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チベット系アメリカ人、母国の自由を求めデモを行う

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2002年3月15日
アジアンウィーク

3月10日午後、中国領事館の前で数百人にのぼるチベット人運動家たちがパレードを行い、赤、青、金色に彩られた母国の旗をはためかせながら、「中国は己の行為を恥じろ」とシュプレヒコールをあげた。このデモンストレーションは中国にチベットの主権問題について対話を求めるものであった。匿名で応じた上海出身の中国人は、「数人の領事館職員がその時間帯に中で働いていたようだが、外に出てこようとはし なかった」と答えた。

当局が今回の呼びかけに応じなかったことが、デモ隊の中国に対する見方を裏付ける結果となった。中国政府は、1950年に共産党軍をもってチベットを「解放」して以来、自らが行った解放政策に関する対応を拒否しているという見方である。

当局は、チベットは恒久的に中国の一部であるとの見解を依然崩していない。

後に江沢民国家主席によって、「チベットの政教分離を招いたのはこの軍事行動だ」との発言もなされたが、デモ参加者は観衆に、「チベットの自由を擁護するために、非暴力による抵抗を継続してほしい」と訴えた。

中国による掌握に反対し、チベットの首都に住むラサ市民が暴動を起こした1959年3月10日のチベット民族蜂起からこの3月で43周年を迎えた。当時、中国軍は何十万人ものチベット人を殺害してこの蜂起を鎮圧した。

3月10日午後1時、今回のデモの一団がサンフランシスコ・シティーホールの階段に降り立ったその時、バークリーに住む24歳のジャムヤン・ワンデンは3ページにわたるダライ・ラマの声明文を読みはじめた。この声明文には、チベット人は非暴力 の立場をとっていることや「和平的な変革」の誓約など、これまで幾度となく主張してきたことが書かれてある。

ダライ・ラマは、武力的に紛争解決がなされた20世紀とは対照的に、非暴力的に解することが21世紀の証しになると訴えている。

彼女は、大きな喝采を受けながら読み進めた。
「我々は、軍事防衛に投資するのと同等な尽力を非暴力による紛争解決に注がなけれ ばならない」

中国に関しては、「開放的な国交、民主主義国家、人権擁護などが今日の世界的な情勢である」と述べた上で、「遅かれ早かれ中国もこういった潮流に対応せざるを得ないだろう」と続けた。

「しかし今日に至るまで、チベットにおける宗教関係者の投獄やチベット人に対する蛮行が行われているのが実情だ。共産党軍のチベット侵攻後に殺害されたチベット人 は200万人以上にのぼり、さらに、多数の漢族によるチベット入植を現在もすすめている」

SFT (Students for a Free Tibet)の一員であるワンデンは訴えた。
「我々チベット人同志はいまだに自国で苦しんでいるのだ」

チベット亡命後インドで生活し、6年前この湾岸地域に移った51歳のツェワン・カンサルは、「チベットの主権問題は国内だけの問題に留まらない」と語った。現在、バークリーに居住するチベット人は500人を超え、アメリカ全土でその数は約5千人にのぼる。

「チベット問題は中国の問題というだけではない。これは世界的な問題でもある」と彼は続けた。「和平的な変遷を通過しなければならないという現実が中国に迫ってきている。中国はこれまでと違う方法を考え、変わらなけらばならない。自由な社会をつくるべきなのだ」また、誰もが驚愕したベルリンの壁崩壊を例に挙げ、彼の一生涯のうちに中国の変遷が起こるとも限らないが、しかし、チベット問題が短期間で解決されるとは思わないことを付け加えた。

中国領事館前では、チベット人参加者と彼らを支持する非チベット系参加者たちが共 にチベット国歌を歌った。同時に、スピーカーから流れる「中国よ、チベットから出ていけ!」というシュプレヒコールに観衆が集まり、別のスピーカーからは、中国政府の行為は「国民に何の利益ももたらしていない」と非難の声があげられた。

このデモンストレーションの趣旨がすぐに理解できなかった一人の中国人は、通りすがりに次のように答えた。「抗議したところで政府の見解が変わるとは思えないが、 自由の国アメリカで、自分の意見を示すのも自由だ」

「彼らが言論の自由を用いて中国政府と戦おうという気持ちは『理解できる』。私も中国国内では、『政府に何かを要求する』発言はできなかったからだ。89年には数百万の民衆が民主化運動のため天安門に集結したが、結果として、政府は聞く耳を持 たなかった。」

また、20年後には当局の対応はかなり改善しているかもしれないが、今のところ、和平的なデモンストレーションで「自由を獲得するのは難しいだろう」と付け加えた。

今回のデモンストレーションでは、中国政府とダライ・ラマによる対話形式による迅速な対応を迫る意見が多く寄せられただけでなく、時間をかけた取組みを要望する声も聞かれた。

「チベットはいつかの日か−−−必ずや我々の手に戻るだろう」と、カンサルは感慨深げにいった。