつぎ込んでいるのだ。」

センゲ氏はお手上げのポーズで言った。「残念だが私たちの予算は5千万ドルほどだ。全予算を使っても私のメールアカウントを守ることはできない!」

attachment(添付/執着)お断り

基本的な方策をとることでいくつもの問題を回避することができる、とセンゲ氏は確信する。例えば、彼は自分のメールアカウントに非常に長いパスワードをつけ、なおかつそれを頻繁に変える。「仏陀の教えに従わなければいけない。もし君が仏陀にメールを送ったら仏陀は何とおっしゃるだろう。『アタッチメント(添付/執着)お断り!』だ」、とセンゲ氏は笑った。「仏教において煩悩の一つがアタッチメント(執着)だ。2500年前の仏陀の教えは今もなお有効なんだよ!」

仏陀の教えを守ることで、センゲ氏は彼のコンピュータがハッカーの侵入を受けるのを何度も防いできたのだ。それでも危険な場面は何度もあった。例えば、ダラムサラで予定されていたインタビューの一週間前にタイム誌の編集者ハナ・ビーチ氏からメールが送られてきた時だ。

「彼女がインタビューで訊くつもりの質問10個を私に送ってきたんだ。ジャーナリストが事前に質問を送ってくるなんて、親切な人じゃないか!」アタッチメントをダウンロードしようとしたセンゲ氏は思いとどまった。「おかしいと思った私は、メールを送ってきたのが本当に彼女だったのか確かめるためにこちらからメールをしたんだ。」案の定、メールは彼女からのものではなかった。

巧妙な手口だが、珍しいやり方ではない、とセンゲ氏は言った。「そういうメールは本当に毎日のように送られてくる。チベット支援団体やオフィス内から送られてくるメールもウイルスに感染していることはある。」

結束の強化

インターネットによる情報通信技術を使用することで、CTAは中国のハッカーに攻撃する隙を与えてしまうことになった。しかし同時に、センゲ氏はインターネットのポジティブな面も強調する。「中国のGreat Firewall(ネット検閲プログラム)をもってしても情報は発信され交換される。それが現実であり、中国政府も、また他の如何なる政府もそれを食い止めることはできない。」

センゲ氏は2008年、チベット内部で起きたプロテストを例に挙げた。『携帯電話革命』とも呼ばれたそのプロテストでは、報告、ビデオ、そして写真が目撃者から携帯を通じて世界中に発信されることになったのである。

加えてインターネットによって、およそ10万人のチベット人が住むダラムサラに拠点を置くCTAと、世界中のその他の地域に住む約5万人のチベット人の結束が強められることになった。およそ40カ国に散らばった亡命チベット人社会は、主にインターネットを通じて繋がっている、とセンゲ氏は語る。

「インターネットは非常に重要な役目を果たしてきた。先日ベルギー在住のチベット人らに話をした時、私たちのウエブサイトであるTibet.netやチベット語のオンラインTVにアクセスしている人がどのくらいいるかを尋ねてみた。するとおよそ40%の人たちが手を挙げた。」チベット内部に住むチベット人がFacebookを使ってセンゲ氏に『一度限りのメッセージ』を送ってくれることもあるという。「『幸運を祈っています』といったメッセージが、あっという間に削除されてしまうFacebookのアカウントから送られてくるんだ。」

危険、しかし役に立つ

中国内外のチベット人が現在ひっきりなしに使っているのがWeChatだ。しかしこれもまた危険を伴っている。一年前、チャットのアプリケーションを使って焼身抗議の写真をアップした二人の僧侶がチベットで逮捕され投獄された。「多くの人がこのアプリケーションを使用するのは危険だと言っている。なぜならそれを作ったのが中国の会社だからだ」、とセンゲ氏もその危険性を認めた。それでも彼は、安全な話題を扱う限りはとても役に立つ有益なアプリケーションだと思う、とも語った。

CTAは、彼らの身の安全を考慮し、中国内部に住むチベット人には敢えて連絡を取らないようにしている、とセンゲ氏は言った。「毎月10万人弱の人たちが私たちのウエブサイトを閲覧している。その多くがチベット内部や中国のその他の地域からアクセスしていることも分かっている。しかし私たちは、敢えて彼らと連絡を取ろうとはしないし、彼らの情報を記録に残すこともない。」

ウーセル氏とSkype

主席大臣に選出されてからというもの、センゲ氏が中国内部のチベット人とインターネット上で連絡を取り合うことは危険すぎてできなくなってしまった。しかしそれ以前は、皆がやっているように彼も日常的に中国内部の人たちと連絡し合っていた。ハーバード時代には、著名なブロガーであり活動家であるツェリン・ウーセル氏としばしばSkypeしていた。

「彼女とSkypeするのが日々の儀式のようになっていた。オフィスに行き、ある時間が来ると私はログインして30分、あるいはそれ以上彼女と話したものだった。彼女はチベット語が上手くなかったので、私が無償のにわかチベット語教師になったんだ。」ウーセル氏が決して流暢ではないチベット語で冗談を言おうとして失敗したことを思い出し、笑いながらセンゲ氏は語った。

「彼女の身を危険にさらす可能性があったので、残念だが彼女との交信は止めなければならなかった。」しかし今でもセンゲ氏は彼女に深く敬意を払っている。「彼女はすばらしい発信源だ。中国内部で情報を収集し、それを世界中の人々と共有している。彼女はとても勇敢だ。」センゲ氏は彼女のようなブロガーを、実際のチベットの生活の現状を知りたいと思っている人たちのための真に貴重な情報源だと考えている。

結局、インターネットはよいものなのか、悪いものなのか。センゲ氏にも答えは分からない。「誰が使うかにかかっている。善良な人たちが使えばいいものになる。」瞬時に、ほとんど無料で大量の情報を発信することができることに驚嘆する一方、彼は、インターネットの安全性を案じている。「力のダイナミクスが全く釣り合っていない。富み、より強く優れたテクノロジーにアクセスすることができる人たちがいる一方で、それを持たない人たちがいる。」

もちろん、チベットのリーダーはもうずっと以前からこの力のダイナミクスを認識していた。「ダビデとゴリアテの闘いはインターネット上でもこれからも続くだろう」、とセンゲ氏は言う。「最後にダビデが勝利するか、それはまだ分からない。」


(翻訳:Takako Barker)