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中国のクンブム寺院に政治が介入

2001年8月6日
ロイター

クンブム寺院は400年以上も、チベット仏教の分派特有の日々の瞑想と祈りを実践してきた。

1998年のある日、アジャ・リンポチェ院長が僧侶たちを集めて、自分はもう中国にはいられないと話したとき、その日常は崩れ去った。

まもなく、院長は米国へ亡命した。

「私は政治的圧力のために僧院を去り、国を去らざるを得なかった」院長はサンフランシスコの新たな故郷から、最近のインタビューでそう語った。

「信仰で妥協するよりは、寺院を去ることを選んだ」

中国西部、青海省の西寧市郊外の緑豊かなロータス・マウンテンのふもとにある寺院が政治的介入を受けるのはこれが初めてではない。

クンブムは、仏教「黄帽派」の代表的な6派に属する。チベットの精神的指導者ダライ・ラマは黄帽派に属し、少年時代はクンブムに住んでいた。

1958年のある日、中国軍は銃による威嚇を行い、500人の僧侶を逮捕して、寺院を閉鎖した。

1966年〜1976年の嵐なような文化大革命の間、熱狂的な紅衛兵は経典を焼き払い、崇拝対象物を破壊した。当局は、宗教に熱心に取り組むのはやめて、寺院近くの農場で労働するようリンポチェに強要した。

1978年に中国が青海省とその隣のチベット自治区の寺院を再開すると、状況は改善した。再開された寺院にはクンブム寺院も含まれていた。

ある僧侶によれば、政府の監視が厳しく、恐怖の風潮が支配しているにもかかわらず、宗教的崇拝はクンブム寺院で再び盛んになっている。

「ここには自由はありません」伝統的な海老茶色の僧衣をまとう15歳の僧侶は言う。「なぜかはいえないけど」と付け加え、誰に聞かれているかわからないという身振りをした。

二人の師への奉仕

ダライ・ラマを非難し、中国が選んだ11代目の転生パンチェン・ラマ(チベットの2番目に高位な宗教的人物)を支持しろという圧力が高まっていったとアジャ・リンポチェは語る。

北京はダライ・ラマ(中国支配に対する蜂起が失敗した後の1959年、インドへ亡命)のことを、1950年以来中国が自分の領土だと主張するチベットの独立を支持しているとして、攻撃している。

中国はパンチェン・ラマの生まれ変わりを1995年に選んだ。ダライ・ラマが選び、彼の追随者が真のパンチェン・ラマと認めた者は姿を消してしまっている。

「わたしはクンブム寺院の院長として、中国が選んだパンチェン・ラマをチベットの人々に認めさせるようにしむけなければならなくなっていたでしょう」

「それはわたしの深い信仰心に反することです。この時点で、国を去らなければ、と悟ったのです」

寺院の歴史は1560年にまで遡るが、外観は醜悪だった。僧侶たちは寺院の改修に着手した院長を賞賛し、その旅立ちを嘆いた。

院長がなぜ寺院を去ったのか理由がわからないという者もいる。

アジャ・リンポチェは中国仏教協会の副会長に就任するなど、政府組織の中で高位にあった。ある僧侶は、リンポチェが中国の江沢民主席と写っている写真が載った本を見せてくれた。

しかし、院長が去ってからの3年間で宗教活動への抑圧が強まったことを僧侶たちは承知している。

手綱を強める中国

中国の役人は、宗教の自由を制限していることを認めない。

「国家による信仰の自由への抑圧はない」政府支援による北京の中国チベット学センターで、ダムドゥル宗教学研究所所長は言った。

「信仰の自由はちゃんとある。寺には僧侶が大勢いる。この事実と数字は宗教の自由があることを十分に裏付けている」

クンブムの僧侶が言うには、従来の院長の代わりに、お飾りの管理者を代表とする「民主委員会」を通して中国は寺院を統制している。

警察による捜査は定期的に行われ、仏教、薬学、占星術、伝統芸術の授業とともに共産主義政治も勉強させられているそうだ。

僧侶の数は常時600人ほどだが、当局はその数を制限し、この3年でインド(チベット亡命政権の本拠地)へ逃亡した僧侶もいる。

クンブムの豪華な「大経堂」ではかつて、3千人以上の僧侶が朝の祈祷を行っていた。

寺院と近辺の町には中国人の方が多く住んでいる。バスに乗ってくるツアー客は参拝者の数を上回り、寺院の平和な生活を乱すとも指摘されている。

「インドへ行きたい」少年の頃からクンブムに住んでいる22歳の僧侶は言う。「インドには中国人がひとりもいないから」

クンブムには、中国支配に反対する兆候が目立たないとはいえしっかり存在する。

僧侶たちはダライ・ラマの写真を持っているし、簡素な部屋の壁にピンでとめて飾っている者もいる。

ダライ・ラマの写真の横には、崇拝の対象としてパンチェン・ラマ10世の写真が飾られているが、中国が代わりに選んだ少年の写真は一枚もない。

アジャ・リンポチェは、いつかは寺院へ帰りたいと言っている。

「いつだって、人は故郷を恋しがるものです。いつの日か故郷へ戻りたいです。いつになるかはわからないけれど」

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