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『心を訓練する八つの教え』『三十七の菩薩の実践』法話会

2020年12月27日
インド、ヒマーチャル・プラデーシュ州ダラムサラ

ダライ・ラマ法王は今朝、北アメリカのチベット人コミュニティの人々のリクエストに応えて法話を行なうにあたり、予定より15分早くモニター画面の前に座られた。最初にゴドゥップ・ツェリン代表が、この法話会の趣旨をチベット語で紹介した。ツェリン代表は北アメリカ在住のチベット難民を代表して、法話と質疑の機会を授かったことへの感謝の言葉を法王に伝えた。ツェリン代表はまた、このほど米国議会でチベット支援法案が可決されたことに言及し、北アメリカ在住のチベット難民の多くが学業や仕事において良好な状態にあると語った。最後にツェリン代表は法王に、トゥルシク・リンポチェが予言されたように、125歳までお元気でいてくださいとお願いした。

北アメリカのチベット人コミュニティのリクエストに応えて法王公邸からオンライン法話会を開催するにあたり、ゴドゥップ・ツェリン北米代表が映し出されたモニターをご覧になるダライ・ラマ法王。2020年12月27日、インド、ヒマーチャル・プラデーシュ州ダラムサラ(撮影:テンジン・ジャンペル / 法王庁)

開口一番、法王は次のように述べられた。
「今日、こうして北アメリカに住むチベット人のみなさんと話をする機会をいただいたことを大変嬉しく思っています。私も高齢となり、遠方へ出掛けるのは難しくなってきましたが、このようにインターネットを介した法話ならば、ダラムサラから比較的容易に行なうことができます」

「私たちは、雪の国チベットの人間です。ソンツェン・ガンポ王の治世以前は、私たちはモンゴルの人々のように遊牧民として暮らしていました。ソンツェン・ガンポ王は中国から妃を迎えられ、そのときに妃がチベットに連れていらしたのがラサのジョカン寺に安置されている尊きジョヲ像です。ソンツェン・ガンポ王は中国の人々との緊密な関係がありましたが、チベット文字を作るにあたっては、サンスクリット語に使われていたデーヴァナーガリー文字のアルファベットを元にすることを選択されました」

「8世紀に入っても中国との緊密な関係が続いていましたが、ティソン・デツェン王は仏教の教えの源をインドに求めることを選ばれました。そしてシャーンタラクシタ(寂護)をチベットに招聘されたのです。ティソン・デツェン王は、仏典を読むために苦労してパーリ語やサンスクリット語を学ぶよりも、チベット語で読めるように翻訳すべきであるという重要な提案をされました。その結果、チベット大蔵経のカンギュル(経典)とテンギュル(論書)が生まれたのです」

「現在、偉大なる学びの場として知られたナーランダー僧院は、すべて遺跡となってしまいました。かつて私も巡礼に訪れたことがあり、そのときに、私たちチベット人が守り続けてきた伝統が生まれた場所に敬意を表して、チャンドラキールティ(月称)の『入中論』を唱えました」

「私たちチベット人は、仏陀の教えを学び、省察し、瞑想を通して心に馴染ませることによって、たんなる遊牧民から厳格な仏教徒へと自分を変容させたのです。パーリ語の伝統に従うスリランカ、タイ、ミャンマーの仏教徒は、経典を拠りどころとして仏陀の教えに従っています。一方で私たち大乗仏教徒は、たとえ仏陀のお言葉であったとしても、懐疑的な態度で分析してみるべきである、という仏陀の助言に基づいて教えに従っています」

テレビ会議のシステムを使って、法王公邸から北アメリカのチベット人コミュニティの人々にお話をされるダライ・ラマ法王。2020年12月27日、インド、ヒマーチャル・プラデーシュ州ダラムサラ(撮影:テンジン・ジャンペル / 法王庁)

法王は、論理学とともに般若波羅蜜(完成された智慧)と中観の教えを学ぶことの大切さを述べるなかで、チャンドラキールティの『入中論』第11章にある最後の偈を引用された。

解脱し終えたこの深遠で恐るべき真如は、以前よく修習していた人なら必ず理解するだろう
しかし、それ以外の他の人々(非仏教徒たち)は、これを広大に聴聞していても〔空性に対する信解の習気がないので]理解することはないだろう
ゆえに、〔ヴァスバンドゥなど中観以外の典籍]を自らの心に結びつけた人々が〔他の流儀を理解したことは]見受けられるが、
自我〔があると]主張する〔ナーガールジュナ以外の]他の諸流儀を喜ぶ心を捨てるべきである(第11章55偈)

さらに法王は、事物には固有の実体があると考えるならば、論理的誤謬が生じることを示唆する偈を引用された。

もし、自相が〔自性によって成立する因や条件に〕依存して生じるならば
自性〔による成立〕はないと考えることによって事物は消滅するため
空性が事物の消滅の因になる
しかしそれは論理に反するので、事物は存在しない(『入中論』第6章34偈)

これらの事物を分析してみるならば
真如を本質として持つ事物以外に
とどまる所を見出すことはできない
ゆえに、世間において言葉で述べられた真理(世俗諦)を分析するべきではない(第6章35偈)

真如について述べる時
それ自体から、あるいは他から生じることは論理的に正しくない
それは世間の言説においても論理的に正しくない
あなたの言う生成とはどうやって存在することになるというのか(第6章36偈)

法王は、これらの偈頌を毎日繰り返し唱え、省察していると述べてから、チャンドラキールティの「七つの論理(七相道理)」の偈を紹介された。

馬車は、それ自体の部分とは別のものだと主張しているのではない
他のものでないのではなく(同一であり)、それ(部分)を持つものでもない
〔馬車は〕部分にあるのではなく、部分が〔馬車〕にあるのでもない
その単なる集まりでもなく、形でもなく、そのようなものである(第六発心「現前」151偈)

【「七つの論理(七相道理)」とは、同一、別異、依存するもの、依存される土台、所有、集合、形の七つのことである】

集合体であるというだけで馬車になるのではない
ばらばらの状態でも馬車があることになってしまうからである
部分を持つ〔全体の形が〕なければ部分はなく
形だけを馬車であるというのも不合理である(152偈)

この「七つの論理」の見地から見るならば、独立して存在している事物を見つけることはできないが、世俗のレベルにおいて確かに事物は存在しているのである。中観帰謬論証派は、それ自体の力のみで存在している実体をもった事物は一切存在せず、名前を与えられたことによってのみ存在しているに過ぎないと主張している。法王は、こうした哲学的見解を検証する目的は、現実のありように対する私たちの誤解を断滅することにあることを明確に説かれた。

北アメリカのチベット人コミュニティのリクエストによる法話会で、モニターに映し出された人々に向かってお話をされるダライ・ラマ法王。2020年12月27日、インド、ヒマーチャル・プラデーシュ州ダラムサラ(撮影:テンジン・ジャンペル / 法王庁)

シャーンティデーヴァ(寂天)もまた、『入菩薩行論』の中で自他の立場を入れ替えて考えるという菩提心を育むための強力な修行方法を示し、これが正しい修行であることを次のように証明している。

この世のいかなる幸せも
他者の幸せを願うことから生じる
この世のいかなる苦しみも
〔自分だけを大切にして〕自分の幸せを求めることから生じる(第8章129偈)

多くを語る必要がどこにあろう
凡夫は自利を求めて〔望まぬものをすべて得て〕
成就者〔仏陀〕は利他をなして〔すべてのすばらしきものを得る〕
この二者の違いを見よ(第8章130偈)

自分の幸せと他者の苦しみを
完全に入れ替えなければ
仏陀となることはできないし
輪廻においても幸せを得ることはない(第8章131偈)

法王は、かつて一部の人々の間でチベット仏教が「ラマ教」と呼ばれ、あたかも仏陀の本当の教えではないかのように誤解されたことがあった、と述べられた。やがてチベット人が亡命生活を始めたことで、チベット仏教徒がナーランダー僧院の伝統に従っていることが明らかになったのである。そしてこれを理由として、チベット仏教の土台である根拠と論理を拠りどころにした、現代科学者とチベット仏教徒との実りある科学的対話が行われるようになったのである。

「私たちはこれからも、これまでのようにチベット仏教を維持していきます。これはチベット本土のチベット人もまた努力していることですが、盲目的信仰からではない、論理に基づいた教えとして維持していかなければなりません」

法王は、北アメリカ訪問に関して自家用飛行機を提供したいという申し出が友人からあったが、それでもかなりの長旅なので訪問を断念した、と説明して前行法話を終えられた。そして、今のところはインターネットを介してたくさんの人々と交流できることを嬉しく思っている、と述べられた。

法王は、『心を訓練する八つの教え』のテキストの冒頭を読み始めるにあたり、著者のゲシェ・ランリタンパは菩提心の修行においてよく知られているが、有情の苦しみをあまりにも強く懸念していたためにいつも憂鬱な顔をしていたといわれている、と説明された。

北アメリカのチベット人コミュニティのリクエストによる法話会で、法王公邸から『心を訓練する八つの教え』のテキストを読みあげられるダライ・ラマ法王。2020年12月27日、インド、ヒマーチャル・プラデーシュ州ダラムサラ(撮影:テンジン・ジャンペル / 法王庁)

第一偈では、すべての有情を苦しみから解放したいという願い、つまり菩提心を生起するべきことが述べられている。第二偈では、自分を誰よりも劣った者とみなし、他者を最もすぐれた者として大切に慈しむことが大切であることが述べられている。第三偈では、いかなる行ないをするときも、煩悩に引きずられてはならないことが示唆されている。第四偈は、怒りをもってあなたに接する有情たちのために菩提心を培うことを勧めている。第五偈は、勝利を他の有情に譲るという宣言である。第六偈と第七偈は、自分と他者の立場を入れ替えて考える修行、すなわち母なるすべての有情たちに利益と幸せを捧げ、被害と苦しみをすべて自分が引き受けるという修行に言及している。最後の第八偈では、「すべての現象は幻のごときものと見て、執着を離れ、束縛から解放されますように」という空の見解が述べられている。

法王は、ナーガールジュナ(龍樹)が『根本中論頌』の中で説いている空の説明をいかに身近に感じているか次のように語られた。
「ナーガールジュナが、真に独立して存在するものは何ひとつ見つからないが、名前を与えられただけの存在として事物は存在する、と説かれたその集会の端に私もいたかもしれないと思うことがあります。『心を訓練する八つの教え』は世俗と究極の両方の菩提心に言及していますから、私はこれを毎日唱えています」

『三十七の菩薩の実践』の冒頭には、「一切の現象は、来ることも去ることもない」とあるが、これは法王がすでに述べられたように、事物がたんに名前を与えられただけのものとして存在していることを示している。法王は、貴重な機会を得て人間として生を受けたことの意味から始まり、静謐な場所の価値や、無常について書かれた偈頌を着々と読み進められた。世俗の神の助けを借りることについては、世俗の神は帰依の対象として適切ではないと述べられている。他者を助けるとは、良き未来の因を作ることなのである。自己と他者を同等とみなし、立場を入れ替えて考える修行がここでも言及されている。

このテキストでは、称賛と名声を求めるならば、修行を損なうことになりかねないことが述べられている。現れてくるものは、自身の心の投影だからである。法王は、トクメ・サンポは唯識派の見解に従っていたように思われると述べられた。偈頌の中には、六波羅蜜の実践に焦点を当てたものもある。「私の心はどんな状態か?」と常に問い、精進して成し遂げたすべての善行を悟りのために廻向しようという熱望によってテキストは締めくくられている。

法王は、ご自身が長年読んでおられるテキストは、法王がダージリンにいらしたときにラツン・リンポチェがチベットから送ってくださったものであると述べられた。後に法王は、このテキストの解説の伝授をクヌ・ラマ・リンポチェから授かることができたのである。

続いて質疑応答のセッションに移ると、ゴドゥップ・ツェリン代表が米国とカナダの何人かのチベット人の若者たちをモニターに招き入れ、法王への質問を読み上げた。最初の質問者は医学生で、不治の病に苦しむ人々をどのように助けることができるかというものであった。法王はまず、医療従事者や医療に従事するために訓練を受けている人々への感謝と称賛の意を表明された。そして、病の身であることを嘆いて改善策が見つかるならばよいが、なす術すべがないならば、嘆いても何の役にも立たないことを指摘された。金剛手が障害を取り除いてくださったり、薬師如来が加持を授けてくださるかもしれないが、死の瞬間が来たら、死ぬのである。

北アメリカのチベット人コミュニティのリクエストによる法話会で、インターネットを介して法王に質問をする参加者。2020年12月27日、インド、ヒマーチャル・プラデーシュ州ダラムサラ(撮影:テンジン・ジャンペル / 法王庁)

仏教徒は、アートマン(真我)や魂が今世から来世へ続いていくとは考えていない。今世から来世へと引き継がれていく、と仏教徒が言うときには、意識の連続体の流れのことを言っているのである。

「それでもまだ希望はあります。受けられる治療があれば受け、静かに過ごして、心の平安を保つのです。そして、もしあなたも仏教徒なら、来世における精神的導師に加護してもらえるよう祈ってください」

次に法王は、政治的最高指導者としての役割は引退したが、チベットの文化や自然環境の保護を促進することは自身の責任であると考えている、と説明された。チベット本土のチベット人もまた、チベット人としての精神を生きたまま維持することによって、これに応えているのである。

「チベット文化には世界中の人々に利益をもたらす可能性があります。私たちチベット人は失ったものを嘆き悲しむよりも、私たちの伝統文化が他の人々のために役立つことを誇りに思ってもよいと思います。亡命下で私たちが出版した科学や哲学に関する書籍は、チベットの大学にも届いています。私は、中国人の学者たちが、チベット仏教が提示している科学的な方法に感銘を受けたという報告も受けています。これは、私たち亡命チベット人がチベット本土で起きていることに及ぼした影響の一例です」

「私たちの文化や伝統を保護することは大切ですが、これを他の人々と分かち合うこともまた大切です」

「競争」について意見を求められると、法王は、自分が一番になるために他者の能力を妨害するような有害な競争と、一番になるために努力をして、その姿が他の人々の手本となるような競争を区別する必要がある、と述べられた。

オーストラリアの山火事や新型コロナウイルスが発生した原因について意見を求められると、法王は、新型コロナウイルスによって多くの人々が命を落としているだけでなく、地球温暖化によるオーストラリアやブラジルの山火事によって、多くの野生動物もまた命を落としていることへの悲しみを表明された。

法王は、新型コロナウイルスの世界的流行は、社会全体が経験する集合的な業(カルマ)であると考えられるが、落胆するのではなく、自信と決意を持ち続けることが大切であることを強調された。

「たとえあなたの病気がどんなにひどい状態であったとしても、落胆するのではなく、心の平和を維持してください。あるいは、あなたが治療を行なう立場にあるならば、決して失望することなく、患者が希望を持てるように励ますことが大切です。もし患者が仏教徒なら、ターラー菩薩の真言(オーム・ターレ・トゥターレ・トゥレ・ソワハー)を唱えるとよいと思います。私も毎日唱え、新型コロナウイルスが一日も早く終息するよう祈願しています。同様に、観音菩薩の真言(オーム・マニ・ペーメ・フーム)を唱えるのもよいでしょう。こうした修行は、助けとなっても害となることはありません。ダライ・ラマはこのようにして祈願しているということを、患者さんたちに伝えてくださってもよいでしょう」

この世界をより住みやすい場所にするために、チベット人の若者たちは何をするべきかという質問に対して、法王は、①医療的支援を与える、あるいは受けること ②真言を唱えること ③愛情や思いやりを持って他者に接することを挙げられた。地球温暖化については、アジアの多くの大河の源であるチベット高原が、アフガニスタンのような乾燥地帯になる恐れがあることを警告された。法王は、より広い観点から見れば、世界は現れては消えるものではあるが、たとえそうであっても、より懸命に自然生態系を保護することが大切である、と述べられた。

最後に法王は、法話に耳を傾けているチベット人たちを次のように励まされた。
「どこにいようとも、自分がチベット人であることを忘れてはなりません。皆さんにはチベット人の血が流れています。皆さんはチベット人の子孫なのです。勇気と自信を持ってチベットの文化や伝統を守り続けてください」

「チベット人特有の慎み深さ、やさしさ、道徳心は世界中で高い評価を受けています。どうかこれからもそういったよき資質を維持し続けてください」

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