ダライ・ラマ法王2010年11月来日報告

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4日目 (2010/11/9) 四国・ホテルにて記者会見、脳科学者と対談


「日本やドイツは第二次世界大戦でいくつもの都市を失ったが、人々はその跡に新しい世界を作り上げた。近代化を図りながらその一方であなた方は伝統を守ることに成功した。」秋の日本ツアー三日目。瀬戸内海に面した美しい都市、新居浜市にあるホールに集まった300人程の聴衆を前に、ダライ・ラマ法王は敬意を込めて語りかけた。

風が吹く寒い朝、ヘリコプターで新居浜に入られた法王は滞在先のホテルで記者会見に臨まれた後、著名な脳科学者、茂木健一郎氏と心と脳についての対談のため、その会場に向かわれた。

対談の始めに、感覚が感じ取るものと心が感じる取るものの違いを法王が説明された。「心が満ち足りていれば感覚的な痛みを軽減することもできる。そういう意味で心が体験することは知覚レベルの体験よりも意味があるといえる。」

科学者と対談をすることについては、法王は次のように意見を述べられた。「科学者とのイベントに参加すると『科学と仏教の対話』という表現が使われることがしばしばある。しかしそれは少し違うのではないかと私は思っている。仏教は宗教であり、私たちは科学とは何の関わりももたない。しかし仏教の教えというのはそもそも訓練の仕方や、思いやりの心といった基本的な人間のよさを向上させる方法などを解くものであるから、最終的には心や感情の仕組みについてもいろいろと解説が必要になってくる。」「仏教には、仏教科学、仏教哲学、そして宗教としての仏教、の三分野がある。だから『科学と仏教の対話』ではなく『自然科学と仏教科学の対話』と表現した方が相応しいように思う。」

法王は、仏教徒らが脳の研究に参加した時のことにも言及された。彼らは検査の結果『特別に冷静な人々』との評価を受けた。ところがその彼らに思いやりの心についての話をしたところ冷静なはずの彼らの目に涙が浮かんだという。多くの人は意識は脳からニューロンを伝わってくると信じている。当然ニューロンが機能を止めれば意識も止むことになる。「しかし一部の科学者は、意識が脳に影響を与えることもある、と考えている。これははっきりした意識のレベルのことではなくもっと凪いだ意識のレベルの話だ。密教の修行をした僧侶の意識が死後何週間もその肉体を離れずにいることはよくあることだ。その間は肉体もとても新鮮に保たれる。」

英語を駆使して専門知識を分つことのできる科学者とのやり取りを明らかに楽しまれているご様子で法王は、「怒りの感情を引き起こす脳の部分を切除するような手術ができるようになるだろうか?問題を取り除いてしまえるなら心の訓練をする必要がなくなるからね」、と茂木氏に質問された。(ロボトミーというものがあって手術は可能かもしれないが、今のところ怒りの感情を司る脳の部分は他の部分からはっきり切り離されていない、というのが茂木氏の回答であった。)

科学を学んだことで仏教の捉え方が変わったか、という質問が会場から出された。ラサにおいでになった頃、望遠鏡で夜空を眺め、日々形を変える月を見ていた時のことを思い出しながら法王は次のようにお答えになった。「月は光っていない。月の光は太陽から来ているのだ、ということをその時私は自分の目で確かめた。その後1960年代に天文学を詳しく勉強し、以来私は(仏教の世界観の中心にそびえる)スメール山(須弥山)の存在を信じなくなった。」「それでも問題はない。仏陀は宇宙の地図を作製するためにおいでになったのではないのだから。仏陀の関心はどうしたら私たちの苦しみを減らすことができるか、ということにあった。1000年経った今でもそれは変わっていない。次のビッグバンがやってきてもそれは変わらない。一万年あるいは十万年経ったら人の脳も変形して、いくつかの感情も変わっているかもしれない。しかし今のところ人間の感情は仏陀がおいでになった頃のそれと何ら変わりはない。」

法王は説得力のある口調で話し続け、話の核心にさらに近づいていかれた。科学者たちと討論をするようになったばかりの頃、アメリカの仏教徒が『科学は宗教の敵です。気をつけてください』と法王に忠告した。「そこで私は一生懸命考えた。一般的に仏教において最も重要な手段は信仰ではなく調べること(観察と分析)だ。ナーランダの伝統ではそれはもっと顕著になる。苦の究極の要因は無明である。間違った見解をもっているということだ。間違った見解を覆すには正しい見解をもつように努めなければならない。そのためには実体を知る必要がある。実体を知るには観察・分析の訓練を積まなければならない。仏陀の教えでさえその対象になるのだ。」

対談も終盤にさしかかり、法王はご自身の実践について話された。「私はナーガルジュナの教義といった伝統的な仏教の真相を究明したいと思っている。宗派が異なってもその基盤にある教えは同じだからだ。それは確固としたものだ。偉大な古典は全てのものに当てはまる普遍性をもっている。」

「この世で人間だけが高度に発達した脳をもって生まれてきた。私たちはこの素晴らしい道具を有効に使わなければいけない。破壊のためにではなく建設のために。」法王は最後に会場の人々にそう呼びかけた。

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