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米上院議会、 ラサ蜂起を記念する決議案を採択
ダライ・ラマと中国首脳部との折衝を要求

2000年3月10日
ワシントン

米上院議会は、「チベット記念日(TIBETAN DAY OF COMMEMORATION)」を制定する為、「上院第60案」 を通過させ、1959年3月10日に起きたチベット民族蜂起の41周年記念日を際立たせた。この決議案はまた、中国とダライ・ラマの間で、チベットの状況の平和的折衝を行うよう中国側に要求している。

「上院第60案」は、週末のために休会される前に、満場一致で採択された。主要な発起人であるコニー・マック上院議員は、「チベットを守るため苦闘した87,000名以上のチベット人」と「チベット自由化の望みを抱きつづける600万人のチベット人と、数万人にのぼる故郷チベットへ戻ることを願っている亡命チベット人」について述べた。マック上院議員はまた、中国国家主席江沢民とともにチベット問題を公に取り上げたクリントン大統領に、残り数ヶ月の在任期間で、「ダライ・ラマと中華人民共和国との間で折衝交渉が始められるように何か出来ることを行うよう」促した。

ICT(インターナショナル・キャンペーン・ファオ・チベット)は、米上院議会1部のこうした最近の活動を歓迎し、Bhuchung Tsering ICT理事は、「これが、チベットのための解決策である非暴力を放棄せずにダライ・ラマ法王の(中道)アプローチを支持するよう、チベット人を力づけてくれるものになれば」との希望を表した。

以下は、マック上院議員の上院での意見と「上院第60案」の全文

◆◆ 「上院第60案」 ◆◆

ラサ蜂起(the Lhasa Uprising)41周年記念において、チベット民族の苦境を認識し、チベットにおける状況に平和的解決を得る為に中国とダライ・ラマの間での真剣な折衝を要求する決議案

  • 1949年〜1950年、新しく創立した社会主義国家、中華人民共和国は、チベットを侵略するために軍隊を派遣。 チベット軍は装備が不充分のうえ、兵隊数で中国に劣り、中国の人民開放軍はチベットの防衛を圧倒した。
  • 1951年5月23日、中華人民共和国と交渉する為に首都ラサから北京に送られたチベット代表派遣団は、中国側が作った「チベットを中国に編入するがチベットの政治的、文化的、宗教的制度は保たれる」と誓言した17か条協定を受け入るように強要された。
  • 1951年〜1959年の期間、17か条協定に含まれていたチベットの自治権を保証することを中華人民共和国は果たさず、チベットの社会主義化を賦課し、蔓延した圧制と残忍な行為を引き起こす事になった。
  • 1959年3月10日、ダライ・ラマ暗殺を恐れたラサの人々がダライ・ラマの宮殿を囲み、常置の警備を組織し、中国のチベットからの撤退とチベットの独立を求めた。
  • 1959年3月17日、ダライ・ラマの宮殿の壁で2つの迫撃砲弾が爆発後、夜のうちにダライ・ラマは変装して避難、17か条協定を拒否した。その2週間後、ダライ・ラマは、国境を越えインドに亡命した。
  • 1959年3月10日に始まる「ラサ蜂起」の期間中に、87,000名のチベット人が殺され、検挙され、または強制労働所に送られ、インドへ避難を試みたチベット人数千のほんのわずかな割合だけが、中国軍の攻撃、栄養失調、寒気、病気などのなか生き延びることができた。
  • 過去40年間、亡命中のダライ・ラマは、チベット人自身がチベットの未来を決められるような方策を模索し、活動を続けた。こうした努力が認められ、1989年にノーベル平和賞を授与された。
  • 中華人民共和国政府とダライ・ラマまたはその代理者との間での本質的な会談を支持することが、米合衆国の政策である。
  • 米国務省による1999年度人権状況報告書は、「中国政府当局は、チベットにおいて深刻な人権侵害を続けており、拷問、独断的な逮捕、公の裁判を経ない拘禁、政治的または宗教的見解を平和的に表現したチベット民族主義者の長期拘留などの実例が含まれる」と示唆。
  • 1997年6月27日、中国国家主席江沢民は、クリントン大統領との記者会見において、「ダライ・ラマがチベットを譲渡不可な中国の1部であり台湾が中国の1つの省であると認めるならば、折衝への扉は開かれている」と発言した。
  • ダライ・ラマが折衝による解決を見出すことができるよう米合衆国と個々の政党が努力したことは、全て失敗に終わった。
  • ダライ・ラマは、独立を求めているのではなく、1979年に?小平が発表した枠組み内での折衝解決模索に専心していることを明確に述べている。
  • 中国は、「市民及び政治的権利に関する国際規約」と、「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」に署名したが、批准を怠っている。

以上の状況を鑑み、米上院議会は次の通り判断を下した。

  • ラサ蜂起(チベット民族蜂起)に犠牲になり、苦しみ、亡くなったチベット人を正式な記念する日として、また自らの将来を決定するというチベット人が本来所有している権利の確約として、2000年3月10日をチベット記念日゛Tibetan Day of Commemoration゛とする。
  • 2000年3月10日は、ダライ・ラマまたはその代理人と中国・チベット双方が納得する平和的解決が得られるまで真剣な折衝交渉を持つよう、中華人民共和国政府に対して、米合衆国の大統領、連邦議会、政府役人などが再び呼びかける機会となるべきである。
◆◆ コニ—・マック米上院議員の発言 ◆◆

「大統領、『上院第60案』は、2000年3月10日をチベット記念日゛Tibetan Day of Commemoration゛とします。これは1959年3月10日、中国の人民解放軍によって87,000名のチベット人が殺され、拘引され、強制労働所へ送られた、ラサ蜂起(チベット民族蜂起)の41周年を印すものです。それゆえに明日、我々は、チベットを守るため苦しい戦いに果てた87,000名以上のチベット人に哀悼の意を表します。また、チベット自由化への望みを抱きつづけ生活している600万人のチベット人、そして故郷チベットへ戻りたいと望む数万人の亡命チベット人を称えます」

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