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ダライ・ラマをチベットの統治者に

2000年11月27日
スウェーデンの雑誌「ミリオマガツェイネット」より

欧州議会スウェーデン議員ペール・ガートン寄稿

ペール・ガートン議員

ペール・ガートン議員

何か良い結果が期待できない限り、天安門広場の「屠殺人」の異名を持つ李鵬と握手を交わそうなどと思う者はまずいないであろう。

私が李鵬と握手したのは、全国人民代表大会の中国議会対応委員会の議長である彼から、欧州議会の中国訪問代表団長として私が歓迎を受けたときである。

ご存知の方も多いだろうが、李鵬は首相の座を朱鎔基に渡す必要に迫られた。しかし、李鵬は中国において未だに権力の中枢を握る一人である。今回の機会を利用して、私が昨年の夏、ストックホルムでダライ・ラマに謁見したときに告げられた内容を李鵬に伝えることにしたのは、そのような事実に拠るものであった。

李鵬は、例のごとく直ちにでたらめを語り始めた。
「ダライ・ラマは分離主義者であり、中国からチベットを独立させようとしている。ダライ・ラマは、40年以上も前に中国の 『民族解放者』によって崩壊させられたラマ僧支配の古い奴隷社会を再びつくろうと躍起だ」

これに対し、私は以下のように反駁した。
「しかしダライ・ラマは、独立ではなく自治を目指している。ストックホルムでダライ・ラマは、国境線の管理、軍事、外交、そして総合的な経済政策を中国に任せたいと真摯な願いを明らかにしている。また、チベットの近代化には中国の助けが必要であるとも語っている。だからあなたの考えは誤りである」

李鵬は、私の主張を聞いて非常な苛立ちを隠さなかった。また、私が次のような提案を口にしたとき、彼はショックの余り言葉も出ないようだった。 「なぜダライ・ラマを試そうと思わないのか。ダライ・ラマにチベット自治区の統治を任せたらよいのではないか。ダライ・ラマがそのような提案に応じないときには、彼自身が国際世論にどう言い訳したらよいか困ることになるだろう。もし彼が提案に応じたときには、世界で中国の評判を最も損ねている問題をあなた自身が解決したことになるだろうに」

私がこのようなことを言ったとたん、李鵬、鄒副議長、そして全国人民代表大会欧州連合担当委員会の朱女史の間で盛んな論議が始まった。興味深かったのは、李鵬が私の提案をまったく不可能なものとして切り捨てはしなかった、ということである。その代わりに李鵬は、私が伝えた提案を考慮するための多くの条件を持ち出してきた。その条件とは、ダライ・ラマが分離主義を捨てなければならないこと、中国の領土の保全、ならびに中国の憲法の承認、そしてインドのチベット亡命政権を廃止すること、である。

ダライ・ラマが、たとえば統治者としてチベットに帰還できるという合意のもとで、そのような条件を受け入れる可能性は大いにある、という私の印象を伝えると、李鵬はしばらく答えに詰ってしまった。そして、この件は充分に検討する必要がある、と癇癪を起こしたように言ったかと思うと突然、「その目で事実を見てもらうため」、EU代表団全員をチベット訪問へ招待すると言い出した。

細かな点だが李鵬の発言で興味深いのは、チベットが中国の一部であることをダライ・ラマは認めるべきだ、という中国お決まりの条件を繰り返さなかったことだ。もちろん、ダライ・ラマがこの条件をのむことはないだろう。ダライ・ラマがストックホルムで私に語ったことは、「実際、チベットは常に中国の一部であったという訳ではないのだから、こんな条件は歴史を歪曲することにつながるだろう」。ダライ・ラマはまた、「この問題の解決は歴史家たちに共通する解釈に委ねてはどうか」とも述べた。

しかし、中国はそんな解決をとっくに断念してしまったのかもしれない。

私が李鵬に会見した翌日、中国の主要なすべての新聞は、その一面に次のような見出しを載せた。

「李鵬、EU代表団をチベットに正式招待」

ダライ・ラマをチベットの統治者にするという私の提案については一言も触れられていなかった。

同日、私は多くの外国人記者が参加する記者会見に出席したが、そこに中国国営新華社通信の記者も姿を見せていた。そこで私は、「スペースの都合で掲載できなかった」残りの話を明日掲載してはどうか、と冗談めかして話してみた。彼はニヤリと笑い、きまりの悪そうな様子を見せたが、これをきっかけに私たちの会話が始まったのだった。

記者は、中国支配のせいでチベット人が経済的にも社会的にも非常に弱い立ち場に置かれているという話を私が本当に信じているかどうか尋ねてきた。私の返事は次のとおりである。

「いや、それは話の要点ではない。問題となっているのは自治、そして文化、信仰の権利だ。私は、中国軍の侵攻時にチベットが時代とは全く逆行した封建社会であったことはよく知っている。ダライ・ラマもこのことはよくわかっている。けれども中国軍がしたようなやり方で人々の解放を達成できるとは思えない。中国は、長い間中国を支配してきたのは数多くの外国人の君主であったことを理解すべきだ」

記者は、多少打ち解けた様子を見せると突然、ため息混じりにつぶやいた。
「そうだな。チベット人のダライ・ラマ人気にはすごいものがあるから」

その後、他の多くの中国人から語られた内容は同じであった。もちろん新華社通信は追加の記事を掲載しなかったが、私の提案についてはたくさんの中国人がすでに情報を得ていた。報道のルートは他にもある。たとえば、外国のラジオ局、一部が公開されている香港や台湾のメディア、そしてもちろんインターネットである。高い社会的地位にある男性は、数年前、ダライ・ラマの妹とチベットに行ったときのことを話してくれた。そこでは人々が地上に身を投げ出し彼女の足に口づけしたそうである。

こういった証言は、中国の政策は完全に誤った方向へ進んでいることを物語っているが、これこそが私の主要な論点なのである。ダライ・ラマがチベット以外の場所にいることの方が危険な状態なのである。ダライ・ラマがチベットの外にいる間はチベット人の理想、そして神話が絶えることはないだろう。そうなると中国は、国際社会の一員になりたいと思っているのに国際世論に負けることになる。

ダライ・ラマがチベットの内政統治者に就任し、チベット人の魂の救済のみならず彼らの将来を保証する責任を果たすなら、事態は少しずつ変化していくだろう。

オリビエ・デュピュイ

オリビエ・デュピュイ

帰国後、私は親チベット派のフランス革新党のオリビエ・デュピュイ国会議員の攻撃を受けた。デュピュイ議員は、私が中国を非難しなかったばかりか解決策を見出そうとしたことを咎め、欧州議会議員を辞職すべきだと要求した。実際には、中国人権擁護団体と法輪功が編纂した政治犯のリストは提出したのだが…。このリストは、中国人が欲しがるものではなかったが、それでも受け取ってはくれた。しかし、中国のような大国では、非難するだけでは何も始まらないのが現状だ。


ラインホルト・メスナー

ラインホルト・メスナー

帰国してから「グリーン・チベット」のチベット問題の第一人者である登山家ラインハルト・メスナ(エベレスト無酸素登頂、8000M級全峰全登頂などを達成した超人アルピニスト)とチベットの現状の確認を行った。ダライ・ラマの近しい友人でチベットには何度も赴いたことのあるメスナから、私は多大な協力を得ることができた。

チベット問題に突破口があるかどうか、私には分からない。けれども、私が話をした人々はみな、ダライ・ラマをチベットの統治者にするという私の提案に驚きを隠さなかった。サウスチャイナ・モーニングポスト紙は、この提案を誰が読んでも分かるような形で掲載し、海外の多数の外交官たちに意見を求めた。サウスチャイナ・モーニングポスト紙では、この提案は「素晴らしいが非現実的」と位置付けられた。

CNNアジアはこの提案に非常な関心を示し、生放送で私にインタビューまで行った。確かにこの提案に懐疑的であった人もいただろうし、非現実的に思えた人もいたであろう。けれども、北朝鮮と韓国の大統領の会見が行われるなど、会見の数ヵ月前に現実として考えられる人がいただろうか。また、イスラエル政府がアラファト議長を交渉相手として受け入れるまで、どれくらいの時間がかかったというのだろうか。時として事態は後退することもあるが、我々が生きているこの時代は、交渉において新たな局面を迎えているのである。遅かれ早かれ中国政府は、このことを理解する必要に迫られるであろう。

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