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3月10日声明(チベット民族蜂起33周年)

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(1992/03/10 ダラムサラ)

本日、我々は、1959年3月10日の民族蜂起33周年記念日を迎えました。この日を記念するにあたり、私がチベットの未来に関して考えるところは、以前よりも楽観的になっております。チベット本土にいるチベット国民の決意と、そして世界各地、特に旧ソ連で発生している劇的な変化こそ、私を楽観的にさせてくれる要因です。中国でも、今後5年ないし10年以内に大きな変化が生じることは確かだと、私は感じているのです。

世界各地における全体主義政権の崩壊、そしてソ連「帝国」の解体と主権、独立国家の復活は、我々の確信を裏づけてくれる事実です。その確信とは、真実、正義、そして人間の精神こそ、最終的に勝利を収めるのだ…ということです。1917年に発生した流血の「10月革命」は、以後70年間に渡り、ソ連の運命を決定づけてきました。しかしそれは、1991年に至り、無血、非暴力の「8月革命」によって、終止符を打たれたのです。

強力な帝国支配や軍事力は、久しからざるものである…ということを、我々は歴史上の経験から知っております。いかなる権勢も、永久に温存することなど、不可能です。このことは、今日の如く情報手段の発達した時代にあっては、なおさらのことです。だから中国といえども、彼の国の内外で発生している事柄の影響を受けずにいられないことは、極めて明白であります。

今日の中国の指導者たちは、世界で起こっている政治的変化の潮流から学ぶべく、ビジョンと知恵を持たなければなりません。そうしてこそ、自国の問題にも、持続的かつ平和的な解決策を見出すこそができるのです。ソ連邦が崩壊した一方で、単一の欧州が早期に出現しようとしています。これが、今日の情勢です。ヨーロッパ諸国は、共通または相互の利益のため、自発的に結合しようとしているのです。また消滅したソ連の後に、新しい独立国家共同体(CIS)が誕生するのも、我々が目のあたりにしたところです。

この数年間、私は、中国−チベット間の諸問題を解決するため、同様の考えを提唱して参りました。そして「この考え方こそ、世界各地で類似した問題を解決する際のモデルとなり得る」とも、述べてきました。相互に独立しつつ相互に関連しているという今日の世界にあって、いかなる国も、孤立した状態で自国のみの繁栄を図ることなど、不可能です。同時に、いかなる国家、あるいは共同体も、他国の植民地や属国になることなど、望むはずもありません。

現在の中国の指導者たちは、いま2つの選択技をもっています。第1は、完全に民主的な社会への移行に向けて、開明的な政治のプロセスをスタートさせること…そして、強制的に併合、あるいは占領した諸国が自由になり、新しい世界秩序の中で対等なパートナーとなることを、認めることです。第2の選択は、流血の紛争の崖縁へ、国を押しやること…。それは、人類の4分の1ほどもの人口を抱える国に、大変な悲劇をもたらすことになるでしょう。中国政府が、本気でチベット問題の解決策を見いだそうとするなら、我が方は進んで事に当たるでしょうし、この点に偽りなどありません。私が3年以上前に行ったストラスプール提案は、今や有効なものではないにしても、交渉の道を求めてゆくという点は、明言できるのです。我々が交渉を歓迎するという姿勢は、チベット訪問の早期実現へ向けた私の提案(注)の中でも十分に説明致したところであります。しかし残念ながら、中国政府は、この私の提案を受け入れようとしていません。

今日のチベット情勢について、その実像が明るみに出るにつれ、我々の主張に対する世界的な関心と支持の輪が広がってきました。これまで各地を歴訪した際に、私が会見した政治的指導者の方々も、真撃な関心と同情の念を表明してくださり、私は大いに勇気づけられたものです。各国政府の姿勢が、このように好転してきたのも、反中国という趣旨ではなく、正義と真実に対する支持にもとづくものであると、我々は考えております。

本日はまた、国際チベット年(The International Year of Tibet)が大変な成功裏に終了したことも、印しておかなければなりません。国際チベット年の行事として、36以上の国々で、3,000を超えるほどのイベントや活動が行われたのです。この国際チベット年関連の様々な活動のお陰で、1年前よりも今日の方が、世界のチベットに対する認識は、格段に深まりました。これらの活動は、チベット国民の苦難が今なお続いていることや、チベットにおける環境破壊について、世界の人々の認識を新たにしたばかりではありません。数多くの展示会をはじめ、様々な芸術の実演などを通じて、チベット文明のユニークな豊かさを世界中に紹介してきたのです。感動と親善な輪を大いに広げてきた我々は、今こそ、チベット国民が直面しているもっと明確で切迫した課題に、国際的規模で取り組んでゆかなければなりません。そこで私は、ワシントンに本拠を置く機関である国際チベット運動(The International Campaign for Tibet)からの呼びかけに対し、強く支持を表明します。それは、「‘92年6月から’93年5月までの1年間を、チベットにおける環境問題と人権問題に関する啓発と国際的活動を推進するために、捧げよう」という呼びかけです。

チベット本土にいる我が同胞の不屈の勇気と決意こそ、我々の運動の力です。そして、我々の闘争を特色あるものとしてきたのは、その非暴力性なのです。我々の正当な権利を求める闘いが続く限り、それは、非暴力の道を踏み外したものであってなりません。いつの日か我が国民も、内モンゴルや東トルキスタンの諸民族ともども、それぞれの国で完全な自由のもとに、再び同胞相まみえることができると、私は堅く信じて疑いません。

現下の亡命状態にあっても、我々は、将来の完全に民主的なチベットの青写真を準備しております。そういった趣旨の公文書も、最近発表されました。“将来におけるチベットの政治形態の指針とその憲法の基本要点“と題するこの文書は、我々がチベット本土に帰還した時点で、現在のチベット亡命政権を解散する旨を、明らかにしております。そして私は、自らの伝統的な政治権力の一切を、暫定政府へ委譲することになるでしょう。暫定政府とは、つまり民主的な憲法を制定するための機関であり、その憲法のもとで、国民が新しいチベットの政府を選ぶのです。中国側の統治帰還で働いていたチベット人たちに対しても何ら政治的な報復措置など無いことは、確実に保証できます。事実、既存のチベット自治区政府のチベット人官僚は、その実務経験からしても、中心となって仕事を進めてもらわなければなりません。

未来のチベットは、アジア中心部に“平和のオアシス”を具現するでありましょう。それは、人間と自然とが、完全なる調和を保ちつつ共存できる場所です。そうなれば、チベット1国やチベット人だけ恩恵をこうむるのではなく、インド−中国両国家間の関係を真の友好状態たらしめる下地を作る助けにもなるはずです。

チベット人と中国人との間に本物の信頼関係が確立されれば、彼我2国間の紛争を今世紀中に解決することも可能でしょう。それのみならず、我々チベット人は、その豊かな文化の伝統を通じて、何百万もの中国の若人たちが心の平和を得るために、意義深い貢献ができるようになりましょう。

願わくは、我々の正当な権利が、我々の闘いを通じて、遠からず回復されますように。
そして、あらゆる地域に、平和と繁栄が訪れますように…


(注):
  • 91年10月、米国イェール大学における演説
    (1)チベットの現状を自ら視察し、国民と直接対話したい、(2)チベット本土での独立運動に、非暴力主義を徹底させ、チベット問題に平和的解決をもたらしたい−という理由から、法王自身が可能な限り早期にチベットを訪問したい旨を表明した。