「BEHIND BARS – Prison condition in Tibet -」TCHRD発行

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ダプチ刑務所とは?

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TCHRD(チベット人権・民主センター)1997年発行

ダプチ(ドラプチ)刑務所(中国語ではDi Yi Jianyuと呼ばれる No.1刑務所)は“TAR(チベット自治区)”の自動車工場と呼ばれる事がある。その刑務所は1960年に建てられラサ市の北東部の郊外に位置していると考えられている。満員の為、噂によるとダプチ刑務所の南門は1998年4月に取り壊され、刑務所で拡張工事が着手されたという事だ。

1989年12月、ダプチ刑務所は5つの区画に分割され、当初は男性政治囚の為に別の区画があった。1993年以来、ダプチ刑務所は拡張され、7つの区画に分けられた。第1、第2、第4、第6、第7区画は男性犯罪者の区画、第3区画は女性政治囚と女性犯罪者の区画、第5区画は男性政治囚の区画である。第5区画はさらに2つに細別されていた。第5区画の各細別区画は12人の囚人を収容できるよう設計されており、それぞれに12の独房があった。7つの区画には現在では8つの独房のブロックが存在している。終身刑や死刑執行の宣告を受けた囚人は2年後に第1区画において刑が実行される。

1997年10月30日、BBCワールドニュースは次のような事を放送した。1997年10月24日の新華社通信の報告によるとダプチ刑務所には200人の女性囚人を含んだ968名の囚人がいて75%の726人がチベット民族だということだ。ワーデン・ルオサン・ゲリエ(ロプサン・ゲレク)によると、囚人はわずか1日に6時間、1週間に5日働き、各囚人は1週間に少なくとも7つの学科に出席するということだ。刑務所ではまた有名な高官、専門家、学者を招待し、法律やチベットの歴史、発展、変化の講義を受けさせるそうだ。彼はまた、ダプチ刑務所の囚人1人当たりの生活費は年間2,500元($312.50)に達していて、中国中の刑務所の中で最高額だとも付け加えた。

1998年1月、ダラムサラのチベット人権民主センター(TCHRD)の報告によると、ダプチ刑務所は約350人の周知の政治囚が収容されているそうだ。中国当局が最近発表したところによると、ダプチ刑務所には、ほぼ800人の囚人が収容されていて、75%はチベット人、20%は漢民族、残り5%は少数民族ということだ。また、90人以上の囚人が政治囚のような国家保安局に対する罪でダプチに収容されていた、とも付け加えた。

1997年3月にダプチに収容されていたチベット人政治囚から受け取った手紙によると、当時520人の政治囚がそこに収容されていて、そのうち250人は女性で、270人は男性であったということだ。

司法上、判決を下された囚人だけがダプチに送られる。中国当局は代表団にはそこに抑留されているのは5年かそれ以上の判決を下された者であると語った。しかし、ダプチの多くの男性囚人は実際にはもっと軽い判決を下されている。政治事件で司法上判決を下された女性はすべて今では刑の期間に関係なくダプチに送られているようだ。1998年5月、中国当局は僧侶や尼僧のようなすべての宗教的囚人はダプチに収容されていると主張した。ダプチには1つ以上の労働キャンプが付随しているようだ。

囚人達の集会や代表団が訪問した時に使う小さなバスケットボールコートがある。海外の視察代表団は事務局内か近くで簡単な説明を受け、その後、囚人がいる独房へ連れて行かれると考えられている。彼らに政治囚の独房が見せられているとは考えられない。