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国連はダライ・ラマを認めるべきである

2000年7月26日
カナダチベットコミュニティ代表からの書簡一部

私たちチベット人は、チベット問題が欧米諸国の人々の間で頻繁に取り上げられていることを知っている。チベットの神秘的な文化や山々に囲まれた自然環境に魅了されていた人々の心は、今や、中国の軍事支配下で苦境にたたされているチベット人への心からの同情に発展した。それはまた、ダライ・ラマの祖国チベットでの人権問題に非暴力で取り組む活動に広範な支援を生み出すことになった。

1970年に中華人民共和国が国連に加盟して以来、まさに世界中の基本的人権を擁護する為に設立されたはずの国連が、チベット問題及びダライ・ラマに関しては全く関与しない姿勢をとっていることはあまり知られていない。このような国連の方針は、8月27日から29日にニューヨークで開催される国連主催の2000年平和サミット計画に暗雲を投げかけている。というのも、100名以上の宗教指導者が招待されているが、1989年ノーベル平和賞受賞者であり、アジア諸国、ヨーロッパ、アメリカ大陸の1500万人以上の仏教徒の指導者であるダライ・ラマが除かれているからだ。

ダライ・ラマが招待を受けなかったことは偶然の出来事ではなく、むしろ中国側を刺激しない国連側の計画的なやり方であったことは明らかである。残念ながら、この様な出来事は今に始まったことではない。

1993年6月、オーストリア政府はウィーンでの国連世界人権会議にダライ・ラマを招待したが、中国政府の圧力の下、後に国連はダライ・ラマの招待を中止。また、その他のチベット関連行事をプログラムから外した。結果、14名のノーベル平和賞受賞者が開会式をボイコットするという抗議行動が起きた。その直後、オーストリア政府が仲介し、非政府組織団体(NGO)はダライ・ラマがNGOフォーラムで講演できるよう満場一致で決めた。しかし、さらにダライ・ラマの重要な政府レベルの会議出席は禁止されたままだった。

1995年、国連は、北京で開催された「第4回世界婦人会議」チベット人NGO全ての参加申し込みを蹴った。同様に、公式の国連会議でもチベット人NGOは参加を拒否され、その結果、人権擁護の為設立されたはずの国際機関ではチベット人の発言権が失われている。

国連設立50周年記念出版の「ア ヴィジョン オブ ホープ」の寄稿原稿に、作家リチャード・ロッシュはダライ・ラマの短い言葉を引用した。国連側はロッシュに別の引用に代えるよう要請。なぜなら(言わずもがな)国連はチベット問題に関与したくなかったから。ロッシュはその要請を断る。そして「ア ヴィジョン オブ ホープ」の他15名の寄稿者たちは(国連の)「検閲及び知的浄化」を糾弾、寄稿を取り消すと迫った。それでも、国連編集側はダライ・ラマの言葉の引用を削除して「ア ヴィジョン オブ ホープ」を出版したのである。

1999年3月、国連「女性の地位」委員会は、チベット系カナダ人女性であるロプサン・ラブギーが国連アジア地域委員団の前で証言を行うことを禁止した。ラブギーは国連承認のNGOの代表者だったが、国連は彼女に民族遺産についての発言権を与えなかった。国連側によれば、明らかにチベット人とわかる名前を持つラブギーが証言することは中国側を激怒させる可能性があるからだという。これに対して、40ものNGO団体が抗議の文書を送った。そして、ラブギーが発言を許されたのは、メディアが大きくこの件を報道した後のことだった。

チベット問題に関与しないという国連の方針は世論の反感を呼び起している。そして、国連2000年平和サミットの主催者であるアナン国連事務総長宛に、ダライ・ラマがサミットに出席できるよう何百通もの手紙が送られたが、現時点でアナン国連事務総長からの回答は出ていない。


カナダチベットコミッティー代表、元チベット亡命政権議会議員
トゥプテン・サムドゥップ

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