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『縁起讃』の法話会 初日

2020年8月4日
インド、ヒマーチャル・プラデーシュ州ダラムサラ

今朝、オンライン法話会の中継が行われる公邸内の居室に入られたダライ・ラマ法王は、モニターに映ったチベット人の学生たちに挨拶をしてから席に着かれた。そこで、主催者と参加者たちがモニターを通して、マンダラ供養を含むいくつかの祈願文を誦経した。

チベット人の若者たちに向けた法話会の初日に、法王公邸からインターネットを介してお話をされるダライ・ラマ法王。2020年8月4日、インド、ヒマーチャル・プラデーシュ州ダラムサラ(撮影:テンジン・ジャンペル / 法王庁)

誦経が終わると法王は次のようにお話を始められた。
「今回の法話会は、主にチベットの若者たちを対象として開催されています。サンスクリット語のダルマ(法)という言葉は数千年にわたって存続してきました。今、私たちは科学技術が目覚ましく進歩した21世紀を生きていますが、このような社会においても、宗教は尚、役に立つものだと言えるでしょうか?」

「過去何千年もの間、人々は、困ったときには宗教を頼み、拠り所としてきました。70億人がこの地球に暮らす現在、宗教を信じている人もいれば、宗教を受け入れない人、全く無関心な人も増えています。しかし、どのような考えを持つ人にも、“幸せになりたい。苦しみたくない” という思いは共通しています。では、宗教を受け入れない人や無関心な人は、宗教を信じている人よりも幸福度が高いと言えるでしょうか?一般的に言って、宗教的な実践をしている人の方が、そうでない人よりも、より満足感を得ているように感じられます」

「どのような伝統的宗教も、等しく愛と思いやりの実践を説いていますが、“カルーナ(慈悲の心)” に根ざした “アヒンサー(非暴力)” を唱道しているのは、インドに起源をもつ伝統的宗教だけです。そして仏法もインドの伝統を元に構築されています」

チベット人の若者たちのリクエストにより開催された『縁起讃』の法話会初日に、インターネットを介してお話をされるダライ・ラマ法王。2020年8月4日、インド、ヒマーチャル・プラデーシュ州ダラムサラ(撮影:テンジン・ジャンペル / 法王庁)

「創造主としての神の存在を信じている宗教において、神は愛そのものであり、信者たちは、神をお手本として生きることを望みます。チベット仏教には憤怒の姿をした本尊たちがおられますが、これは密教において、怒りを修行の道に取り入れるという実践方法があるからです。普通に考えれば、怒り・執着・無知という三毒と呼ばれる煩悩は、滅するべきものですが、密教の観点からすると、このような煩悩は変容可能な感情とみなされます。ある主の毒が薬として用いられるように、破壊的な感情を修行の道に変える方法が存在するのです」

法王はマイトリチェータの有名な偈文を引用された。

仏陀たちは有情がなした不徳を水で洗い流すことはできない
その手で有情の苦しみを取り除くこともできない
自ら得た理解を他者に与えることもできない
ただ、真如という真理を示すことで有情を救済されている

仏陀たちは、真如、つまり空の見解についての教えを説くことで有情たちを救済されている。どのように修行し、悟りに至られたのかという、ご自身の体験を開示されているのだ。法王は、心を恐怖から守る、という仏法の働きを、他のすべての伝統的宗教と共有することができるのではないか、という示唆を与えられた。ダルマ(法)という言葉は、心のよき変容を意味している。

インターネットを介したチベット人の若者たちへの法話会で、要点を強調されるダライ・ラマ法王。2020年8月4日、インド、ヒマーチャル・プラデーシュ州ダラムサラ(撮影:テンジン・プンツォク / 法王庁)

「一点集中の瞑想は、戒律を守り、清らかな生活をすることを土台として高めていくことができます。早朝に一点集中の瞑想をするといいでしょう。外面世界の物事に捉われず、心だけを見つめます。他のことに意識が散乱しなくなると、虚無的な感覚を味わうかもしれません。その感覚を瞑想の対象として、心の本質を分析するのです。明らかで対象を知ることができるという心の本質そのものに集中します。そしてまた、幸せとは何か、苦しみとは何か、といったことを、分析的な瞑想の対象とすることもできるでしょう」

悪しき行いを重ねることによって私たちは輪廻を巡っている。誤った行為と煩悩を滅して初めて解脱に至ることができる。煩悩の大本にあるのは、すべての事物はその現れ通りに存在していると考える無知なる心である。ナーガールジュナ(龍樹)は『根本中論頌』の中で、“煩悩は妄分別(誤った認識)から生じ、妄分別は戯論から生じる” と述べられている。そのような誤った見解は、すべての現象の究極のありようを知ることによってのみ断滅することができる。

『般若心経』で、世尊は「深遠なる現れ(甚深顕現)」という多くの現象についての三昧に入られたが、これは、世俗の真理(世俗諦)と究極の真理(勝義諦)という二つの真理(二諦)についての言及であると解釈することもできる。すべての事物は存在し、私たちに影響を与えているが、それらの事物の実体がどこにあるのかを探してみると、それ自体の力のみで存在している固有の実体をもった現象は一切存在しないことが分かる。

チベット人の若者たちに向けて行われた法話会の初日に、インターネットを介してお話をされるダライ・ラマ法王。2020年8月4日、インド、ヒマーチャル・プラデーシュ州ダラムサラ(撮影:テンジン・ジャンペル / 法王庁)

法王は、ナーガールジュナの『根本中論頌』から、先ほどとは別の「如来」に関する偈頌を引用された。

〔如来は〕五蘊ではなく、五蘊と別のものでもない
〔如来の〕うちに五蘊があるのではなく
如来が五蘊を所有しているのでもない
では、如来とはいかなるものであろうか(第22章1偈)

そして法王は、この偈頌の「如来」という言葉を「私」に置き換えて、度々考えるようにしている、と伝えられた。

〔私は〕五蘊ではなく、五蘊と別のものでもない
〔私の〕うちに五蘊があるのではなく
私が五蘊を所有しているのでもない
では、私とはいかなるものであろうか

これについて法王は次のように説明された。
「私たちは “私” という自我の感覚を強く持っています。その “私” を探してみるとき、それは五蘊の一つである識(認識作用・意識)のことだと言う人もいます。しかし、私たちは “私自身” “私の意識” “私の言葉” などと言って、まるでそこに、私、意識、言葉を所有している別個の所有者が存在しているかのように語ります」

「中観のテキストを学ぶ人は皆、ナーガールジュナは第二の仏陀であると言いますが、ナーガールジュナは『根本中論頌』において、完成された智慧である般若波羅蜜を要約して伝えられました。中観派の弟子たちにはアーリヤデーヴァ(聖提婆)やブッダパーリタ(仏護)などがおられますが、最もすぐれた導師はチャンドラキールティ(月称)です。私はナーガールジュナの六論書(『根本中論頌』『宝行王正論』『六十頌如理論』『廻諍論』『空七十論』『広破論』)と共に、チャンドラキールティの『入中論自註』を何度も読みかえして勉強しています」

チベット人の若者たちに向けた法話会で、若者たちとの楽しいひと時を過ごされるダライ・ラマ法王。2020年8月4日、インド、ヒマーチャル・プラデーシュ州ダラムサラ(撮影:テンジン・ジャンペル / 法王庁)

「シャーンタラクシタ(寂護)は、仏法を聴聞し、仏典を読み、それらを通して理解したことについて熟考し、根拠と論理を用いて理解を深め、瞑想によってその深まった理解に馴染んでいく、という聞・思・修を用いた修行方法を確立されました」

「チベット人学校の生徒たちが、ダルマキールティ(法称)が書かれた『量評釈』の第2章を勉強できれば素晴らしいと思います。『量評釈』はディグナーガ(陳那)が著された『集量論』の帰敬偈の註釈書ですが、そこには、釈尊がどうして信頼するに足る、慈悲深き導師であると言えるのか、また、いかにして偉大な導師となり、守護者となられたのかが説明されています。このテキストを学べば、師としての資質を具えた人を見分けることができるようになるでしょう」

「チベットには勉学と瞑想に重きを置く伝統が堅固に残っています。ツォンカパ大師は子どもの頃から中観の見解に興味を持たれていたそうです。また、後に大師の中観の師となったラマ・ウマパは、羊の番をしていた少年の頃から文殊菩薩のヴィジョンをご覧になっていましたので、ツォンカパ大師が文殊菩薩に質問をするための中立ちをされていました。ある時、ツォンカパ大師は、ご自分が理解した正しい見解について説明され、それが唯識派の見解なのか、それとも中観派の見解なのかを文殊菩薩に問われました。それに対して文殊菩薩は、“その見解はいずれの学派の見解とも一致していない” とお答えになり、簡潔な教誡を授けられました。それに対し、ツォンカパ大師が授かった教誡の内容について、“私には理解できません” と答えられた時、文殊菩薩はツォンカパ大師に、隠遁修行に入って汚れを浄化し、智慧と福徳を積むようにと助言されたのです」

「ツォンカパ大師はこの助言に従い隠遁修行をされました。その修行中のある日、ナーガールジュナの『根本中論頌』に対するブッダパーリタの註釈書を読んでいるとき、空性を直感で理解する深い洞察を得られました。そのことによって、ツォンカパ大師は釈尊への感謝と尊敬の念でいっぱいになり、このテキスト、『縁起讃』を記されたのです。私はこのテキストの伝授を、古参の個人教師であった先代のリン・リンポチェから授かっています」

法話会の初日に、ツォンカパ大師の『縁起讃』を読み上げられるダライ・ラマ法王。2020年8月4日、インド、ヒマーチャル・プラデーシュ州ダラムサラ(撮影:テンジン・ジャンペル / 法王庁)

法王はテキストを取り上げ、最初の8つの偈を読まれた。これらの偈頌では、「縁起を見ることで無明が滅せられる」という教えを明らかにされた釈尊への礼讃が記されている。
尚、「条件に依存して生じたものはみな、その自性は空である」という偈文は、ナーガールジュナの以下の偈頌を踏襲して記されたものである。

故に、縁起しない現象は
何ひとつ存在していない
故に、空でない現象は
何ひとつ存在していない(『根本中論頌』第24章19偈)

ここで法王は、インターネットを介した質疑応答セッションに移られた。今日の質問は、南インドのカルナータカ州にあるダライ・ラマ高等教育大学(The Dalai Lama Institute for Higher Education)の学生たちと、アッパー・ダラムサラのチベット子ども村学校(Upper TCV School)の学生からのものであった。

日常生活の中で、どのように慈悲の心と縁起の見解を実践していけばよいのか、という最初の質問に対して法王は、人はみな自分を大切にする傾向を持っていると述べられた。しかし、世界がいかに相互依存により成り立っているかを考えてみれば、自分と同じように他者を大切にすることの重要性が理解できるはずだ、と話された。そして、『入中論』の中でチャンドラキールティが慈悲の心についての最大限の讃辞を述べられていることに触れられ、菩薩は慈悲の心に焦点を当てることで有情に利益をなし、智慧に重きを置くことで悟りを達成される、と述べられた。

法話会初日に、チベット人の若者たちからの質問に回答されるダライ・ラマ法王。2020年8月4日、インド、ヒマーチャル・プラデーシュ州ダラムサラ(撮影:テンジン・ジャンペル / 法王庁)

別の質問者に対する答えの中で、法王は、過去世や来世の基盤となるものは、肉体とは関係なく、意識であると述べられた。法王は、過去世が存在することは、前世の記憶を持っている人がいることからも明らかであるとした上で、最も微細なレベルの意識が、ひとつの生から次の生へと受け継がれていくことを説明された。そして法王ご自身が、「幼い頃、私が前世の記憶を持っていたことを、後に母から聞きました」と語られて、ガンデン僧院シャルツェ学堂の仏教博士であった人がラサで生まれ変わり、前世で南インドの僧院にいたことをはっきりと覚えていたことに言及された。

法王が、仏教の教えは、仏教科学・仏教哲学・宗教の実践の3つの分野に分類できると言われたことに関連して、アッパー・ダラムサラのチベット子ども村学校の生徒は、今回学んでいる『縁起讃』のテキストは、このうちのどの分野に属するものか、と質問した。法王は、仏教哲学の見解は何においても重要であると述べられ、合理的で論理的な考え方に基づくナーランダー僧院の諸テキストには、科学・哲学・宗教のどの分野の要素も入っていると述べられた。そして法王ご自身について、「私は科学者であり、哲学者であり、仏教徒の比丘でもあります」と言及された。

次に、創造主としての神の役割と、仏教の見解である因果の法との違いについて尋ねられた法王は、仏教徒にとっての幸せと苦しみは、自分が為した行いの結果として味わうものであると述べられた。善い行為を行えば喜びと幸せが得られ、悪しき行いの結果として苦しみがもたらされるのである。法王は、全ての現象は実質的な原因(実質因)と間接的な条件(縁)によって生じているので、その意味からすれば、外面的な世界に現れている現象は、私たちの幸せの間接的な条件と言えるだろう、と話された。

最後の質問者は、仏陀・仏法・僧伽(出家者の集団)の三宝を信じている人と、そのような信心はなく、慈悲の心や自分自身の人生について省みることがない人とでは、どのような違いがあるのか、と法王に尋ねた。法王は、宗教を信心する人としない人のどちらがより心穏やかに過ごしていると思うか、と質問者に問われた。

法王は、今日はテキストの第8偈まで進んだことを確認され、初日の法話会を終えられた。

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