(2013年5月12日 dalailama.com)
米国オレゴン州ポートランド:2013年5月11日、ダライ・ラマ法王のオレゴン州ポートランド滞在4日目は、メイトリパ・カレッジが製作中の環境ドキュメンタリーに収録するための短いインタビューで始まった。このなかで法王は、今生きている世代だけでなく次世代に対する懸念を示され、「私たちは生態学的な問題の影響を受けないかもしれません。しかし、私たちがこの問題に対処しなければ、次世代が影響を受けることになるのです」と述べられた。
また、思いやりの心によって世界はどのように変わり得るか、という質問に対し、法王は次のように述べられた。
「実現は難しいでしょうが、私の夢は、サハラ砂漠などで太陽の力を活かすことです。太陽エネルギーを使って脱塩工場を操業し、真水を造るのです。このようなプロジェクトはあまねく恩恵をもたらしますし、稼働させるには地球規模の協力が必要です」。
どんなときに幸せを感じるか、という質問に、法王は「ほかの人たちの笑顔を見ると、幸せを感じます」と答えられた。
続いて法王は、ベテランズ・メモリアル・コロシアムに向かわれ、記者会見に臨まれた。その席で法王はまず、次のように述べられた。「私は、自分の務めは次の三つであるとかんがえています。第一の務めは、人間の幸せは他者の幸せと互いに依存し合うことについて説くこと。第二の務めは、異宗教間の調和を育むことです。また、私は政治的最高指導者を引退し、チベット政治におけるダライ・ラマの役割そのものを終わらせたわけですが、チベットの宗教・言語・文化を保護する責任を引き続き果たすことが第三の務めであるとかんがえています」。
また、法王はメディアに対する見解を示され、「メディアには、世界の現実を公衆に向けて発表するという大切な役割があります。そのためには、象が長い鼻で匂いをかいで、その光景の前後で起きていることを調べるように、メディアも長い鼻を持つ必要があります」と述べられた。
そして最後に、「世俗的倫理を社会に向けて紹介し、私たちの生活に内面的価値を取り戻していかねばならないとかんがえています」と述べられた。
毎日楽しみにしていることはありますか?という質問に、法王は次のように答えられた。
「私の身体、言葉、心を、他者を利するために捧げることです。しかしそれは私自身のことをおろそかにするという意味ではありません。他者のために役立つにはまず、私自身が健康で強い心身を維持していなければなりません」。
中国との関係について訊ねられると、法王は次のように述べられた。
「物事は変化しています。起きていることの現実を知る権利が、13億人の中国人にあるはずなのです。現実を知ることができれば、彼らは自分で良し悪しを判断できるのです。つまり、現在中国で行なわれている情報の検閲は、有害ですし、道徳的にも間違っています。当局に対する不信にもつながりかねません。中国の農民はじつに悲惨な暮らしをしていますが、中国の法制度が国際基準に引き上げられないかぎり、この問題は解決されないでしょう」。
記者会見を終えると、法王は、オレゴン州知事のジョン・キッツハーバー氏、オレゴン州環境委員会のアンドレア・ダービン氏、科学者でカナダのテレビ番組『ザ・ネイチャー・オブ・シングス』の司会を務めるデーヴィッド・スズキ氏と合流し、環境サミットに出席された。サミットのテーマは「普遍的責任と地球環境」。ディスカッションのモデレーターは、オレゴン州公共放送の『シンク・オブ・ラウド』の司会者デーヴィッド・ミラー氏が務めた。ジェフ・マークレイ上院議員が1万人の聴衆に法王を紹介すると、法王は差し迫った環境問題の現状について次のように語られた。
「私は、チベットで問題が起きたために1959年にインドに亡命しました。そのときは逃れることができましたが、もし地球規模で問題が起きれば、どこにも逃れる場所はありません。私はチベット仏教の僧侶ですので子どもがいませんが、州知事をはじめ、パネリストの皆様には子どもさんがいらして、子どもさんのことを何かと心配しておられるはずです」。
デーヴィッド・スズキ氏は、「私たちはすでにいくつもの転換点を通過したが、しかし、『もう手遅れだ』とただ言って終わらせてよい転換点などないのではないか」と述べた。
アンドレア・ダービン氏は、地球規模の気候変動は大きな問題でありながら十分な対処がなされてこなかった点に同意したうえで、「地域によっては、生まれたときからすでに環境汚染の影響を受けている子どもがいる。現在、規制されていない化学物質は43種あり、子どもたちはまだ子宮にいるうちに曝露している」と指摘した。ジョン・キッツハーバー州知事も、「私たちは経済優先の消費社会に暮らしているが、それがどういうことなのか、新たなものさしで評価していく必要がある」と語った。
これについてダライ・ラマ法王は、「ライフスタイルは大切です。しかし、自由であることもまた大切です。富裕層と貧困層の格差は、貧困層に自由がないことを意味します。まず自分が、欲と消費を自主的に抑制する方法をみつけ、実行し、そしてほかの人たちにも勧めることです。自己の利益を追求するならば、リアリスティックでなければなりません。教育がきわめて大切であるという理由はそこなのです。私たちは、足るを知る生きかたを構築していく必要があります」。
キッツハーバー州知事が「消費する物だけでなく、消費するスピードへの取り組みが必要だ」と指摘すると、アンドレア・ダービン氏もまた、「かつて、“地球規模で考え、地域から行動せよ(Think globally, but act locally)というステッカーが車に貼られていた時代があったが、この言葉は今でも十分社会的に通用する言葉だ」と語った。
仏教徒の環境に対する視点から社会が学べる点について訊ねられると、法王は次のように述べられた。
「環境問題は、偉大な宗教の創始者たちが生きていた時代にはなかった問題です。しかし、釈尊が城の中でなく樹の下でお生まれになられたのは、教訓になるのではないかと思います。覚りを開かれたのも洞窟の中ではなく樹の下でしたし、お亡くなりになられたのも寺院の中ではなく樹の下でした。僧侶の戒律では、木を植えるだけでなく木の世話をすることを奨めています。僧の生活には移動がつきものですから、後から来た僧には前にいた僧が植えた木を世話する義務があるのです。このような仏教哲学独自の相互依存の概念は、自然環境のあらゆる働きに見受けらますし、あらゆる分野の活動に関連するものです。このことからも、人間の幸せは他者の幸せと依存するものだということがわかるでしょう」。
環境について新たなヴィジョンが必要であるとする意見が一致すると、デーヴィッド・スズキ氏は、「地球というこの場所についてのパラダイムシフトが必要だ。『できない』と言い放つのはアメリカ人らしくない」と語った。
キッツハーバー州知事は「経済モデルを変えるには、今後どのようにしたいのかを明確にする必要がある」と提言した。法王は、「ケネディ大統領が宇宙計画を立ち上げたときには、詳細なロードマップがあったわけではありせん。しかし、到達地点は明確に示されたのです」と述べてから、三段階の理解について次のように説明された。
「第一の段階では、聞いて、あるいは読んで情報を集めます。第二の段階で、得た情報について考え、分析します。そして第三の段階で、理解したことを完全に自分になじませます。この方法で、生き方を変えることができるという確信に至ることができます」。
キッツハーバー州知事の招きで、オレゴン州上院議員二名とポートランド市長を交えて昼食を摂られた。午後、1万1千人の聴衆に向けて、国会議員のアール・ブルメナウアー氏が法王を紹介すると、法王は、いつものように聴衆に語りかけられた。
「兄弟姉妹の皆さん、今日、こうして皆さんと意見を分かち合う機会をいただいたことを大変うれしく思います。皆さんの質問から私も学ばせていただけるものと楽しみにしています。また、この場をお借りして、このような機会をくださった主催者の皆様にお礼を申し上げます。この数日間、私たちは環境についてたくさんの議論を交わしてきました。しかし今から私は、思いやりについて、他者に対する真の思いやりについてお話ししたいと思います。主な伝統的宗教はすべて、他者のために献身できる偉大な人材を輩出する可能性を有しています。しかし、宗教への関心を失ういっぽうの人たちもいます。そのような場合でも、人道という面は持ち続けているわけですから、やはり、思いやりの実践は必要です。
思いやりの根底には生物学的根拠があります。私たちは生まれたとき、母親から愛情をもらいます。母親の愛情は宗教の実践とはなんら関係ありませんが、私たちの生存に決定的な影響をもたらします。他者の幸せを思いやることができるのは、人間特有の資質です。もし私たちが、外面的な物質的価値に自分を閉じ込め、思いやりなどの内面的価値を無視するなら、本当の幸せの特徴である知足を見いだすことは決してないでしょう」。
法王は、新車を購入したときに感じる喜びを例にあげて次のように述べられた。
「最初の数日間はわくわくするでしょう。しかし一カ月あるいは二カ月して隣人が新車を買えば、とたんに自分の車が古くてぶかっこうに見えてきます。処分してしまいたいと思うかもしれません。変わったのは、車ではなく、車に対する態度なのです。
ですから、私たちは、思いやりだけでなく、知足、忍耐、寛容といった内面的価値を高めていく必要があります。これが世俗的倫理です。本当の友人を惹きつけるのは、お金や権力ではありません。愛情だということを覚えておいてください。私たち自身のウェルビイングを確実にする、その鍵となるのは、思いやりなのです」。
質疑応答に入ると、法王は、チベットとチベット人のために何ができるか、という質問に対し、次のように答えられた。
「中国人の兄弟姉妹に会うときには必ず、チベットで起きている本当のことを彼らに伝え、分かち合ってください。チベット文化の特性、その文化に何が起きているかを伝えてください。彼らが、鄧小平の名言「事実から真実を求めよ」を実行できるよう、助けていただきたいのです」。
また、立ちはだかった苦難に対して、いかにして絶望や悲しみを退けることができるか、という質問に対し、法王は、インドの聖者シャーンティデーヴァ(寂天)の言葉を引用して、次のように答えられた。
「シャーンティデーヴァは、問題が生じたら、問題を評価・検討せよとおっしゃっています。乗り越えられる問題なら、心配する必要はありません。私たちがすべきことは、それがなんであれ必要なことすべてを実行することなのです。乗り越えられない問題ならば、心配してもどうにもなりません。心配する代わりに、ほかのことをするほうがよいでしょう」。
法王が話を終えられ、オレゴン州での最後の公式行事の幕が閉じられようとすると、アリーナの聴衆全員が立ちあがり、法王にカター(白いスカーフ)を捧げ、それぞれの首にかけた。たちまち、観客席は白色で溢れた。
法王は感謝の言葉とともに、カターについて次のように述べられた。「カターを捧げるこのチベットの伝統は、ショールを捧げるインドの伝統に由来するものです。生地に使われている絹は、昔から中国が原産です。カターには吉祥を願う言葉がチベット語で記されています。なめらかな手触りと白色は、清らかな心をもって平穏かつ平和に生きることを示しています」。
最後に、主催者であるヤンスィ・リンポチェが法王に歩み寄られ、感謝の言葉とともに法王のご長命を祈念された。
拍手を送る聴衆に、法王は、こう述べられた。
「私たちはみな、同じ人間です。私に潜在的な力があるのなら、みなさんにも同じ力があるのです」。
(翻訳:小池美和)