2023年1月21日
インド、ニューデリー
昨日、ダライ・ラマ法王はブッダガヤからデリーに到着された。法王は、初めてのTN チャトゥルヴェディ記念講演を行うためにインド行政学院(Indian Institute of Public Administration / IIPA)に招待され、今朝、同学院へと車で向かわれた。TN チャトゥルヴェディ氏は、インド行政サービス(Indian Administrative Service:IAS)の著名なメンバーであったが、インド行政サービスを退職後は、会計監査官およびインド会計監査院長官、カルナータカ州知事などを歴任した。法王がインド行政学院に到着されると、チャトゥルヴェディ家のメンバー、インド行政学院のSN トリパティ院長、ネルー記念博物館と図書館のRK ミシュラ副館長らが法王を出迎え、TN チャトゥルヴェディ記念ホールまで法王に同行した。
インド行政学院で行われたプログラムの開始時に、ダライ・ラマ法王を歓迎するアトゥリンドラ・ナス・チャトゥルヴェディ氏。2023年1月21日、インド、ニューデリー(撮影:テンジン・チュンジョル / 法王庁)法王は、開会のためのランプ点灯に参加された後、インド行政学院のSN トリパティ院長から祝辞を受け、アトゥリンドラ・ナス・チャトゥルヴェディ氏からの歓迎の言葉を受けてから、法王に講演を依頼したアーティル・ナス・チャトゥルヴェディ氏が法王を聴衆に紹介した。
そして法王は、次のように述べられた。
「私は、チベットで幼少の頃から古代インドの思想について学びました。のちに難民としてこの国に来て、インド政府の最も長い客人となり、人生の大半をここで過ごしています。その間、慈悲の心(カルーナ)や非暴力(アヒンサー)のような古代インド思想の特質を理解するようになりました。人類は、実際、このような考えを必要としているのです」
「私は、マハトマ・ガンジー氏にお会いする機会はありませんでしたが、ネルー初代首相、元首相のインディラ・ガンジー氏やラール・バハードゥル氏にお会いすることができ、彼らとお話することで、深い尊敬の念を抱くようになりました。インドは民主主義の国であり、世俗的な原則に基づいて、多くの宗教的伝統が共存しているところです。これは本当にすばらしいことです」
「私は今、慈悲の心と非暴力を広めることに人生を捧げていますが、ひとりの人間として、彼らに称賛の意を表しています。私たちは皆、同じように生まれ、母親の思いやりのおかげでこれまで生きてくることができたのです。思いやりがあることは、人間としての私たちの本性です。私たちは社会に属して生きていく類の動物なのですから、生き残るためには人間社会に依存しなければならず、それゆえ、今度はその人間社会を私たちが支えてしていかなければなりません。延いては、今日生きている80憶人の人類が、共に生きることを学ばなければならないのです」
続いて、法王は次のように述べられた。
「私たちが慈悲の心や非暴力について語る時、私たちはお互いの違いについて考えるのではなく、むしろ私たちの共通する点について考える必要があるのです。慈悲の心があるところでは、自ずと非暴力になります。あなたの中に慈悲の心があれば、内なる強さと自信も湧いてきます。それが根底となって、他の人々をあなたの兄弟姉妹として見なすことができるようになるのです」
「この世界の人々を、“私たち”、“彼ら” の二つに分けて考えるのは、もう時代遅れです。そうではなく、慈悲の心や非暴力の観点から、人々のことを考えなければなりません。慈悲の心というこの尊い思いを育むことができれば、私たちは、恐れや怒り、憎しみから解放されることでしょう。そして、ぐっすりと眠り、体の健康も享受できるでしょう」
「私の人生は困難なものでしたが、多くの困難があったからこそ、より深い内面の価値を実践する機会を与えられました。国やイデオロギー、宗教のアイデンティティにこだわって、狭い視野で考えるのは愚かなことです。なぜなら、私たちは皆、同じ人間であり、共に生きていかなければならないからです」
「TN チャトゥルヴェディ氏のことを考える時、彼が慈悲の心と非暴力の精神で生きていたことを思い出します。私は現在87歳ですが、実際の年齢よりも若く見えるのは、私の心が平和だからだと思います。しかし、魅力的な外見を持つことは、慈悲の心の内面的な美しさを示すことほどには重要ではありません」
法王は、参加者からの質問に答える中で、物質主義的な見方をする現代の教育は、主に西洋からもたらされる傾向があると言及された。もし今日の教育が、真に温かい心を持つ人々を育成することにあるとすれば、古代インド思想の内面的価値と組み合わせて教育する必要がある、とされた上で、物質的な進歩は多くの利益をもたらすが、内なる平和と内なる強さを犠牲にしてはならない、と法王は述べられた。
法王は、“この国”、“あの国” という考え方だけではなく、人類全体について考えるべき時が来た、と発言された。また、21世紀は気候変動の影響に直面しており、もはや個々の国だけのことを考えている余裕はない。私たちは共に生きることを学ばなければならない。地球温暖化が深刻な状況であるということは、それに対して何ができるのか、そして世界の自然生態系を維持するために何ができるのか、ということについて話し合わなければならないことを意味するのだと法王は述べられた。
自然を大切にするということに関して法王は、私たちは自然の一部であり、私たちの生活は自然に依存していることを思い起こさなければならない、と助言された。
ここで法王は、他者に対して怒ることがありますかと問われ、シャーンティデーヴァ(寂天)の著書『入菩薩行論』を学び、慈悲を修行の中核に据えている者として、怒ることは滅多にないと断言された。
また、慈悲の心は弱さの源であり、他人にからかわれたり悪用されたりする可能性があるということについて、法王はきっぱりと否定された。そして、コミュニティを大切にするということは、自分自身も大切にすることになると繰り返し伝えられた。法王は、チベットやヒマラヤ地域の人々の最もすばらしいところのひとつは、大抵の場合において、お互いに助け合おうとする温かい心があることだと述べられた。
人工知能を積極的に活用する方法について尋ねられた法王は、機械がいかに高度化したとしても、人間の心を模倣するにはまだまだ長い道のりがあると答えられた。
今日の模範となる人物について尋ねられた法王は、心から尊敬する人物として、インドの偉大な導師であるナーガールジュナ(龍樹)の名前を挙げられた。ナーガールジュナはずっと昔に生きていた偉大な導師のひとりだが、ナーガールジュナが教えたことは、いかに明晰に考えるかということであった。ナーガールジュナは、「比丘たちよ、賢者たちよ、私の言葉を鵜呑みにしてはならない。あたかも金職人が金を焼いて、切って、擦って純金であることを確かめるように、私の言葉をよく分析した上で受け入れるべきであり、私への尊敬のみによって受け入れてはならない」という弟子たちへの仏陀の忠告を心に留めていた方だった。法王は、「私はすべての宗教的伝統を尊重していますが、仏法独自の特徴は、私たちに教えをよく精査するようにと勧めているところです」と述べられた。
本日の司会者であり、インド行政学院の登録官であるアミターブ・ランジャン氏は、「慈悲の心は内面の強さと心の平和をもたらすものだ」と法王が指摘されたことに感謝した。次に、TN チャトゥルヴェディ氏の次男であるアヴァニンドラ・ナス・チャトゥルヴェディ氏が、法王に記念品を贈呈した。最後にRK ミシュラ博士が感謝の言葉を述べ、「私たちは皆、法王が慈悲の心について語られるのを拝聴する尊い機会に恵まれました。皆さま、ご参加いただき、ありがとうございました」と述べ、講演会の幕を閉じた。