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二人のラマ僧の話

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2001年8月23日
アジア・ウィーク

チベットの亡命者たちは、今週(8月末)インドのダラムサラにあるチベット亡命政権の初の主席大臣の直接選挙を祝っていた。 チベット人から活仏として認められた政治的活動家である61歳のサムドン・トゥルク・リンポチェ(Samdhong Tulku Rinpoche)は、インド、ヨーロッパ、北アメリカのチベット人による投票で3万票のうちの84%を獲得して圧勝した。以前に世論調査はあったものの、カシャック(内閣)の指導者が直接投票で選出されたのは、今回が初めてである。法的に、今、サムドンは15万人人強の難民社会の「政府」の長となり、任期は5年である。実際には、精神的指導者である66歳のダライ・ラマが今も人々に対する影響力を持っているが、ダライ・ラマは年をとるに従いこのように限られた形式での民主化を熱心に奨励している。

アメリカ合衆国式の大統領選挙のような勝利者への祝賀はない。ニュースが発表されたとき、サムドンは権力の座から数百キロも離れたバンガロール(Bangalore)の瞑想場所で、職務の重大さを熟考していた。サムドンが挑まなくてはならない難題は、中国内でチベットの自治を求める亡命政府の公式見解と、特にチベット青年議会(Tibetan Youth Congress)が唱える直接行動・独立をやかましく要求する声のバランスをとることである。

サムドンはガンジー・スタイルの直接非暴力運動をとっている。彼は、最近の演説のなかで、もし中国政府が3年以内に自治について真摯な対話を始めることを拒否するなら、チベット人は完全独立を目指して抗争すべきであると強調した。新しい指導者は「チベット問題」を解決し難民たちが母国に帰れるようにする過程の第一歩を踏み出したところだが、実のところ、誰も彼が奇跡を起こせるとは思っていない。1959年にダライ・ラマとともに20歳で母国を逃亡したので、サムドンのチベットの記憶は限られている。

サムドンの状況を今週のニュースにあったもう1人のラマと対比させてみるとよい。チベットの奥深くにいるケンポ・ジグメ・プンツォク(Kenpo Jigme Phuntsog)には祝う理由がなにもない。先代のダライ・ラマの高位ラマ僧教師の生まれ変わりであるとチベット人に認められている68歳の体も弱った師の行方は定かではない。今週ロンドンに拠点のあるチベット・インフォメーション・ネットワーク(Tibet Information Network)が発表したレポートや写真によると、チベットの最東のカンゼ(Kardze)にある建立20年になる静かなセルタル(Serthar)僧院が、警察や役人によって略奪されたという。警察・役人は、尼僧、僧侶、仏教学者たちを追い出し、彼らの家々を焼き払った。多くの尼僧たちはひどく心を取り乱し自殺すると脅している。数々のレポートから判断すると、この事件は30年前の中国文化革命の暗黒破壊時代と同質のものである。

中国当局は、憲法上にある信仰の自由の保障を尊重すると主張している。しかし、つい先月、北京主催による海外報道関係者の青海省クンブム僧院訪問は、期待はずれに終わった。というのも、チベット人僧侶たちの、シカゴ・トリビューンの表現を借りるなら「無言の反抗」、彼らの変わらぬダライ・ラマへの敬意、そして今も続く宗教弾圧に対する絶望を、ジャーナリストたちが伝えたからである。

今のところ中国当局はセルタルでのかれらの行動について理由を発表していない。そして、チベット人たちは、何故、まったく非政治的で平和的な宗教センターがこのように選ばれたのかわからず途方に暮れている。しかし、中国人仏教徒がこのセンターで勉強していたという事実が、重要な意味を持っている。チベット仏教を勉強する中国人の数が増えてきている。チベット自治区、雲南省、四川省、青海省を含む、亡命政府が「大チベット」と称する領域のあちこちで宗教的な土地を巡礼する人々の姿が見られるようになってきている。このような宗教への関心の高まりは、法輪功の信奉者の増加とあいまって、北京当局によって、彼らの支配に対する脅威であると見なされているのだ。

2人のラマ、そして2つの道。1人には政治的役割があり、もう1人には宗教的役割がある。1人は亡命中で、もう1人はチベットにいる。しかし、主席大臣も仏教の師も2人ともチベット仏教と文化の保護に専心すべく非暴力的な道を求めている。主席大臣は非暴力運動が「チベット問題」を解決するのに役立つと望み、師は自分の宗教センターの成長が制限されずにすむことを期待したのを、責めるがよい。見せかけだけの信仰の自由のもとに抑圧が支配する、というのがチベットの厳しい現実なのである。そしてそれが終わる気配はない。世界はチベット人の権利が尊重されるようにと口先だけの要求をし、北京の力、貿易・ビジネス取引の誘惑に屈している。

だから、サムドンが来月ダラムサラで正式にチベット亡命国政府の主席大臣として就任したら、同朋ラマである仏教の師ジグメ・プンツォクの運命について熟慮してみるとよいだろう。今、そのプンツォクは、チベットにおける信仰の自由の限界を嫌というほど理解している。非暴力抵抗の思想を検討する時、新しい亡命国リーダーはセルタルの弾圧に見られたような北京の強攻策を考慮に入れなければならないだろう。インドでガンジーが英国に対して成功したことは、中国相手に成功する見込みはほとんどない。