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チベット問題担当EU特別調整官の設置を要請するメモランダム

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(2012年3月26日)

ダライ・ラマ法王特使 ケルサン・ギャルツェン(2012年2月)

自由を求める模範的な非暴力闘争であるチベット闘争
ダライ・ラマ法王の指導下で50年以上にわたり続いたチベットの自由闘争は一貫して非暴力的だった。民主的な選挙で選ばれたチベット中央政権(Central Tibetan Administration)の指導者に政権が移譲された後も、チベット亡命政権は非暴力路線を遵守し、中国からの分離、チベットの独立を目指さないと明言している。チベット中央政権は中華人民共和国の枠組みの中で、対話と交渉を通じてチベット人の真の自治を追求していく所存である。つまり自由に向けたチ ベット闘争は、模範的非暴力運動であるとともに、穏健な政治、民主主義、対話と和解の精神の模範となる闘争である。

本土のチベット人の強い抵抗運動
2008年3月、中国共産党の支配下で生まれ育った第三世代のチベット人が抑圧的な支配に立ち上がった。チベット高原に居住するあらゆる社会階層のチベット人が中国当局の抑圧的、差別的な政策に反対する抵抗運動を起こした。迫りくる生命の危険を認識しつつも、僧侶、一般市民、学生、仏教信徒、そして信徒でない者も、老若男女が自発的に一つにまとまって、苦悩と不満、そして中国政府の政策に対する苦情を表明した。

デモに対する苛烈な弾圧
世界的指導者、非政府組織、国際的著名人など多くの人々が中国政府に対し、暴力を行使せず、慎重な対応をとるよう訴えたが、残念ながら、当局はチベットで起きたことに対し苛烈な対応を取った。今日、チベット人居住地域の大半に大規模な武装警察と軍隊が配備されており、多くの地域でチベット人は実質的に戒厳令下に置かれ、不安と威嚇の空気に包まれている。チベット人居住地域には外国人ウォッチャー、ジャーナリスト、そして観光客さえ立ち入り禁止であり、中国当局は裁量的行為を自由に行える状態にある。

破壊の脅威にさらされている文化
意図的であれ、そうでないものであれ、チベットで現在、実施されている政策は文化の虐殺につながっている。チベット人が社会から疎外される状況が危険なほど急速に進み、チベット的な生活が廃れつつある。「発展」はチベットを中国社会と中国文化に同化させようとするものであり、中国政府は多くの漢人をチベットに移住させることで、漢人が地元のチベット人を圧倒し、少数派の立場に追いやっている。チベット仏教、チベット語、チベット人のアイデンティティや生活様式 は、本土で完全破壊の脅威にさらされている。こうした文化的虐殺の脅威からチベットを守るため、国際社会が強いシグナルを送ることが緊急に求められている。

絶望と欲求不満による焼身自殺
状況は悪化し、中国政府との対話も一向に進捗しない。こうしたことからチベット人のあいだでは欲求不満と孤立感が深まり、緊張や情動不安、そして苦渋の念が強くなっている。中国政府のチベット問題への強硬姿勢に加え、国際社会からも強力かつ明確で具体的な支援が得られないことから、チベット人にあいだには絶望が蔓延している。そうしたことが彼らを過激な行動に駆り立て、焼身行為につながっている。

2009年2月から30件の焼身行為が発生した。さらに、最近わずか1年のうちに29人のチベット人がこうした過激な政治的抗議行動に走り、22人が死亡したとされる(2012年3月26日時点の情報)。

チベット亡命政権はこうした過激な抗議行動を差し控えるよう、呼びかけを続けている。しかし、国際社会も本土のチベット人に希望を与えるような強力な連帯のメッセージをただちに送る必要がある。こうしたメッセージは、深く欲求不満と絶望の感覚に囚われているチベット人に希望とインスピレーションを与え、絶望的行為に走ることを踏み留まらせるだろう。

欧州連合(EU)と中国間の人権対話
欧州議会はチベット人の苦難について深い遺憾の意を過去からの表明し続けており、中国政府とダライ・ラマ(またはその代表団)との交渉に向けた呼びかけも続けている。また、この問題についてきわめて多くの決議案を採択している。しかし欧州議会が強力にチベット支援をしているのに対し、欧州評議会と欧州委員会はチベット問題に対して行った取り組みは少なく、こうした問題について明確で持続的な政策を持っていないように見受けられる。中国との人権対話(訳注:1996年1月に政治対話の一環として中国とEUの間で始まった対話。これまで30回行われている)の枠組みの中でチベット問題を取り上げようとするEUの試みが失敗だったこと、そこからは何ら実質的成果が生まれなかったことは今日、紛れもない事実である。こうしたアプローチが不適切で、複雑な取り扱いを求められるチベット問題にはふさわしくないことは明らかといえる。EUと中国間の人権対話はチベットの人権問題改善につながらず、それはダライ・ラマ法王(あるいはその代表団)と中国指導陣との間の建設的な対話を実現させることもなかった。それどころか、2008年8月の北京オリンピック以降、中国政府のチベットに対する抑圧は強まり、チベット問題に対する態度は著しく硬化している。

国際協調行動が必要な時が来た
こうしたことに鑑みて、チベット問題について行動が求められる時が来た。チベットの状況好転に向け、さらなる努力を重ねることがきわめて重要である。こうしたことで言えば、1997年、当時のオルブライト米国務長官が初代のチベット問題担当特別調整官の任命を発表したことは、チベット人にとって大変心強いものであった。こうしたポストの創設によって、人権支援、外交支援、多国間戦略、情報共有、そして最終的には政策立案といった広範な問題にアメリカ政府が取り組むための絶好の機会が与えられた。この結果、米中首脳間の政治的やり取りの中で、チベット問題に大きな関心が払われるようになった。さらに何よりも重要なことは、チベット問題担当特別調整官のオフィスがダライ・ラマ法王と中国政府間の対話の促進のためにアメリカ政府が一貫性のある政策を策定する推進力となっていることである。

実質性と一貫性のある政策が前進を生む
こうした推進力をテコに、オバマ大統領とクリントン国務長官は2010年2月と2011年7月にダライ・ラマ法王と会談した。オバマ大統領はチベット特有の宗教・文化・言語的アイデンティティの保全に支援を表明し、また中国におけるチベット人の人権保護にも支持の意向を示した。オバマ大統領はダライ・ラマ法王の「中道アプローチ」、非暴力へのコミットメント、中国との対話の追求といった姿勢に賛辞を送ったほか、ダライ・ラマ法王代表団と中国政府の間の実質的な対話が行われるよう、公式、非公式に呼びかけを行った。また、クリントン国務長官とスタインバーグ副長官はさまざまな機会を捉え、チベットの人権問題を取り上げ、「『一つの中国』の枠組みのなかで、中国がチベット問題についてダライ・ラマ法王と今以上に真剣な話し合いを行う必要[…]」について言及した。

2009年10月からチベット問題の特別調整官の役割を担っていたマリア・オテロ国務次官(市民の安全、民主主義、人権担当)はダライ・ラマ法王と5度会談を行った。オテロ次官はインドに2度出張し、ダライ・ラマ法王や民主的に選出された亡命政権首脳と面会し、話し合いの場を持ったほか、チベット難民居住区を訪問し、そこで難民コミュニティに対する人道的援助の必要性を精査し、チベット文化、宗教、言語の保全に何が必要なのかも査定した。またチベット本土からの新しい難民の登録、保護を目的とする施設である「チベット難民レセプション(Tibetan Refugee Reception)」をネパールのカトマンズに訪問し、視察した。さらに、オテロ次官はワシントンDC在住のダライ・ラマ法王特使と緊密な関係を保ち、チベットとチベット人の問題について意見交換している。

また、オテロ次官はチベット問題担当特別調整官として、キャンベル東アジア・太平洋担当国務次官補、およびベイダー・ホワイトハウス国家安全保障会議アジア担当部長(2009年に退任し、ラッセル氏が就任)、ダライ・ラマ法王特使のロディ・G・ギャリ氏と定期的に意見交換会を開催し、チベット問題に対するアメリカの外交政策のあらゆる側面を議論し、調整している。さらに、チベット問題担当特別調整管とダライ・ラマ法王特使は、チベット問題に関心が高い国の大使を対象としたランチ・ミーティングを共同で開催し、情報や意見の共有を図り、協力できる分野や足並みを揃えられるアプローチについて議論している。

チベット問題担当特別調整官の任命、そして、2002年に米下院でチベット政策法が採決され、それがブッシュ政権下で2002年9月30日に法制化されたことにより、アメリカでは整合性、一貫性、持続性のあるチベット政策に向けた強力な基盤が作られた。こうしたことは、中国が真剣かつ現実的に取り組まない限り、チベット問題は米中関係の重要な懸案であり続けるとする正しいシグナルを中国指導陣に向けて送っている。

アメリカがチベット問題に対して、このように実質的な政策を取っていることは、米中関係に目に見える形で影響を及ぼしていない。ヨーロッパと違い、アメリカの大統領や国務長官がダライ・ラマ法王と会談しても、中国は通り一遍の外交的批判をするだけである。つまり、歴代米国政府がチベット問題に対し、堅実で一貫した政策を取り続けていることから、中国政府はそれが米中両国関係における避けては通れないハイレベルの問題だということを認め、受け入れているのである。

ヨーロッパ市民もEUのチベット問題に対する行動を後押し
チベット問題に対する中国指導陣の立場と態度を変えるには、多国協調による努力が必要となる。EUは対話と交渉でチベット問題を平和的に解決していくのに理想的な立場に置かれている。EUは政治的に高い重要性をもち、国際的地位が高い。欧州議会はこれまで多くの決議案を通じ、チベット人の基本的権利と自由を守り、ダライ・ラマ法王と中国政府の間の交渉を促進するため、効果ある行動を断固として取るよう呼びかけてきた。1998年には欧州議会は欧州評議会に対し、チベット問題担当EU特別代表の任命を要請する決議案を採択した。その後、欧州議会はこうした呼びかけを繰り返し、任命要請の決議案を2002年、2007年、2008年、2011年に採択している。

チベットの大義はヨーロッパで強い支持を集めている。ヨーロッパの国々の多くにチベット支援グループがある。ヨーロッパの人々は道徳的原則にかかわる問題として、チベットの大義に深く共感している。彼らはチベット問題の公正で平和的な解決に向けて自国政府が取り組むことを歓迎する。ヨーロッパ人のあいだのチベットへの共感の広がりと欧州議会による数々のチベット問題関連決議は、欧州評議会と欧州委員会がチベット問題に取り組み、チベット問題担当特別調整官を任命するよう後押ししている。

チベット問題担当EU特別調整官
チベット問題担当EU特別調整官の主たる役割は、中国政府とダライ・ラマ法王(またはその代表団)の間の実質的な対話促進にある。この目的に向け、担当官はこれまで以上に有効性が高く一貫した政策を新しく策定していく必要がある。担当官はチベット人指導陣と緊密な接触を保ち、インド、チベット、中国に出張しなければならない。また、人権を尊重させ、チベット特有の文化、宗教、言語、アイデンティティを尊重させるためのEUの政策を推進していかなければならない。欧州評議会、欧州委員会、欧州議会、そしてEU加盟国と共に、チベットに関する広範な問題(人道支援、教育支援、文化保護、情報供給、外交支援、多国間戦略、政策立案)についての話し合いの場を設けていくのもEU特別調整官オフィスの役割となる。

結論
チベット問題担当EU特別調整官の任命はEUがチベット問題の平和的解決にあたり持続的で有効な役割を果たしていくうえで極めて重要なステップとなる。このようなポストの新設は、本土のチベット人に希望を与え、連帯のメッセージを送し、EUはチベット人の苦難を忘れていないし見捨てたわけではないということを示すことになるだろう。こうしたことは、平和的なチベット問題の解決に向けて、決定的かつ建設的な役割を果たしたいとするEUの強いコミットメントを反映したものとなるだろう。

こうした任命が実現されれば、それは大いなる希望とインスピレーションを生む。チベット人は絶望から引き戻されるだろうし、彼らが過激な抵抗に走らないための有効な手立てとなるだろう。EUは現在のチベットの状況を懸念しているという姿勢、チベットの大義に連帯しコミットしているという姿勢を示すことで、抑圧、虐待の対象となっているチベット人を励まし、支え、その心に希望を与えるだろう。

チベット問題が平和的に解決されたあかつきには、チベットと中国に恩恵がもたられ、東アジアに安定と平和がもたらさるだけではない。それは世界の政治文化にも大きな影響をもたらすだろう。チベットの自由闘争は非暴力と民主主義を標榜することで世界的に知られている。チベット人の非暴力の自由闘争が今後成功するか如何は、非暴力、対話、民主主義を土台とする政治文化を培い、世界に広めていこうとする国際的な努力が最終的に実るかどうかに直接作用するものとなるだろう。


(翻訳:吉田明子)