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中国政府 チベット統治に
また中国人(漢民族)を任命

2000年10月16日
インターナショナル・キャンペーン・フォー・チベット

中国共産党は、チベット自治区の官吏の最高責任者として、またしても中国人(漢民族)の政治家を選出した。今回もチベット人の選出が見送られた形である。チベットには「自治権」が認められているにもかかわらず、これまでにチベット人が自国の主権を握ったことはない。

中国政府が10月16日に発表したところによると、チベット自治区の中国共産党委員会の書記長職に就いている陳奎元の後任に郭金龍が選出された。郭金龍は、行政事務次官として1993年12月からラサに配属されている。チベット日報の中国語版によれば、陳奎元の退任が決議されたのは、9月26日のことである。

「今こそ新しい世代のチベット人、つまり文革の極左的政策やそれ以後の残酷なチベット鎮圧の歴史に関わっていない世代のチベット人が自国を統治するときである」と、インターナショナル・キャンペーン・フォア・チベット(ICT)の会長であるジョン・アカリー氏は述べた。チベットは、文革の指導者たちが現在も活動している、中国で数少ない地区の一つである。

郭金龍は、1947年に南京で生まれ、南京大学において物理学を学んだ後、1979年に共産党に入党し、四川省において様々な政治的地位に就くようになった。その後、事務次官として1993年にチベットに派遣された。チベット自治区には、郭金龍のほかに7人の事務次官がおり、そのうちの1人がライディ(中国名・熱地)である。彼は、チベット人として次期事務次官の最有力候補にあがっていた。

退任する党首の陳奎元は、情勢不安が続いているチベットを再建する目的で、1992年12月よりラサに配属されていた。「政治的安定」を回復し、これを維持することが彼の主たる任務である、と考える傍観者は多い。しかし、「政治的安定」とは、「分離主義活動の撲滅」と同意義で用いられることが多い語句であることを忘れてはならない。その後、陳奎元は、いくつかの策を講じたが、その策とは、チベット人のアイデンティティーや独自の民族性を徐々に失わせることが目的であり、あまねく行われた。「チベット仏教は外国の文化である」との彼の発言はとくに有名である。これまでラサに派遣された中国人の上級官吏の中でも彼がとくに嫌悪されたのは、こういった言動が原因といえる。

近年陳奎元は成都に居住しており、ラサで過ごすことはほとんどなかった。カルマパ17世がインドに脱出したという事実が、チベットでの彼のキャリアにおける最後の汚点であるといえよう。次の事務官に誰が任命されるのか、という噂が何ヶ月も前から流れている。現在、陳奎元は次の配属先である河南省において事務次官を務めている。

チベット亡命政権は、チベット自治区の党首交替を歓迎している。チベット亡命政権の首席大臣カロン・ソナム・トプギャルは、「こういった中国側のチベットへの対応は、前向きな姿勢の表れであるとよいのだが」と、ボイスオブチベット・ラジオフリーアジアのチベット語放送の中で語った。

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