チベットの結婚

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「チベット政治史」(亜細亜大学アジア研究所)より抜粋

チベットにおける結婚式の形態は多彩な地方色に加え、家族の富、社会的階級によっても異なる。典型的なチベット人の結婚準備は、まず両親が自分の息子に相応しい花嫁を探すところから始まる。花嫁候補の少女を数名にしぼったあとで、占星術に照らし合わせてみて、息子と相性が合うようなら花嫁として迎え入れたい旨をそれぞれの少女の両親に伝える。次に花婿と少女たちの名前、年齢を、占い師や占星術師に伝え、どの少女が花嫁としてもっとも相応しいかを占ってもらう。互いの占星図の組み合わせが吉であることを前提に花嫁側の両親が結婚に同意すれば、婚約のひどりが占星術師によって定められる。

花婿側の一行は儀礼用スカーフ(カター)と贈り物をもって花嫁の家へと赴く。この訪問はロン・チャン、“チャン酒乞い”の名で知られる。花嫁の母親には普通一定額のヌリン(乳代の意)が支払われる。ヌリンは花嫁の母親が生きていようといまいと花嫁側に支払われなければならない。この儀式が終了したあとで、婚約証書が作成され、証人の前で両家の両親が印章を押す。

次に花嫁が実家を離れるべき吉日が選ばれる。結婚式の前日、花婿の家より花嫁の家に出迎えの騎馬の一行が向かう。一行を率いる占星術師は、惑星と星々、悪霊除けの神秘の記号を描いたスィーパホと呼ばれる占星図を揚げている。一行は鞍を始めとする馬具一式をつけた妊娠した雌馬を曳いて行く。この馬に乗って花嫁は花婿の家に向かうことになっている。

結婚式の日、花嫁の家では花嫁が一家を離れる許可をラマがその家の守護神に求める。一方、花婿側の特別代理人は、5色の絹のリボンのついた矢(ダ・タル)を、その象徴的意味あいを詩的に説明してから花嫁の衿に挿しこみ、花婿と花嫁が結婚したことを宣言する。花嫁側の歓迎パーティーが行列の先頭にたち、両側から介添に支えられ雌馬に乗った花嫁が後に続く。花婿側の家からも同様の騎馬のパーティーが行列に随行する。いよいよ実家を離れるとなると花嫁はすすりなき、時に失神したりする。花嫁がホームシックに耐えられるようになるまで、嫁ぎ先の家に一緒に泊まってくれる親友も随行する。

婚礼の行列は途中で出迎えの一行に迎えられ、騎上の花嫁にチャン酒が捧げられる。花婿の家の門につくと、花嫁は青裸麦と磚茶が積みあげられた上に降りる。花婿の母はミルクの入った手桶を持って門のところで花嫁を迎える。花嫁は左手の薬指でミルクをすくって神々への捧げものとして宙に数滴はじく。

花嫁は一家の仏間へ導かれ、花婿の隣に座する。両家の親族もそれに加わり年齢順にすわる。両家の間で儀礼用スカーフと贈物が交換され、その後にお茶、ご飯、酒が出される。この儀式が終わると、両家の友人たちは新婚夫婦に祝いの言葉を述べ、贈物と儀礼用スカーフを捧げる。次に新婚夫婦は家の屋上に向かい、花嫁を保護のもとにおいてくれるようにラマがその家の守護神に祈願する。花嫁側の代理人は家の屋上に祈祷旗をかかげつつ、花嫁が花婿の家族と同等の権利を有するようになったことを宣言する。盛大な披露宴が数日に渡って行われる。花嫁は少なくとも1ヶ月過ぎるまでは里がえりを許されない。その期間が過ぎると、夫ともども最初の里がえりをする。この最初の里がえりの後は、いつでも望むときに実家を訪れることができる。近年は結婚式もそれにまつわる儀式も簡素化されていく傾向にあり、恋愛結婚も認められるようになっている。

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