TIN (Tibet Information Network) ニュース・アップデートより
1999年6月、世界銀行の16億ドルに及ぶ中国西部地区貧困対策の中にダライ・ラマ法王生誕地を含む青海省青海地区における住民移住計画プロジェクト(4億ドル)も計上されていたことが判明した。これに対し、チベット民族への人権抑圧、民族希薄化を助長するものであるとアメリカ、ドイツ、NGO人権擁護団体などが猛烈に世界銀行に抗議した。その結果、この件に関し、世界銀行の調査小委員会が現地調査・確認ができるまで融資を認めないことになる。しかし、現地調査でチベット入りした外国人2名とチベット人通訳が中国当局に拘束され負傷する事件が起きる。
チベット環境問題の専門家でオーストラリア人のガブリエル ・ラフィティとチベット系アメリカ人のダジャ・メストンは、青海省のトゥラン県(中国名 都蘭)で世界銀行が推進するプロジェクトを調査中に中国語の通訳を行っていたチベット人と共に拘留された。このチベット人は、名前をツェリン・ドルジェ(写真右)といい、黄南チベット族自治州のレゴン県(同仁)出身の26歳だが、彼の現在の行方は明らかでない。
8月15日に拘留された3人の中で唯一解放されたラフィティは、オーストラリアのメルボルンにある自宅でTINの取材に対し、拘留中のダジャ・メストンとツェリン・ドルジェの身の安全を非常に懸念していると語った。
8月18日、中国当局は、ダジャ・メストン(29歳)は事故で窓から転落し重傷を負ったために現在は病院で治療中であると発表した。ラフィティによると、8月21日に彼自身は監禁状態を解かれたが、拘留された時を最後にツェリン・ドルジェを見ていないとのことだ。拘留直後、3人は別々の車に乗せられドゥラン県から青海省の西寧市へ連れて行かれたらしい。
「ツェリンが警察官に囲まれているのがわずかに見えた。落胆して肩を落とし、頭を垂れていた。彼がどこに拘留され、どのような状態なのかまったく分からない。どんなふうに扱われているのか大変心配だ。拷問を受けているかどうかは分からない」とラフティは語った。
ツェリン・ドルジェは、レゴン県(中国名 同仁)で高校教育を修了した後、基本的な教職課程を学び、87年に中学校教師となった。英語、中国語、チベット語を話し、昨年の夏に青海省チベット族自治州ジェクンド(玉樹鎮)で、(ノーベル平和賞を受賞したばかりの)NGO「国境なき医師団」の公式通訳として勤務し、カンパの遊牧民族に対する基本的な健康管理と衛生教育を目的としたプロジェクトで通訳業務を行った。
また、昨年は、青海省果洛のダルラ(中国名 建日)で、EU(欧州連合)が資本を提供するプロジェクトでの公式通訳としても雇われている。このプロジェクトは、家畜の生産性を高め、ゴロク(中国名 果洛)チベット族自治州の牧草を改良して収入を上げることを目標とし、畜産に従事する人々が活発に参加した。プロジェクトの実行チームが編成した中心グループには、ゴロクチベット族自治州と西寧市にある現地法人の支部も参加しEUといっしょに業務にあたっていたが、その支部の1つである青海省畜産局はトゥラン県で世界銀行が推進するプロジェクトの実行機関であった。
中国及びチベット自治区にいるチベット人で外国の組織のために通訳を行う者や外国人と接触がある者は、この地域の政治的な「安定性」への懸念のため特に微妙な立場にある。ツアーガイドや通訳のように外国人と接触があり、ことに英語を話すチベット人は、特に嫌疑の対象となっている。ツアーガイドの場合、外国からの訪問者を取締り監視するよう当局から厳しい指示が出されている。具体的には、外国人が規制されている地域へ立ち入ったり、問題がありそうな人間に話し掛けたりしないよう、取締りを実施することが要求されている。チベット人の通訳の場合も同様な指示が出されている可能性があるため、公式、非公式を問わず、組織に属さない研究者と一緒に移動するチベット人は、何かしらの危険にさらされることが考えられる。
青海省出身で現在は海外在住のあるチベット人によると、外国からのすべてのジャーナリストおよび研究者は、青海省を訪問する際の手続きとして外務局の担当者と共に行動することが義務付けられているという。チベット語で書かれ、英語に翻訳された条項には、以下の条文がある。
「認可を受けている翻訳者および通訳者は皆、国家の威信と利益を守る義務と責任を負っている。翻訳および通訳活動中に伝えられた内容によっていかなる損害が発生した場合も、翻訳者および通訳者はその資格剥奪、免職されることもあり得る」
3月にチベット自治区で発行された内部文書には、「外国人と交渉がある組織は、外国人が中国の国益を損なう可能性がある活動に参加しないよう協力しなければならない」と記載されている。この内部文書は、「ラサ内で外国人を招待する団体に勤務する国外出身の職員に対する管理責任に関する文書」として発行されたものだが、その根底にある防衛の原則は青海省でも適用されている。
1996年に、青海省のある県で発行された国家安全保障に関する文書には、「国外からの敵対的な影響力」に対抗することがはっきりと強調されており、たとえば、「国外からの敵対的な影響力による潜入、破壊、反乱の煽動やダライの民族分離主義運動グループの活動は日ごとに勢いを増しているため、県内で秘密裏に実施されている防止対策は、より複雑で厳重なものにならざるを得ない」という内容が記載されている。先週、外務省のスポークスマンであるズーバンツァオは、ガブリエル・ラフィティとダジャ・メストンが、「中国で立場にそぐわない行動に関与し、中国の法律を侵害した」と発表した(8月20日新華社通信)が、ツェリン・ドルジェの拘留に関する言及はなかった。
ガブリエル ・ラフィティはメルボルン大学の準学士で、ダジャ・メストンはボストン在住のチベット研究家でありチベット言語学者である。彼らは、ドゥラン県で世界銀行が推進する再入植プロジェクトを監視し調査するため、観光ビザで移動していた。6月に中国当局は、このプロジェクトの拠点を調査する国外からの訪問者は、海西モンゴルチベットカザフ自治州の関連する郡に出入りすることが可能である、と世界銀行に対して伝えている。
8月15日の午前7時15分、ツェリン、ラフィティ、ダジャの3人は、滞在中のホテルで12の警察官によって身柄を拘束される。ラフィティとダジャはツェリン・ドルジェから直ちに引き離され、滞在中のホテルの向かいにある別のホテルへと連行される。ラフィティが次にツェリンを見たのは西寧市に向かう路上だったが、市内に到着後は彼がどこに拘留されているのかは分からないという。ガブリエルとダジャは、市の中心にあるチー道路沿いの西寧ホテルで別々の階にある部屋でそれぞれ拘留された。ツェリンは中国籍であるため、刑務所、または拘留センターに監禁されている可能性が高い。
中国当局は、8月18日にダジャ・メストンが3階の窓から事故で転落したが、現在は「深刻ではあるが安定した」状態にある、と発表した。ダジャは背骨を骨折したという。少なくとも1回の手術を受けたものの専門的な治療が施されていないため、身体に麻痺が残る可能性があるとも伝えられている。8月20日、アメリカ大使館からの派遣団は西寧市に到着後すぐにメストンに面会することを許可された。
アメリカ国務省は、ダジャ・メストンが専門的な治療を早急に施さないと身体的な危険にさらされる可能性があることを発表した。アメリカ国務省のスポークスマンはTINの取材に対しこう述べた。
「中国当局は、メストン氏の健康に何らかの回復が見られるまで彼の活動に関する調査を一時中止すると伝えてきた。また、メストン氏に必要な治療を施すため別の場所へ移動する必要があることに中国当局は合意している」