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ダライ・ラマ法王、横浜で現代科学と仏教科学の対話

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2018年11月16日
日本、横浜

今朝、ダライ・ラマ法王がパネリストたちとともにステージに上がられると、アナウンサーの山口容子氏が登壇者と5,000人の聴衆に開会の挨拶をし、この日のプログラムの内容を紹介した。そしてまず法王に基調講演をお願いすると、法王は次のように述べられた。

現代科学と仏教科学との対話で基調講演をされるダライ・ラマ法王。2018年11月16日、横浜(撮影:テンジン・ジグメ / 法王庁)

「私は、例えばリチャード・デビッドソン博士やウォルフ・シンガー博士などアメリカやヨーロッパ、インドの科学者たちと長年対話を重ねてきました。これらの対話の目的は二つあります。今までは科学者たちの優れた頭脳はほとんど物質的な世界に向けられていました。しかし、人間は単なる物質として存在しているのではなく、感情や意識を持っています。そこで科学者たちが私たち仏教者から心や感情という内なる世界について学ぶことが彼らにとって役に立っており、その逆に、私たちも科学者の最新の発見に基づく情報を得ることができています。そのような知識の交換が対話の第一の目的です」

「次に、現在の世界は暴力がいまだ蔓延っていることを見ても、私たち人間の感情が危機的状況にあると言えます。20世紀には二つの世界大戦があり、日本は広島と長崎に原爆を落とされ20万人が犠牲になりました。これによって世界が良くなったというなら正当化も可能かもしれませんが、このような暴力は苦しみを生むだけです。問題を解決するには軍事力に依存することがより効果的だと信じている人たちがいまだにいますが、それでは20世紀に犯した過ちを繰り返す危険性があります。ですから私たちは21世紀を平和の時代にするよう努力しなければなりません。これが第二の目的です」

現代科学と仏教科学との対話で基調講演をされるダライ・ラマ法王。2018年11月16日、横浜(撮影:テンジン・チュンジョル / 法王庁)

「そこで暴力を用いることがいかに時代遅れであるかを一般の人々に教育する必要があります。人々が内なる心の平和を築かない限り、世界平和の達成はありえません。世界を非武装化するには、ひとりひとりの個人が内なる武装解除を実行しなければなりません。現代では、継続的な怒りや敵意を維持していると、健康を損なうということが科学者たちによって立証されています。科学者の発言は大きな影響力を持っているので、多くの人たちを教育することができるという点で重要な役割を持っています」

「今まで私は、主にユダヤ・キリスト教文化が普及している国々で科学者たちとの対話を行ってきましたが、今回は仏教の伝統が根付いている日本において、現代科学と仏教科学の対話が実現したことを私はうれしく思います」

続いて、日本の神経科学者である入來篤史博士のプレゼンテーションが行われた。入來博士は、人間とは何か、また人間と世界との関わりはどうなのかを知りたいと常に考えていることから話を始めた。植物と動物を比較すると、動物は神経系統を持ち情報伝達を用いることで植物とは異なっており、動物の感覚器官は、脳が存在する頭頂に近い前面に偏る傾向があると述べた。

現代科学と仏教科学との対話でプレゼンテーションをする入來篤史博士。2018年11月16日、横浜(撮影:テンジン・ジグメ / 法王庁)

実験室で猿を使った研究では、猿も人間と同様に訓練によって道具を使うことができ、その脳も適応力があるという結果を得た。望遠鏡が目の道具であるように、猿も手の延長のように道具を使うことができるのであり、二週間ほどの道具を使う訓練で、猿の脳に変化が見られた。ただ、この事実を進化による変化と比較すると、進化は非常に長い時間をかけておこるので、実験室では再現ができないと述べた。

これに対して、法王は次のように述べられた。
「私も進化論を信じますが、重要なのは心と意識について探求することだと思います。科学者たちは20世紀の終わり頃まで、心とは脳が作り出すものに過ぎないと考え、心については全く語ろうとしませんでした。現在ではリチャード・デビッドソン博士のように、脳に影響を与える脳以外の存在を認める科学者も増えています」

「瞑想の熟達者で、心肺停止という医学的な死を迎えた後も、何日も身体が腐らず温もりを保つという例がいくつもあります。心臓も循環系統も脳も活動を停止していますが、体は瞑想の姿勢を保ち、あたかも生きているかのように見えるのです。このような事実については科学者たちもまだ解明できていませんが、これを研究するプロジェクトはすでに始まっています。仏教科学ではこの現象を、最も微細な意識が身体に留まっているためであると説明しています。その微細な意識が身体を離れると、姿勢が崩れて死臭を放ちはじめます」

入來篤史博士のプレゼンテーションに対してコメントをされるダライ・ラマ法王。2018年11月16日、横浜(撮影:テンジン・ジグメ / 法王庁)

「意識には粗い意識から非常に微細な意識まで幾つかのレベルがあります。もし集中瞑想を行うなら、感覚器官に依存することなく、純粋に精神的意識作用のみによって瞑想することになります。前に申し上げたように私は進化論を信じますが、宇宙には最初に空っぽの空間があり、そこにエネルギーや熱、液体、固体が順に生じて、意識を支えることのできる条件が整うまで進化したのだと思います」

続いて、台湾から来日した量子物理学の朱創新博士が、彼自身宇宙がどのように動いているのかを知りたかったと述べた。彼が学んだのは、世界は美しく、理解可能であるということである。いかなる大きさの物質でも物理法則が正確に適用できることは驚くべき事であるが、量子物理学によれば原子レベル以下の世界になると物質の振る舞い方が違ってくる。そこでは、物質は波であり粒子でもある。博士は不確定性原理、量子のもつれ、ひも理論、量子幾何学について図を示しながら解説した。

現代科学と仏教科学との対話でプレゼンテーションをする朱創新博士。2018年11月16日、横浜(撮影:テンジン・ジグメ / 法王庁)

月の認識方法の議論と、朱創新博士が何ものも見えているようには存在しないとの発言から、法王は「私たちは月が粒子でできていると知っていますが、その粒子を調べ始めたら今度は『月の実体はいったいどこにあるのか?』と問わざるを得なくなりますね?」と博士に挑戦的な質問をされた。

次に、京都大学の認知心理学専門家の吉川左紀子教授が若い研究者である藤野氏を紹介した。彼は以前法王にお目にかかったことがあるが、京都でゴエンカ師のヴィパッサナ瞑想コースを経験してから触発されて瞑想と脳の関係を研究するようになった。彼は二種類の瞑想を続けると脳に変化が生じるのかどうかを研究している。ひとつは認知心理学でシャマタと呼ばれる一点集中の瞑想(focused attention meditation:FAM)で、通常集中力を高めるものである。もうひとつはヴィパッサナと呼ばれる開放的に観察する瞑想(open monitoring meditation:OMM)である。一点集中する瞑想(FAM)では呼吸に集中し、開放的観察瞑想(OMM)では現在の経験をありのままに気づくようにする。

現代科学と仏教科学との対話でプレゼンテーションをする京都大学の吉川左紀子教授。2018年11月16日、横浜(撮影:テンジン・ジグメ / 法王庁)

ここで法王は、用語として一点集中の瞑想と分析的瞑想という言葉を使いたいと述べられた。分析的瞑想において慈悲心のような善き感情を育てようとする場合、慈悲とはどういうもので、どのように育むのかということを、瞑想に入る前に学んでおく必要がある。一人称の個人的経験を三人称の科学で検証する場合は、先入観を持たないことが極めて重要であると述べられた。

瞑想実践と科学者であることの両立は可能か、という質問には、法王はナーガールジュナがそれらを両立した典型的な例であると答えられた。チベット人の中には、論理とは、主に他者の主張を論破するための道具であるという人もいるが、この考えは間違いであり、自分自身が対象を分析する際に論理を用いることが必要である。無知を晴らすためには、祈りや集中瞑想だけではなく、正しい根拠と智慧を使わなくてはならない。怒りなどすべての破壊的感情は無知から生じるので、このことは重要であると述べられた。

会場からの、根源的な光明の心に馴染むにはどうしたらよいかとの質問に、法王は睡眠中に見ている夢を夢と認識する(明晰夢)訓練をするとよいと答えられた。夢の中における瞑想では、感覚器官は機能していないので、より微細なレベルの意識に触れることができるからである。

現代科学と仏教科学との対話で法王に質問する聴衆。2018年11月16日、横浜(撮影:テンジン・ジグメ / 法王庁)

法王は、内なる価値と心について深く学ぶことができるよう、現代教育のありかたに対して議論する必要があると繰り返された。学校では身体の健康を維持するために衛生観念について教えているように、よき感情を育み、破壊的な感情が生じたらすぐに対策を講じて制御できるようになるためには、健全な心を維持するための方法を学ぶべきである。そして人間としての知性を、誤った行為に使うのではなく、愛や思いやりのような基本的な特質を高めるために用いるようにと、聴衆を励まされた。また人類はひとつの人間家族であることを認識するようにとも強調された。

科学者との対話が終了し、それぞれの科学者に感謝の言葉が贈られた。そして席を立とうとした法王が、再び聴衆に向かって次のようにメッセージを送られた。
「心と感情をよりよく変容させていくためには、これから良き変容をもたらそうという強い決意を持つことと、楽観的な見方を維持する必要があります。過去の偉大な成就者たちは、学び修行する機会をフルに活かすことにより、涅槃という永続する幸せの境地に至られたのです。今私たちも、そのような機会を手にしているのです。日本人は働き者だと言われますが、仕事にすべてのエネルギーを費やしてはいけません。この数日間に聞いてきたことをよく考えてみてください。よき変容をもたらすには時間がかかりますが、根気よく続けていけば必ずより幸せになることができるでしょう」

そして法王は立ち上がられ、聴衆に向かって手を振り挨拶をされて、ステージから退場される前に、聴衆の幸福を祈るようにしばらく合掌された。