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着々進行する中国化 シリーズ「チベットの祈り」より

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2000年2月7日
毎日新聞

中国南西部に広がるチベット自治区は容易に外国人を寄せ付けない「陸の孤島」だ。宗教活動の管理・制限、氾濫する中国語、中国を支配する漢族の入植—。独自の仏教文化が花開いた区都ラサでは、チベットの「中国化」が着々と進行していた。

チベット仏教の名刹、ジョカン(大昭寺)を聖都ラサの旧市街に訪ねた。近くには仏具や食べ物の露店が数百軒も軒を並べ、巡礼者でごった返す。門前の広場で、全身を地面に投げ出すチベット仏教独特の祈り「五体投地」を行う信者で溢れる。
「宗教活動が自由に見えるのは、表面だけだ」
僧侶の1人が語る。周囲を良く見ると、濃緑色の制服を着た警官が各所で監視の目を光らせていた。

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仏教と政治が表裏一体だったチベットでは、僧や尼僧が中国政府に対する抵抗、独立運動を主導、中国当局はこれを力で封じてきた。5千以上を数えた寺の大半が破壊され、僧は寺を追われた。
1992年に独立デモを率いた20歳代の尼僧は3年間投獄され、今も寺に戻ることを許されていない。
「仲間の1人は要人の視察時に拍手しなかったため刑期を6年延ばされ、チベットの歌を歌っただけでさらに14年延長された。デモをしても投獄されるだけ。抵抗手段がない」
尼僧は取材班に摘発ぶりを証言した。

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ラサ郊外のセラ寺。1人の僧侶が中国政府の宗教管理を取材に明かす。寺の境内には当局の「管理事務所」が置かれ、警官が数日おきに僧侶の私室を見回る。チベット亡命政権を率いるダライ・ラマ14世をたたえるのは御法度。毎週2時間、公安(警察)の政治教育集会への出席を義務付けられ、「ダライ・ラマを心の中から追い出すように」と説教される。14世の影響力排除が狙いだ。
僧侶たちは黙って聞くしかない。
「心の中では14世を敬い、チベットを愛する気持ちが強まる。政治教育で心までは変えられない」
僧侶たちが熱くたぎる胸中を打ち明ける。

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中国政府は巨額の開発資金を投じて自治区の近代化を進めてきた。漢族の入植が加速されたため、ラサ中心部(人口約13万人)では今や漢族が多数派となり、漢族経営の商店や百貨店が目立つ。看板に大書きされた中国語の横に小さく添えられたチベット文字がなければ、他の中国都市と見まがいかねない光景だ。

学校教育は中国語が中心で、高校以上ではチベット語が使われない。医師のTさんは「チベット固有の文化が死んでしまう」と、5年前、2人の息子を亡命政府があるインド北部ダラムサラに出国させた。 「つらいが子供のためと言い聞かせている。年に1度届く手紙だけが楽しみ」
別離の悲しみをこらえ、妻が次世代に託す思いを語った。

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ダライ・ラマ14世が若いころ修行生活を送ったデプン寺。チベット独立を求める87年のデモの発火点となった僧院だ。 30歳代半ばの僧侶に会った。
「管理が厳しく、デモできない。だが、独立を願う気持ちを失ったわけではない」
ノートに隠した写真を取り出した。そこには、抵抗の印であるかのように、ダライ・ラマ14世が認定した高位活仏の少年のあどけない顔があった。