2020年8月25日
インド、ヒマーチャル・プラデーシュ州ダラムサラ
法王は今朝、子供の包括的な発達という観点からの体験的な学習方法や目的に沿った教育に取り組んでいる、マインド・ミングル(Mind Mingle)というグループのリクエストに応じて講演を行われた。その共同創設者および理事長のナヴィーン・シャルマ氏は法王を歓迎し、法王との対談の機会をいただくという夢が実現したことに感謝した。また同氏は、マインド・ミングルが、法王の援助や激励を受けてエモリー大学が発展させてきた K – 12 教育プログラム(幼稚園から始まり高校卒業までの13年間にわたる一貫した教育期間のこと。Kは幼稚園Kindergarden のK)、社会性と情動と倫理の学習(SEE Learning:Social, Emotional and Ethical Learning)にもインドで関わってきたことを説明した。それらを踏まえ、近代教育における世俗の倫理観の必要性について、このグループへのアドバイスを法王に依頼した。
法王はモデレーターのナヴィーン・シャルマ氏に「ありがとう」と伝えてから次のように話を続けられた。
「私の主な関心事は、幸せな世界の実現を見ることです。単なる知識を持つだけでは幸せの保証にはなりません。世界には、素晴らしく高い教育を受けていてもなお、ひどく不幸を感じている人々もいるのです。近代教育では物質的な価値を目的とした方向付けがされていますが、私たちが幸せになるためには非暴力の実践と慈悲の心が必要であり、それらの見地は何千年もの間インドの伝統として受け継がれてきたものです。慈悲の心は私たちに内なる平和と強さ、不安の減少をもたらしてくれます。非暴力とは、肉体的にも、発する言葉においても、他者を傷つけないことを意味します。そして、真に非暴力の実践を貫くためには、慈悲の心、つまり思いやりが必要なのです」
「前世紀、マハトマ・ガンジーが誠意を持って非暴力の道を追求したことにより、世界中の多くの人々がその模範に従いました。その代表的な例として、アフリカには南アフリカ共和国のネルソン・マンデラ前大統領、アメリカにはマーティン・ルーサー・キング牧師などがいます。実際に、マーティン・ルーサー・キング牧師の奥さんは私に、牧師はマハトマ・ガンジーのような服を着たいと思うほど強烈な感銘を受けていたと話してくれたことがあります。
今、私たちは21世紀を生きていますが、古代インドからの伝統である非暴力の実践と慈悲の心を現代教育と結び合わせて、その促進を試みる必要があります」
「私たちが破壊的な感情(煩悩)を克服しない限り、争いや殺し合いによって損なわれた20世紀と同様の過ちに陥ってしまうことになるでしょう。前世紀は科学的知識が巨大な暴力の一因となった時代でした。しかし今は、より多くの人々が平和を望んでいる時代になり、一人ひとりがより慈悲深い人間になることがいかに重要であるかを、私は他の人々と分かち合いたいと思っています」
続いて法王は、ナーランダー僧院の伝統のユニークな特徴は、根拠と論理に基づいていることであり、最も包括的な仏教の伝統であると述べられた。今日、科学者たちは仏教が説いている縁起の見解に関心を寄せており、ナーランダー僧院の伝統を引き継ぐチベット仏教の伝統には保存すべき価値がある。それと同様に、チベット語も、仏教思想を解説するのに最も的確な言語であるため、保存の価値があると法王は付け加えられた。
そして法王は、以前の出来事を振り返って話を続けられた。
「私は以前、インドのネルー元首相に、チベット人の学校を設立するための援助をしてほしいと頼みました。そして、そこで生徒たちに教える母国語のチベット語に加えて、ヒンディー語と英語のどちらを選ぶべきか話し合いました。ネルー元首相は私たちチベット難民にとても親切で、ダラムサラを私の住む場所として選んでくださいました。更に、インド国内の各州首相たちに向けて、チベット人が定住できる土地があるかどうか手紙を書いて尋ねてくださいました。最も寛容な返事をくれたのは、現在はカルナータカ州で、当時はマイソール州のニジャリンガッパ州首相でした。私たちの壮大な僧院教育の場はそこに再建され、そこでは今約1万人の僧侶や尼僧と共に、何人かのインド人や外国人が、厳しい勉学修行に励んでいます」
「私たちは難民ではありますが、住み心地のよい我が家を見つけることができました。私たちは祖国を失いましたが、私たちのグル(精神的導師)の地にたどり着いたのです」
「私は85歳になりますが、皆さんが私の顔を見れば、まだ丈夫でたくましいと感じることでしょう。私もあと15年くらいはここで過ごしたいと思っています。ご静聴ありがとうございました」
ここで法王は質疑応答のセッションに入り、ここで古代インドの知識を復興させることについて語る時は、宗教に触れることなく、世俗的な文脈において話をしていることを明確にされた。古代インドの知識の復興はただ祈っているだけでは成し得ることはできないが、教育を通して達成することができる。その目的は、宗教によるのではなく、個々の人間が幸せを見つけることで可能となる。大切なのは、慈悲の心と非暴力を実践するために、世俗的なアプローチを取り入れることであり、非暴力で慈悲の心にあふれた社会の構築を目標としている。
次に、インドネシアの女性からの質問に対し、法王は、彼女の国の大半がイスラム教信者であるけれど、他のアジア諸国同様に、イスラム教徒、仏教徒、ヒンドゥー教徒、キリスト教徒、などもそこに共存していることを話された。世俗的なアプローチを取り入れるということは、異なる宗派同士の偏見に基づいて互いを傷つけ合うことを避け、相互によい活動を積極的に行うことを意味する。大切なのは、心をオープンに保つことである。法王は、インドネシアのことを考える時、以前訪れたボルブドゥールの見事な仏塔を思い出す、と述べられた。
法王は、民主主義における信仰とは、個人的な選択の問題であるとの見方を示されて、次のように述べられた。
「もしあなたが、キリスト教やイスラム教のような有神論の道を進みたいと思うなら、それは個人の決断です。そして、もし無神論を唱える仏教やジャイナ教の方が馴染みやすいというのであれば、それもまたあなた次第なのです。どのような宗教の道を進むにせよ、それがあなたの感情をよりよく変容させ、温かい心を培うことを助けるものであるべきです」
さらに法王は、新型コロナウイルスに関連して、感染者を治療し、自らをも命の危険にさらして活動にあたる全ての医療従事者たちに向けて、感謝の意を伝えられた。ウイルスのワクチン開発についてさまざまな種類の研究を行っている人々を激励されるとともに、アーユルヴェーダ、ユナニ医学(インド・パキスタン亜大陸のイスラム文化圏で現在も行われている伝統医学で、古代ギリシャの医学を起源とする)、ヨガ、チベット医学、中医学、などの伝統的な医学療法もまた、治療の一助となる可能性を示された。
モデレーターのナヴィーン・シャルマ氏は、参加者たちとの質疑応答にも応じて下さった法王に謝辞を述べ、教育者たちが今回の交流を通して、新たな学びが得られたことを望んでいると伝えた。
最後に法王は、常に更なる学びの余地はある、とアドバイスをして次のように明言された。
「ナーランダー僧院の偉大な導師たちは、絶えず調査や分析を行い、知識を広めていかれました。物質的な満足を得るのは悪いことではありませんが、自身の理解を深めるために限界を設ける必要はありません」