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ユル・トゥルク・ダワ・ツェリン師 死去

2002年1月17日
ダラムサラ(グ・チュ・スム・ムーブメント・オブ・チベット)

ユル・トゥルク・ダワ・ツェリン(以下ユル・トゥルク)は、1930年チベット自治区のラサ市タグツェ県に生まれた。ユル・トゥルクは幼少時にチュネ・ユル・リンポチェの生まれ変わりとして認定され、ガンデン・シャルツェ僧院へと連れて来られた。1950年、ユル・トゥルクは「ゲシェー」(仏教学博士)という一流の学位を与えられた。後にユル・トゥルクはギュトー・タントリック寺にて密教経典の仏教を学んだ。

1959年、ユル・トゥルクはラサ暴動に参加したとして逮捕され終身刑を宣告された。ダプチ刑務所の第5労働キャンプで他の政治犯と共に建設現場で労働を強いられ、そこで20年間の獄中生活を送った後、1979年に「民主化政策」のもとで釈放された。

釈放後、ユル・トゥルクはラサ大学で1982年まで仏教哲学を教えていた。同年、ユル・トゥルクは政治協商委員会そしてラサ仏教協会のメンバーに任命された。

1987年12月26日、ユル・トゥルクは2名の観光客にビデオ撮影を許可したとして、友人のセラ僧院のトゥプテン・ツェリン師と共に逮捕された。この2名の外国人、つまり亡命したチベット仏教僧とイタリア人観光客ステファノ・ダラリ博士はビデオインタビューを行い、その中でユル・トゥルクはチベットに拡がりつつある人権侵害と貧困に関してコメントをした。1998年3月のラジオ・ラサ放送によれば、「1987年7月26日午後、2名の仏僧、ユル・ダワ・ツェリンとトゥプテン・ツェリンは、チベット独立といった反動的な見解を観光客としてチベットに来た外国の反動分子に広めた。この2名の仏僧はまた、中国共産党と人民政府が採用した政策を悪意を持って中傷した」仏僧両名は、中国刑法102条(第2項)にある「反革命プロパガンダ」の拡大という罪で告発された。

1987年12月26日の逮捕後、彼ら仏僧達は最初にセイトゥ強制収容所に1年間拘留され、そのうちの7ヶ月間は毎晩定期的に尋問される独房で過ごした。1989年1月19日、ラサ中等人民裁判所はユル・トゥルクに懲役10年、トゥプテン・ツェリンに懲役6年の刑を宣告し、その後彼らはダプチ刑務所に投獄された。

1990年11月のチベット訪問期間中、スカンジナビア4カ国の外交官はダプチ刑務所でユル・トゥルクに会い、彼は非常に良い健康状態であると報告した。その後ユル・トゥルクは、国連チームが1994年11月に到着する3週間前に条件付で釈放された。ユル・トゥルクは国連チームに対し、刑務所では宗教活動が禁止され仏僧・尼僧が修道院へ再び戻ることも禁止されていたと伝えた。この状況は、訪問後の国連レポートで後に言及された。

釈放されても、ユル・トゥルクは中国軍の定期的な監視下に置かれた。ユル・トゥルクはさらに、長期にわたる投獄と非人道的な扱いによる精神的・身体的な病気に苦しんだ。ユル・トゥルクは2002年1月16日午後2時55分にラサの自宅で息を引き取った。我々はこの情熱的な政治囚、ユル・トゥルクの死に深い哀悼の意を捧げる。

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