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チベット亡命政権特使は語る—— 「中国の指導者はチベット問題解決のために大胆なビジョンと勇気が必要」

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(2010年9月17日 ロディ・ギャルツェン・ギャリ)

ダライ・ラマ法王の特使のカシュール・ロディ・ギャルツェン・ギャリは、サウス・チャイナ・モーニング・ポストに発表した論説のなかで、かつての中国で鄧小平や胡耀邦が大胆な改革を進めていったように、現行の指導者も現代チベットの認めたくない現実を認め、今を絶好の機会として捉えて問題の解決に取り組むことを望む、と述べた。

私は、過去30年にわたり、ダライ・ラマ法王の名代として、中国側の指導者と話し合いを行ってきました。この間に断続的に取り交わされた対話を通じ、私は和平と和解に向けた道を目指す、チベット民族の願いとダライ・ラマ法王の考えを中国の指導者に伝えようとして参りました。

そうしたあいだに、中国政治の構造と性格が大きく変わったのを目撃してきました。鄧小平は圧倒的な大胆さを持っていたし、胡耀邦は政治的手腕に長け、寛容の心で政治を行いました。それから比べると、最近の指導者は、制度の縛りに縛られ、自らの行動に自信がないように見受けられます。

中長期的なビジョンを持つ指導者がいたとき、中国は、国民の利益を守る政策を採ることで、国家の一体性が強まり、その結果、国際的なイメージを向上させました。

中国政府のチベット問題に対する姿勢は、(今、政府が推進している)調和の取れた社会の建設と、中国の対外イメージに、直接の影響を及ぼすものであります。

自らの任務を通じ、私は、中国政府のチベットに対する現状の姿勢の裏にある考え方を理解しようと努めてきました。私が理解したのは三つの考え方です。一つは、中国は大国化しつつあり、すべての民族は、自分たちの将来のあり方を考えるとき、この中国の新たなあり方に自らを合致させなければならない——とする考え方です。

こうした考えを持つ人々は、チベット民族のアイデンティティを無視し、それを取り崩していこうとしているようです。中国政府は、チベット居住地域で人為的な安定が保たれているのを見て、チベット民族は、こうしたやり方に同意しているのだと思っています。しかし、チベット民族は、現状に満足しているから大人しくしているのではありません。彼らの沈黙は、むしろ、絶望と苦々しい気分から来るものです。この絶望は、今も続く抑圧のなかで、さらに深まっています。はっきり言えば、将来の暴力と不安定の種を撒く、嵐の前の静けさ——といえます。

もう一つの考え方は、中国政府はチベット地域の経済の改善に注力するべきで、それに成功すれば、チベット民族の不満は解消し、チベット問題そのものが雲散してしまう——というものです。

これも非常に視野の狭い考え方といえます。公式の統計を見ても、チベット民族が経済発展から取り残され、社会の最下層に位置しているのは事実であり、当然のことながら中国政府はこの問題に取り組むべきです。

しかしながら、チベット民族は独自の文化に高い誇りを持っており、こうした誇りが、新生中国の発展にも貢献してきたことは、チベット問題に詳しい中国人学者や専門家が指摘するとおりです。

チベット民族の文化的・宗教的アイデンティティは、それにふさわしい場所を与えられて、自らのあいだで、開花し、繁栄するべきであります。民族アイデンティティの実現は、どれほどの善意に基づいていたとしても、経済発展のみで達せられるものではありません。

独自の文化に対する配慮の欠けた経済発展政策は、チベット民族の反感を強めるだけです。チベット居住地区全体で2008年に起きた抗議運動は、チベット民族から中国人指導者に向けて、このことをはっきりと伝えたメッセージに他なりません。

第三の考え方は、ダライ・ラマ十四世の逝去を待っていれば、自然とチベット問題は解決する、というものです。この考えの根底にあるのは、リーダーシップと明確な方向性を欠いた運動は、そのうち分裂し、実効性を失っていくものだ、とする推論です。

こうした考えは、多くの理由から間違っており、中国の将来のために必ずしも生産的ではありません。この考えに与する人々は、今日の世界で、運動の分裂は必ずしも実効性の喪失にはつながらない、ということを理解していません。求心力のある指導者がいなくなる、ということは、運動が過激化し、方向性を予見できなくなる、という点で、リスクは逆に大きくなるのです。今日のチベット運動の指導者、ダライ・ラマ十四世亡き世界においては、チベットの政治運動は消え去るどころか一層複雑化し、そのプロセスは管理困難なものとなるでしょう。

今日の中国の指導者が、大胆な改革を行った初期の指導者のあり方から大きく逸脱してしまったのを見るのは残念なことです。1980年代初頭に私が会った中国人指導者は誰も、毛沢東亡き後の中国に方向転換をもたらす、という自らの困難な歴史的役割を認識していました。胡耀邦をはじめとする指導者は、中国が将来、大国になるには、真の安定性のために必要な基礎を今、築く必要があるのだ、ということを理解していました。胡は、チベット問題に勇気ある施策を採りました。彼は、オープンで正直であり、自らが行動し、現実に直面し、責任を取ることを恐れませんでした。だからこそ、彼は、チベット人の心を掴んだのです。

私は、今日の中国の指導者が、現在を好機を捉え、かつて鄧小平や胡耀邦が将来を大胆に予見して物事に取り組んだのと同様、直視することが困難なチベット現代史の真実に直面する勇気を持つことを、心から望んでおります。

チベット亡命政権は、2008年11月の交渉第八ラウンドにおいて、「チベット民族の真の自治についての覚書」を発表し、ダライ・ラマ法王の立場を公式に明らかにしました。覚書と、今年1月に発表したその付記のなかで、われわれは、あくまで、中華人民共和国の憲法と法律の枠組内での自治しか要求しない、ということを明確な言葉で申しています。

われわれは、中華人民共和国の中核的利益である主権と領土の保全を尊重し、中央政府の権威に従い、地域および国家レベルの自治システムに組み込まれてもよい、ということを、実に明快に示しているのです。

しかしながら、中国政府もまた、独自のアイデンティティを維持するという、チベット民族の中核的利益、正当な権利を十全に尊重する必要があります。

中国の指導者は、責任ある態度を示して、チベット問題の完全な解決を目指した道筋にコミットする必要があると思います。(現行のダライ・ラマ法王が交渉相手である)今という時はその絶好の機会です。チベット民族と中華民族のために、中長期的な視野を持って困難な道を選び、それを遂行していこうとするダライ・ラマ十四世のようなチベット民族の指導者は、これまで出現しなかったタイプのものです。

中華人民共和国は、全ての民族が平等な権利を有する多民族国家であると自らを規定しています。過半数を占める民族が、少数民族を政治的に支配する国家ではないのです。

中国の指導者は、歴史的に非常に重要な決断を行う必要があります。平和な将来に向けて舵取りをし、チベット民族が永続的な居場所を見出せるような、新しい中国を建設するという決断。あるいは、長期的には暗い結果がもたらされるような、疎外の種を撒き続ける、という決断です。

私は、ダライ・ラマ法王は、歴史的に正しい決断をしたと思っております。中国の指導者も、同じように正しい決断をすることを祈らずにはおられません。

-ロディ・ギャルツェンは、ダライ・ラマ法王の特使で、中国側とチベット問題の交渉を行うチベット亡命政権側の交渉団の代表を務めている。


(翻訳:吉田明子)