ニューヨークタイムズ
中国政府は、大陸に何百マイルにもわたり川の水を横断させる計画の推進を決議した。以前より議論されてきた莫大な費用を伴うこの計画とは、北部の都市や農場における水不足問題が深刻化しているため、雨量の多い南部から雨量の少ない北部に川の水を流用させる、というものである。
10月16日付の新聞によると、国家の開発計画を話し合った先の議会において、朱鎔基首相がこの分水計画を強く是認した。首相は、「このプロジェクトは今後の中国にとって重要な施策である」と述べ、一刻も早く建設を開始するよう指示したとのことである。
工事は来年より本格的に施行される予定であるが、主要な三つのルートなどの完成には50年かかり、建設費は何百億ドルにものぼるという。最初に取りかかる二つのルートは、揚子江の中流域と低流域の取水にいくつかの運河と貯水池を利用する。この建設には少なくとも120億ドルの費用が見込まれるらしい。これら主要部の建設は十年以内で完了する模様である。川の水は北部で支流となって黄河に流れ込むことになる。黄河流域では、産業用水と生活用水の消費量が急激に増加している北京や天津など急成長中の都市の水不足が長期にわたって深刻化している。
電力供給と洪水発生の減少を目的とした長江沿いに現在造成中の巨大な三峡ダムとは異なり、この分水計画により多数の住民が転居させられることはないと思われる。しかし、莫大な費用面と発生しうる環境への影響については、今だ結論が出ていない状況である。
最も造成に時間のかかる三番目のルートは、揚子江水系の上流域、主として青海省と四川省にまたがっている山岳地帯から分水する計画であるが、この山岳地帯は、昔からチベット民族の生活圏となっている地域である。そして、最も困難極める作業がこの地域の工事なのだ。この地域内からエネルギー資源をパイプ輸送する計画に対し、現在活動中のチベット文化擁護者たちから抗議を受けることも考えられる。三峡ダムプロジェクトに懐疑的であるといわれる朱鎔基首相の支持を得たことで政府は是が非でも計画を強行することになるだろう。
10月16日、有力な共産党の広報誌である人民日報に、「南水北調」計画を支持する社論が掲載された。それによると、揚子江の94パーセントの水が利用されることなく海に流出している一方で、大陸の63パーセントを含む北部に続く河川流域の降雨量は、国全体のわずか19パーセントを占めるにすぎないとのことである。灌漑農業の普及と同時に、都市化や産業が急速に発展したため、北京などいくつかの都市部において水が急激に不足しはじめた。このため、都市部、産業、農業間で水をめぐる摩擦が生じ、状況は悪化しており、「多くの川が枯渇し、湖は干上がり、地下水を得るために過剰な開発が行われている」と、社説で論じている。
近年の北部地域における干魃により、水不足への懸念が強調されている。この水不足が世界的な気候変動と関連しているのではないかと危惧する科学者もいる。この分水計画の反対者と賛同者双方が主張しているのは、政府は、第一に、高騰している水の価格問題や、より効果的な灌漑方法を含めた節水に関する積極的な施策を講ずる必要がある、ということである。
「このプロジェクトの成功には、地方の給水と節水に関する厳重な施策を適切に行うことが前提条件である。さもなくば、地方水資源供給だけで終わる可能性がある」と、中国科学院水資源利用部門の専門家リウー・チャンミンは述べた。
また、「プロジェクトが進行するにつれて、解決すべき多数の複雑な問題、技術、経済、環境に関連した問題が発生するだろう。これには、現在水をめぐって争っている地域間や使用者間における水路造成後の水の分配方法に関する問題も含まれる」とも発言している。
この計画を是認した朱首相は精力的に節水に取り組み、汚染やその他環境被害の防止に努めるよう指示した。しかし、人民日報の社説は「節水措置だけでは水不足は解決できない」「必要性を強要した計画である」と論じている。
揚子江の流水量が減少して塩水が侵入するなどの発生しうる環境問題が、浸水や新たに流水される地域における塩分濃度の問題を引き起こし、野生生物や農業に悪影響を及ぼす。また、専門家によると、分水された水が北部に到達するまでに汚染される可能性もあるとのことだ。
この計画は何十年も前から議論されてきたことであったが、昨年より急展開をみせた。この計画の中で、東ルートは揚子江河口近くから天津地区に導水する役割を果たす。しかし、部分的に利用される予定の主要水路は、帝国時代に物資輸送の目的で建設されたものであり、老朽化している。「プロジェクトの第一段階としては、二年以内で主要水路に導水できるようにすることだ」と清華大学の前学長ツァン・ガンドゥ教授は述べた。中間ルートにおいては、まず漢江の貯水所から水を運ぶことになる。漢江は揚子江の支流で、北部の北京と黄河沿いの天津を結んでいる川である。後に、三峡ダムの背面に造成される新しい湖からも水を引く可能性がある。
西ルートの第一段階としては、揚子江の支流の上流域から取水し、寧夏省、内モンゴルや山西省など水不足の北西部に供給する計画であるが、二つめの主要水路がそれより20年後に完了することから、「この計画が2030年までに完了するかどうかは疑わしい」とツァン教授は推測する。前述の人民日報で、「大陸を流れる二つの川がチベット内地に引かれる前にさらに調査をすすめる必要があるだろう」とのツァン教授の談話が再び掲載された。