(2009年9月29日 Tibet.net )
カナダ、バンクーバー:ダライ・ラマ法王は28日、バンクーバーで行なわれたラジオカナダとCBCテレビのインタビューのなかで「中国人有識者はチベットのことをよく理解するようになりました」と語り、2008年3月以降に中国の一般人が抱くようになったチベットに対するネガティブな感情は中国政府のプロパガンダと不正確な情報に起因するものであることを強調した。
ラジオカナダとCBCテレビのニュースキャスターを務めるセリーヌ・ガリポーの質問に答え、ダライ・ラマ法王は、チベットの政治情勢、中国政府との対話の状況、今後の展望を語った。
チベット問題に突破口はあるかという質問に対し、ダライ・ラマ法王は、オリンピックを開催するに値する国であるとして中国を認め、中国でオリンピックが開催されるよう支持した自身の行動について語った。さらには、チベット本土におけるデモ抗議のなかで中国側が示した不可解なシグナルについて、「希望を抱かせるようなシグナルが来たかと思えば、その数日後には希望を失わせるようなシグナルが来るのです」と述べた。
ダライ・ラマ法王は、胡錦濤国家主席が2008年に日本を訪問する直前にメディアに対して、チベット問題を解決するために真剣に対話に取り組むと述べたことに言及し、「それゆえに我々は、中国政府が——とりわけ強硬派が、現実を見つめ、より現実的なアプローチを取り始めた可能性があると思ったのです。調和、安定、統一は、信頼という基盤があってこそ成り立つものです。武力行使は信頼を打ち砕きます。武力行使は恐怖を生み、恐怖は信頼を打ち砕いてしまいます。ですから私は、中国指導部がより現実的なアプローチを採り入れた可能性があると思ったわけですが、しかしながらそうではありませんでした」と語った。
それはつまり、チベット本土における開発が逆効果であったということかという質問に対し、ダライ・ラマ法王は、「それはわかりません。中国人有識者はチベットのことをよく理解するようになりました。昨年は、中国の一般の人たちのネガティブな反応にかんしてふたつの問題がありました。
第一の問題は、中国政府のプロパガンダに起因するものです。多くの中国人がチベット人は政府がお金をたくさん与えているにもかかわらず憤りを示しているという感情を持ちました。しかし、そのように考える中国人はチベット人が大切にしている精神的な価値を理解していないのです。チベット人にとってもお金は大切です。しかし同時に、それと同じくらいにチベット人は精神性を必要としているのです。
第二の問題は、チベット人全員が中国人に反感を持っているという誤った情報が流れていることです。これは明らかな間違いです」と語った。
現在のチベットの状況を訊ねられると、ダライ・ラマ法王は「チベットを訪れる外国人旅行者には現在も多くの規制が課されています。なんらかの不都合なことがある、隠しておきたいことがあるということかもしれません。そうでなければ、中国政府は国際社会にチベットの現状を開示し、中国政府がいうところのポジティブな事柄を見せるべきなのです」と語った。
チベットの言語と文化について訊ねられると、ダライ・ラマ法王は、内モンゴル自治区を例にあげて、中国人の大量流入によりその土地に従来住んでいたモンゴル人が少数派と化した経緯に触れたうえで、「チベットのラサでは、人口の3分の2は中国人です。中国人が圧倒的多数の社会では中国語がコミュニケーションの媒体となります。このような開発は、意図的であろうとなかろうと、チベットにおける文化的大量虐殺なのです。この点を私はずっと申し上げてきました。チベット人が微々たる少数派になるようなことがあれば、自治の意味がないでしょう。
チベット文化を残すことは、チベット人だけの利益ではありません。多くの中国人にとっての利益でもあるのです。中国人の学者たちは中国人の文化的価値観の衰退を懸念し、復興を望んでいます。そのためにチベットの仏教文化がお役に立てることは間違いないのです」
ケベックの独立について質問されると、ダライ・ラマ法王は、「ケベックの人々はすでに自決権を使っていますし、大部分の人がカナダに留まることを選んでいます。
私は中国政府に対し、『チベット人と中国人が互いを敬い、互いを理解し、心から信頼しあえることができるようになれば、チベット人は、チベットは中国の一部のままでいい、と自然に望むようになる』といい続けてきました。中国からの分離は、皮肉なことですが、チベット人よりもむしろ中国人が行なっているのです」と語った。
好ましからざる状況である現在、いかにして名実を伴う自治を実現していくかという質問に、ダライ・ラマ法王は、「あと5年、10年、15年あるいは20年と待てばいいのです。チベット本土のチベット人の精神について申し上げるかぎり、チベット人の精神が消滅する危険はありません。チベット人の精神は抑圧に晒されるほどにたくましくなりますから」と語った。
中国寄りの政府の活動を懸念しているかという質問に対し、ダライ・ラマ法王は、「懸念はありません。私の主な関心は人間的価値の向上と宗教間の調和の促進にあります。私にとって大切なのは政府よりも人民なのです。チベット人の苦闘は国家の苦闘です。ひとりの人間の肩にすべてがかかるような苦闘ではありません。ダライ・ラマを精神的、世俗的、両方の指導者とする400年間にわたる伝統は、2001年に亡命チベット人が選挙で指導者を選出するようになった時点で終わりました。ですから、私は政治の舞台からすでに半引退しているようなものなのです」と語った。
将来の精神的指導者についての質問には、「インドに暮らすチベット人の若い世代に多くの優秀な精神的指導者が育っていますのでなんら心配していません。女性のほうがダライ・ラマとしての役割を果たせる状況であるならば、次のダライ・ラマが女性であってもおかしくないでしょう」と語った。
今後の展望について訊ねられると、ダライ・ラマ法王は、「より憐れみ深い、より幸せな、よりよい社会になるでしょう」と答え、チベットの自由を望んでいたのではなかったのかという質問には、「より幸せな、より開かれた社会になり、より民主化が進んだそのときには、チベットは間違いなく最大限の恩恵をいただくことになるでしょう」と語った。
同日の午後、ダライ・ラマ法王は、『慈悲と敬いの心——わたしたちの未来』と題してフォーシーズンズホテルで行なわれた会議に出席した。この会議には110名を越える中国人も参加した。文筆家の盛雪(Sheng Xue)がダライ・ラマ法王を迎え入れ、発案の経緯を説明した。
ダライ・ラマ法王は、恐怖が蔓延する中国国内の現在の状況について言及することから話を始め、次のように語った。「中華人民共和国は数日後には建国60周年を祝うことになります。しかしながら、本来なら開放的な祝祭であるべき機会が、厳重な警戒態勢を伴う危機と見なされています。中国における変化は避けようのないことです。しかし問題は、本質的に変化できたかどうかなのです。私自身は、中国は徐々に変化していくほうがよいと思っています」
ダライ・ラマ法王は、国家としての中国を称賛したうえで、中国がオリンピックの開催国になれるように支持したことについて述べ(IOCの委員のひとりは、ダライ・ラマ法王の支持によって北京での開催決定が容易になったことを認めている)、中華人民共和国という枠組みの範囲内でチベット問題を解決すべくいかに誠実に取組んでいるかについて語った。法王は、中国指導部の前向きな反応がない点に触れ、さらには、いかに中国の人々に希望と信頼を抱き続けているかについて胸中を語った。
会議の参加者からの質問に答えて、ダライ・ラマ法王は、チベット高原の環境を守ることの重要性、宗教の役割、今後の中国との対話についても語った。
参加者の多くがダライ・ラマ法王の発言に胸を熱くし、涙をこぼしている参加者も見受けられた。会議が終わると、参加者はダライ・ラマ法王の祝福や写真撮影を求めて法王のもとに駆け寄った。
この会議は、『なぜチベット問題が国際問題として注目されるのか』『中国人はいかにチベットを見ているか、チベット人はいかに中国を見ているか』『中国人とチベット人の現在の関係、そしてこれから』『慈悲と敬いの心——わたしたちの未来』などの題目で論じられた。
この会議に参加した中国人はカナダの全域からやってきた。バンクーバーやトロントからのチベット人の参加者のなかには流暢な中国語を話す者もいた。
会議に先駆け、ダライ・ラマ法王はカナダのブリティッシュ・コロンビアやトロント、アメリカのシアトルやポートランドに暮らす約500名のチベット人に会した。この会は子どもたちによる法王を讃える歌と楽器の演奏で始まった。
チベット人コミュニティの会長を務めるンガワン・ガリー氏は会議の席で次のように報告した。「ダライ・ラマ法王は子どもたちの歌を大変お喜びになられました。チベット人のアイデンティティを持ち続けるように、そして亡命チベット人はチベットにいるチベット人の大きな希望であるということを常に忘れないでほしいと仰いました。
ダライ・ラマ法王は教育の大切さを強調され、学生たちにはより高度な教育課程に進むようお励ましになられました。コミュニティの会長である私のほうをお向きになり、優秀でありながらも両親が貧しいために進学を諦めなければならない生徒がいる場合には、中央チベット政権に学費支援の検討を願い入れるようにとも仰ってくださいました。
ダライ・ラマ法王は、仏教徒であるということはたんに仏教を信仰するだけではなく仏教哲学を理解することであると仰いました。そこで、現代科学に精通した学者はもちろん、仏教に精通しているチベット人の学者をコミュニティに招聘するよう検討してみてはどうかと仰いました。最前席に座っておられたヤンシ(転生者の意)・リンポチェとトプテン・ジンパさんを指し示して、『ダライ・ラマ法王事務所にも先生になってくださる方々がいらっしゃいますよ』と仰いました」
ダライ・ラマ法王は、内閣主席大臣およびチベット議会の選挙が近づいていることに触れて、2001年にダライ・ラマ法王が半引退の身となって以来、政治的事項は内閣主席大臣の手にゆだねられていると述べ、選挙について慎重に考えるように求めた。
ダライ・ラマ法王は、参加者に向かって、「希望を持ち続けてください。たとえ中国政府との対話に進展が見られないようであっても、中国の人々に寄せる私の信頼は揺らいでいないのですから」と語った。
29日、ダライ・ラマ法王は、平和と教育のためのダライ・ラマセンター(the Dalai Lama Center for Education and Peace)が主催するバンクーバー・ピース・サミットに出席する。
(翻訳:小池美和)