2002年2月3日
ニューデリー(ヒンドゥスタン・タイムズ)
ダライ・ラマは不滅ではないが、インドとチベットの国境は永続する。
チベット亡命コミュニティの事実上のリーダーが逝去したらどうなるか?
インド政府は、この件について並々ならぬ関心を抱いている。
その第一の理由は、現ダライ・ラマが亡くなったら、中国はほぼ確実に事を起こすからである。
中国は、ラマが選ばれる度にすぐさま都合のいい候補者を拾い出してきた。チベット仏教徒の中で主流の黄帽派(ゲルク派)の長、ダライ・ラマを掌中に収めることは、北京にとっては輝かしい偉業になる。
現ダライ・ラマが昨年言ったように、中国人は「私が死ぬのを待っている。彼らは転生ダライ・ラマを見つけるための委員会を設置することを考えている」
カルマパ論争のあと、インド政府はダライ・ラマに対して、死ぬ前に後継者を発表しておくように催促したという噂がある。だが、チベット指導者はこれを退けた。次のダライ・ラマは「自由の国」で——つまり、チベット人が自由に仏教を実践できる場所で生まれなければならないと語っただけだった。
いずれにしても、チベット仏教の伝統によれば、高位にあるラマは自分の死ぬ場所と時期を選べ、継承者が生まれる場所を決定することができる。そしてダライ・ラマは自分の転生がチベット以外の国で起こると言った。
インド政府にとっての問題は、ダライ・ラマ継承を運まかせにできないほど、インドにはこの件に深い利害関係があるのだろうか、ということである。
インドの中国問題専門家たちの間では、この事については意見が分かれる。
一部の分派は、あるオブザーバー言うところの「複雑なチベット内部の政治」に首を突っ込むべきではないと主張する。現在、カルマパが3人もいることの理由のひとつは、インド政府が過去、ラマ継承者争いに介入したためだといういきさつがある。
彼らの考えでは、チベット問題はインドにある程度、プロパガンダ上の利点をもたらしているが、実際には何の効力もない。だから、インドはチベット指導者問題に関して、もっとリラックスした態度で臨んでいい。
支持者たちは、ダライ・ラマが二人いれば、チベット人は必ず中国からお墨付きをもらっていない方につくだろうと言う。
現ダライ・ラマは当然のことながら、伝統を軽視することを拒んでいる。もし伝統に従わなければ、継承者はその正当性に関する問題で足元をすくわれかねないことになる。「そうなれば中国政府にとって、事はかえって有利に働く」とアナリストは言う。
現在、安全なサウス・ブロックに身を置く、よりアグレッシブな中国問題専門家グループは、チベットをインドの対中国兵器の重要な武器だと見なしている。
ダライ・ラマは西洋で大きな関心を集める存在である。「ワシントンのインド大使館は長年、ダライ・ラマの栄光のおこぼれにあずかってきた」とあるMEA職員は言う。「中国との関係で大きく出ようとするたびに、ダライ・ラマを利用して相手をけん制してきた」
インドが、ダライ・ラマの死去をただ静観しているわけにはいかないと感じている理由のひとつに、中国とのゲームに負けることへの恐怖が挙げられる。継承に「間違い」が生じることは絶対に許されることではない。
こうした考えはインドの影響力を過大評価しすぎ、チベット人自身が持つ中国への憎悪を過小評価しすぎている、と批評家たちは声をあげる。チベット人は、インドが指名したダライ・ラマなど、北京が指名したダライ・ラマと同様に却下するだろう。v
インド人の専門家が揃って懸念しているのは、次のダライ・ラマの転生が現宗教的リーダーの器より大きく成長するには何年もかかるだろうということだ。これでは、西洋をチベットに注目させておくのは難しくなる。また、チベット運動内部における過激で暴力的なグループの動きが活発化する可能性も生じてしまう。このようなグループを抑えることが可能だったのは、ひとえにダライ・ラマの大きな威光によるものだと思われる。
ダライ・ラマ亡き後、インドは当地で活動するチベット人テロリスト集団が悩みの種になるかもしれない。だが、9月11日後の情勢下では、そのような事態は決してあってはならず、それはインドの政策にとって、中国との関係だけではなくパキスタンとカシミールとの関係の妨げにもなりかねない。