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WeChatに占拠されるチベット

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2019年7月16日
テンジン・ダルハ

 

デジタル革命は、ニュースや映像を急速に拡散させる大きな立役者となった。過去10年で情報の消費や伝達の方法が大きくシフトし、ソーシャルメディアは印刷物に取って代わった。科学技術の進歩により、ニュースや情報の共有がより迅速に、より便利になり、発信元が分散化されるようになった。

しかし多くの人は、その便利さと引き換えに自らのプライバシーを犠牲にしていることには気づいていない。日々の生活の中でスマートフォンを使っているだけで、自分が想像する以上のデータを知らないうちに共有しているのだ。利便性を手に入れる代わりにプライバシーを失う、このトレードオフは、チベット人のWeChatの問題や、さらに包括的なチベット人の問題に起こっている。私の調査の結果、チベット人のネット利用者たちは中国企業テンセントが運営するWeChatを使用する場合、便利さと引き換えにプライバシーを放棄していることがわかった。

世界最大のスタンドアロンのメッセージングアプリであるWeChatは、常に技術改良を続け、毎月9億6300万人を超えるアクティブユーザーのコンテンツを監視(検閲)しているが、それでも亡命チベット人の70パーセントがこのアプリを使っている。チベット本土から離れて暮らすチベット人がチベット本土の家族や親族と連絡を取り合うためにWeChatをダウンロードする。世界で使われる他のソーシャルメディアアプリはチベット本土で禁止されているためだ。親族に連絡をとりたいチベット人は、WeChatを使う以外に選択肢がない。

テンセントのサービス開始からの8年間で、WeChatはチベットを含む中国全土で最有力のソーシャルネットワークのプラットフォームとなった。このアプリは世界中で登録ユーザーは10億人を超え、日々のユーザーは1億9,200万人を超えるインターネットの巨大アプリに成長した。昨年は、毎日4,500億件のメッセージがプラットフォーム上で送信され、2017年よりも18%増加した。この成長の背景には、中国本土での世界規模のソーシャルメディアの禁止、WeChatの競合他社である外国のアプリに対する検閲、そして中国政府からの補助金制度がある。これはまた、WeChatの情報技術サービスとソフトウェアが根本的に安全ではないことを意味する。中国政府は、中国の国家安全保障に関連していると考えられる事項についての広範な権限を主張し、中国企業に対し、コンテンツの検閲だけでなく、必要に応じてユーザーデータを引き渡すよう圧力をかけている。

それでも多くのチベット人にとって、WeChatのようなモバイルアプリは社会生活に欠かせないものとなっている。ニュースや情報はWeChatやFacebookのフィードで猛烈な勢いで拡散していくが、主流メディアはそのペースには追いつけない。

最近インドに到着したチベット人たちへのインタビューのなかで、ある女性がこう話した。「WeChatは多くのチベット人の日常生活において義務的になっています」 WeChatの普及とチベット人の逮捕件数が大きく増加していることには関係があるようだ。最近のサイバーセキュリティ法の実施と併せて、多くのチベット人がWeChatでは自己検閲をするようになり、社交的なメッセージや政治的でないメッセージだけを投稿したり転送したりしているという。

このチベット人女性は、自分の電話が盗聴されたこと、電話やテキストメッセージが監視されていることを知ったという。チベットを出る前に、インターネットセキュリティ局から呼び出されて尋問を受け、さらに自分が過去に言った言葉やボイスメッセージを正確に再現され、驚いたそうだ。

亡命社会でのWeChat

インドのチベット人社会ではあらゆる場所で、大勢のチベット人がテンセント社のアプリに夢中になっている。スマホ画面を見つめる人々の姿は一般的な光景であり、ボイスメッセージやビデオメッセージを送信したり、PubGを利用したり、他の機能を使用したりなどしてコミュニケーションを図っている。 WeChatはチベット語が読めなくても利用できる。そのため、チベット語が読めないチベット人でもグループに参加して、自分の意見を共有することができるのだ。

 

2018年に実施したインド全土の550人を対象とした現地調査では、70.9%のチベット人がチベット本土や亡命先、その他海外にいる家族と連絡をとる目的でWeChatアプリを使っている。またWeChatは亡命チベット人社会では人気が高い。

マクロード・ガンジの露店のチベット人店主が次のように話した。

「私の両親はチベットにいますが、電話は高額です。きちんとした教育は受けていないため、2012年に友人からWeChatと呼ばれるアプリを紹介されました。ユーザーフレンドリーであり、必ずしも速いインターネット接続や読み書きの能力を必要としないものでした。それ以来、私はこのアプリを使用してきました。ボタンを押せば、いつでも家族や親戚と話すことができます。ニュースやあらゆる最新情報を入手することができます。いくつかのチャットグループに参加して意見を述べ、2016年のチベットの選挙に積極的に参加しました。

しかし、登録申請は中国で行われているので、私は監視下にあると確信しています。政治関連のメッセージを電話で話したり自分のフィードに投稿したりすることはめったにありません」

また別のチベット人男性は、チベット本土に暮らす家族とほとんど毎日WeChatで話しているという。しかし驚いたことに、ある日、男性は自分の家族のグループチャットから外され、さらに両親がなんの説明もなく自分をブロックしたというのだ。男性は家族がWeChatでプロフィール写真とステータスを変更していると知ったが、その後メッセージを送信したり連絡を取ったりすることができなかった。このことから男性に疑問が生じた。中国のサイバー警察が家族にチベット本土外の人間に連絡することに対して警告したのかもしれないと推測している。

WeChatと中国政府

テンセント社は政府による個人のプライバシーへの関与を数回にわたって公式に否定した。しかし、中国当局がWeChatユーザーを検閲および監視することは公認の事実である。WeChatはまた、プライバシーポリシーの中で、ユーザーのデータを「政府、公共、規制、司法および法執行機関または当局」と共有して「適用法および規制を遵守する」ことを表明している。そのため、実際にはユーザーに対して政府の監視に対する保護はほとんど行われていないのだ。政治問題に触れると思われるメッセージを送信したことでチベット人が逮捕された事例はこれを裏付けている。

WeChatは中国を拠点とする企業であるため、コンテンツ管理に関しては中国の法規制の対象となっている。また、WeChatはエンドツーエンドで暗号化されていると主張しているが、政治問題に触れると見なされるメッセージが消去されるなど、キーワードとサーベイランスに基づくクライアント側の検閲が広く行われていることを示す重大な証拠がある。

ラサからヨーロッパへ留学したチベット人の少女が、WeChatをやめた理由を教えてくれた。彼女が自宅でチャットグループを作成し、そこでクラスメイト30人をディナーパーティーに招待した。その後間もなく、政府当局から厳重な尋問を求められ、クラスメイトとのチャットグループを今後作成しないよう警告され、彼女は恐怖を感じた。プライバシーが保護されないことへの不満から、彼女は最終的にWeChatをやめた。「私は尋問を受けて不安を感じ、非常に用心深くなった。中国のアプリは全く安全ではないと分かった」と述べた。

問題はWeChatよりも大きい。チベット本土の一部の村では、警察が住民の電話を取り上げ、メール、テキストメッセージ、連絡先からデータを抽出するアプリを密かにインストールしている。監視アプリは、ダライ・ラマによる文書や政治に触れると見なされるメッセージなど、さまざまな情報を検索するものだ。

チベットでは、WeChatの使用に対する深刻な弾圧が今も行われているが、これは中国全土のソーシャルメディアに対するより広範な弾圧の一部にすぎない。「オンライン上でのうわさ話」の元の情報を流したと判断された場合、ユーザーは投獄される恐れがある。中国は、チベット問題に対して同情や支持を表明するWeChatユーザーを厳しく取り締まり、そうした情報の拡散を阻止するためにあらゆる手を尽くし、WeChatで違法とされるコンテンツを共有することに対する制限や罰金を課している。

政府は、悪名高いファイヤーウォールに加えて、政府が掲げる課題への取り組みとして、市民の表現の自由を制限し、特定の言葉を検閲することができる。しかし、多くのチベット人や中国人のネット利用者たちは、特に画像やミームを使用して、重大なトピックを気楽に表現し、さらに情報の拡散を図っている。

「フェイクニュース」

情報が広く普及することで、チベット本土の状況に関するニュースが拡散されている。しかし、ここで問題となるのは、事実とフェイクニュースの見極めが難しいということだ。セキュリティ上のリスクがあるため、主にソーシャルメディアを通して流れるチベット問題のニュースを検証することは困難なのだ。

フェイクニュースの拡散は、世界的な問題である。偽のアカウントによって作成された虚偽のコンテンツ、誤解や混乱を招くコンテンツは、どの社会であってもその団結と調和を損なう可能性を秘めている。残念ながら、偽の情報やうわさ話が真剣に受け止められることも多く、チベット人に対する根拠のない批判は、チベットの正義を求める運動に影響を及ぼす可能性も大きい。

私が調査した結果、チベットの運動において被害妄想や分裂の可能性が生じている背景にある大きな要因のいくつかは、WeChatやFacebookのような人気のソーシャルメディアでの偽りのアカウントによる虚偽の情報や未確認のうわさ話である。これらのプラットフォームには、従来のメディアにあったゲートキーピングや検証プロセスがないため、虚偽や誤解を招くような情報の拡散の懸念を引き起こす。情報伝達の手段としての従来のメディアと新しいメディアの融合は、規制と検閲の境界線をどこにおくか、表現の自由と炎上をあおるような挑発的な言論のバランスをいかにとるかに関して疑問を投げかけてきた。

WeChatの恩恵を享受しながらも、私たちは悪い影響が生じることを警戒するべきだ。つまり、WeChatは社会の交流や、プライベートと公共の架け橋となる人気の媒体であるが、アプリの安全性と共有コンテンツのセキュリティはすべての人が懸念する問題でもある。

テンジン・ダルハは、チベット政策研究所の研究員であり、中国のサイバーセキュリティ政策とチベット人社会のソーシャルメディアの展望を研究している。


(翻訳:植林秀美)