2026年4月3日
アリヤ・ツェワン・ギャルポ

ダライ・ラマ法王日本・東アジア代表部事務所代表が、この法律は同化を成文化して思想統制を拡大するものであり、少数民族の権利を侵害し、国連条約にも違反していると述べた。
中国全国人民代表大会(全人代)は3月11日から12日にかけて、「民族の団結と進歩の促進」という一見無害な名称の新法を可決した。
この法律は2026年7月1日に施行されるという。団結と進歩は社会と国家の発展の基盤であり、一見すると歓迎すべき取り組みと思われる。
しかし、ここで重要な疑問は、中華人民共和国(PRC)建国から70年以上が経過した今、なぜ中国共産党(CCP)が民族の団結に関する新たな法律を制定する必要があるのか、という点である。
団結の名の下に行われる同化
簡潔に言えば、解放、団結、繁栄を謳いながらも、政権はチベット、東トルキスタン、南モンゴルなどの少数民族の信頼と忠誠をいまだに得られていない。
政権は今、団結の名の下に同化を強要し、少数民族だけでなく、漢民族(Chinese)の人々や台湾、香港、マカオの人々にも愛国心と忠誠を要求している。しかも、この忠誠は国家としての中国ではなく、絶対的な権力者としての共産党に対するものである。
この法律は7章65条から成っている。民族の団結を謳いながらも、「中国人」や「中国、中華民族」(Chinese national, Chinese nation)といった表現が本文中で80回近くも繰り返されていることから、中華民族(漢民族)(Chinese(Han))の排他的愛国主義が露骨に表れている。
もしこの民族法が、中華民族共同体や中国人コミュニティー(Chinese national community)という強い意識をでっちあげることを目的としたものならば、他の国民(nationals)や民族共同体には一体何が与えられるというのだろうか。この法律は中華民族の団結のみを扱っている。少数民族には何も与えていない。
捏造された、国民のアイデンティティ
この新法には、中華民族と中華民族共同体に関することばかり記述されているため、少数民族とは無関係のものである。この法律の第1条を見れば一目瞭然である。そこでは、「この法律は憲法に基づき、民族の団結と発展を促進し、中華民族のための強固な共同体意識を醸成し、中華民族共同体の構築を進展させ、中華民族の偉大な復興の実現を推進するために制定される」と述べられている。
この条項は論理的ではなく、矛盾している。第一にこの法律は、その主張とは裏腹に、少数民族が自らのアイデンティティと言語、文化を維持し、促進する自由と自治権を保障している、中華人民共和国憲法(第4条)に合致していない。したがって、この法律は、同化政策を正当化するために憲法を著しく侵害し、誤って解釈している。
第二に、この法律は中華民族の強い共同体意識の醸成について言及している。だが、中国は現在、国民国家ではないということは述べておくべきであろう。中国は占領地を抱える植民地帝国である。少数民族は中華民族ではなく、独自の民族的アイデンティティを有している。したがって、中国を国民国家とし、少数民族を中華民族とする主張は正しくない。これは少数民族のアイデンティティと願望に対する露骨な侵害であり、嘲笑である。
第三に、この法律は「中華民族共同体」の構築について述べている。中国共産党が「中華民族」を推進し、構築したいのであれば、まず中国を中国の人民の手に返すべきである。現在、中国は中国共産党の独裁下にあり、中国の人民のものではない。
中国が中国の人民のものであるためには、中国政府は人民の、人民のための、人民による政府でなければならない。現政権は、その覚悟ができているのだろうか。
マルクス・レーニン主義の誤った解釈
同法第2条はマルクス・レーニン主義の遵守について規定している。しかし、この政権の行動は、この二人の偉大な指導者が説いた教えに反している。マルクス主義の本質は労働搾取の撤廃にあるが、中国共産党政権は、特にウイグルやその他の占領地域における労働搾取で悪名高い。
レーニン主義は異なる民族の自由と自治を説いているが、この政権が行っていることは、少数民族の根絶と同化である。となれば、この政権は一体どのような権威をもって、マルクス・レーニン主義を語っているのだろうか。
「民族性(nationalities)と言語の平等に同意せず、支持しない者、民族の抑圧と不平等に対して戦わない者は、マルクス主義者でも社会主義者でもない」(『レーニン全集』第20巻)。ヨシフ・スターリンは、「ある民族の人々が自らの言語を用いるのは、自らの言語を用いることが、彼らが自らの文化と政治、経済を発展させる唯一の方法だからである」と述べた(『スターリン全集』第2巻、『チベット革命家、バパ・プンツォ・ワンイェの時代の政治生活、p.296』)。
マルクス・レーニン主義の主要教義に反して、この法律は、中華民族共同体と中国文化、中国人、中国のイメージ、中華民族の団結を発展させるという唯一の目的を掲げている。
このような法律が、少数民族の団結と、彼らからの信頼や忠誠心の獲得の達成に役立つと政府が考えているとしたら、それは全くの誤りである。むしろ、この法律は少数民族のアイデンティティと存在を破壊するために作られたという疑念を強めるに過ぎない。
同法第15条が、少数民族の言語をいかに排除し、あらゆる目的における「共通語かつ公用語」として、中国語をいかに推進すべきかということについて規定しているのは明白である。政府は、中国語(マンダリン)を教育と学習のための「共通言語および共通文字」として、すべての教育機関における必修科目とした。これにより、少数民族の言語の保護と振興は、事実上犯罪行為とみなされることになる。
宗教の中国化
同法第46条は、「中国における宗教の中国化と、宗教の社会主義社会への適応に向けた指導、聖職者や信者が愛国的伝統を支持するための指導、それによる民族の調和、宗教の調和、社会の調和の促進」を、公然と大胆に指示している。
注目すべき点は、「中国化」とは体制への忠誠と、中国的特色を有する、習近平の社会主義イデオロギーを採用することを意味するという点である。共産主義のイデオロギーと中国的特色を有する社会主義に、宗教と信仰が存在する余地がないことは周知の事実である。
ボストン大学の「2020年世界宗教データベース」によると、中国本土および、中国の占領地域には、4億9900万人の民族宗教の信者、2億8800万人の仏教徒、1億600万人のキリスト教徒、2370万人のイスラム教徒、770万人の道教徒および儒教徒、2万500人のシーク教徒、2900人のユダヤ教徒がいる。
何らかの宗教を信じている人の数は、全体で約9億2400万人に上る。これは世界の人口の約8分の1に相当する、途方もない数である。もし、中国共産党(CCP)の計画が成功すれば、世界は中国共産党を最高指導者勢力とする、同一名称の新たな宗教の出現を目の当たりにするだろう。そうなれば、世界の既存の宗教と、中国共産党が育成する宗教との間に、新たな宗教戦争が勃発する時代が到来するだろう。
法的矛盾と違反
前述の通り、この法律は中国の憲法と中華人民共和国地方民族自治法に違反している。この新法はあらゆる既存の法律を覆そうとしている。これは、既存の少数民族を、最高位にある多数派の漢民族に対する少数民族として位置づけようとする意図的な試みである。
これは、少数民族の言語、宗教、文化の保存と促進を保障する、憲法第4条および、地方民族自治法第21条、第37条、第49条に違反している。全国人民代表大会は、新法を施行する前に、まず憲法と地方自治法を改正する必要がある。
中国は「平和的解放」を装ってチベットに侵攻し、1951年の「17項目の協定」を、占領を正当化する法的文書であるかのように誇示してきた。新法はこの協定に違反しており、この協定に対する明白な裏切りでもある。
国連加盟国である中国共産党政権は、「国連人権憲章」第15条、第26条、第28条、第29条に違反している。したがって、この法律は違憲であり、裏切りであり、国連条約に違反するものである。
長年にわたり、武力と抑圧、威嚇によって達成できなかったことを、中国は今や、抑圧を正当化する法律を制定することで実現しようとしている。
計画的な抑圧
チベット人やヒマラヤ仏教徒の間で、チベット仏教のラマ僧の転生に対する信仰が深いことを認識した中国共産党は、2007年7月に宗教令第5号を制定した。この宗教令は、転生した高層や指導者の選定と認定には、国家の承認が必要であると規定している。
宗教への干渉をこれまで以上に正当化し、宗教教育に対する統制を強化するため、政権は2024年7月に宗教令第19号を可決した。この措置は、すべての宗教教育に、中国共産党のイデオロギーと習近平思想を取り入れることを義務付けている。
これらの命令により、政権は僧院や教会、モスク、寺院、宗教指導者を完全に支配下に置いた。国際社会の沈黙は、「民族の団結と進歩」という新たな法律を制定し、何の罰も受けずに少数民族のアイデンティティを抹消するという、大胆な行動へと中国政府を駆り立てた。
国際社会はこの法律に抗議すべきである。なぜなら、これは中国の少数民族の問題にとどまらない事態だからである。これは中国の内政問題ではない。国際チベットキャンペーン(ITC)の報告書には、「この法律は、中国共産党および権威主義的イデオロギーによって形成された、 統一的な国家アイデンティティと一つの中国像を確立して強制するための法的手段を、中国共産党に提供するものである」と書かれている。
この有害かつ侮辱的な法律が中国本土と占領地域で施行され、それが功を奏せば、最終的には龍の焼け付く熱気が近隣諸国や世界中に広がり、人々の心と意識が、中国共産党の「中国的特色を有する社会主義」イデオロギーに飲み込まれることになるだろう。そして、民主主義と法の支配は、茂みの陰に隠れざるを得なくなるだろう。
*著者:アリヤ・ツェワン・ギャルポ
アリヤ・ツェワン・ギャルポ博士は、元情報国際関係省長官、元チベット政策研究所所長。現在、ダライ・ラマ法王日本・東アジア代表部事務所代表。著書に『チベットの反論』や『古代チベット文明』などがある。上記は筆者の個人的見解である。
和訳:[T.M.]





