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中道のアプローチ(UMAYLAM)― チベット民族の真の自治

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中道のアプローチ 年表

このタイムラインは、全体を網羅するよりも、中道のアプローチの歴史に重要な個所に焦点を当てたものです。

1949 中国人民解放軍がチベットに侵攻、チベット統治を開始。
1951-1959 1951年、中国政府が「チベット平和解放のための措置に関する十七条協定」への署名をチベット側代表者に強要。中国政府はこの協定の内容を遵守せず。
1959 1950年代後半にチベット各地で民衆の暴動が続発。1959年3月、チベット自治区首都ラサでチベット蜂起が勃発した。中国軍は鎮圧にあたり、7ヶ月で87,000人のチベット人が死亡。中国軍の侵攻から逃れて約8万人のチベット人がダライ・ラマ法王に続いてヒマラヤ山脈を越え、インド、ネパール、ブータンに亡命。
1959-1974 インド政府の支援により、ダライ・ラマ法王はインド北部に亡命の拠点を設置。最初の拠点ムスーリーから、後にダラムサラに移転、中央チベット政権(CTA)が発足。その後数年にわたりダライ・ラマ法王ならびに中央チベット政権の支援により、亡命チベット人たちが世界各地で独自の社会を形成。この期間に国連総会は1959年、1961年と1965年にチベット問題について3件の決議を採択した。
1974 亡命後15年が経過、チベットの状況やチベット民族の困難を緩和する必要に迫られることを考慮され、ダライ・ラマ法王はチベット問題解決のための相互に有益な解決案を模索された。カシャック(中央チベット政権内閣)、チベット亡命議会(TPiE)の指導者ら、チベットに関する信頼できる有識者らと協議を重ねられた。中国からの分離ではなく、「中道」の自治政策を求める内部決議が採択された。この政策は中道のアプローチ(チベット語でUmaylam)として知られるようになる。
1979 中国最高指導者鄧小平は、「独立以外なら、すべての問題は議論の余地がある」として、ダライ・ラマ法王との会談を提案する。中道のアプローチが既に採択されていたため、鄧小平には前向きな回答が送られ、その後ダラムサラと北京間の長い接触と議論が始まる。
1979-1985 中国は1979年8月、1980年5月に、1980年6月、1985年6月の4回にわたって調査団の派遣を受け入れ、調査団が地元チベット人らに歓迎される。調査団が訪れたのは、ウー・ツァンのラサ、シガツェ、ローカ、コンポ・ニントリ、サキャ、ルツェ、ツォナ、ツェサン、ギャンツェ、チョコーギャル、サンガチョーリン、ヤルトク・ナカルツェ、アムドのカンホ、シリン、ゴロク、マルホ、ンガバ、ゾーゲ、カムのナグチュ、チャムド、デーゲ、カルゼ、ニャロン、ギャルタン、マーカム。1982年と1984年には、中国指導部がダラムサラからの使節団と北京で会談した。1985年の調査団の後、中国は調査団の受け入れを拒否した。理由は伝えられていない。
1987 ダライ・ラマ法王は、米国議会人権委員会において五項目の和平プランを発表、中国政府に対して中道のアプローチに基づく本格的な交渉を開始するよう提唱。
1987-1989 1987年、ラサで大規模な平和的な街頭抗議が発生、中国軍が武力で鎮圧。弾圧と逮捕の波が新たに起こる。平和的な抗議が続いたが、その後中国は1989年3月にラサで戒厳令を宣言。
1988 ダライ・ラマ法王が、欧州議会においてストラスブール提案を発表し、五項目和平プランを説明。9月に北京はチベットと交渉する意思を表明、ダライ・ラマ法王が交渉の日程と会場を決めてよいと述べた。北京の意欲を歓迎し、ダラムサラは6名のチベット交渉団を発表する。交渉開始前、中国政府はかつての強硬姿勢に戻り、ストラスブール提案を基盤にした交渉はできないと表明。
1989 ダライ・ラマ法王が、寛容と相互の尊重のアプローチに基づくチベット問題の平和的解決を提唱したことでノーベル平和賞を受賞。
1992 ダライ・ラマ法王が、ダライ・ラマ法王、ストラスブール提案は中国政府からの肯定的な回答がないため無効とすると宣言。
1993 北京がダライ・ラマ法王の度々の外交提案に応じず、中国政府との正式な接触は14年で終結する。翌年の1994年、北京は第三回「チベットワークフォーラム」を開催、チベットに対する強硬政策を採択。それまでのフォーラムでのより開かれた政策から大きく変化した。
1994 北京の姿勢の変化を受け、ダライ・ラマ法王はチベット民族社会に中国との今後の交渉についての世論調査の実施と、チベット民族の自由への戦いの流れを変えることを提案。
1997 1997年9月、予備的な世論調査の結果と、チベット民族のダライ・ラマ法王に対する深い信頼を反映して、チベット亡命議会は、今後の中国チベット問題に関する決定はダライ・ラマ法王にすべてゆだねることが全会一致で決議された。チベット亡命議会はさらに、ダライ・ラマ法王のいかなる決断もチベット民族全体の投票結果と同等としてみなされることを決議した。
1998 3月10日のチベット民族蜂起39周年記念日の席上で、ダライ・ラマ法王は公式声明として前年の決議に触れられ、自らに寄せられたチベット人民からの信頼と希望に謝意を述べられ、中道のアプローチへの決意を再度語られた。
2001 ダライ・ラマ法王が欧州議会の本会議で対話の再開を求めて発言された。
2002 中国との対話が再開する。中道のアプローチに基づく、その後9回にわたって行われる協議の第1回目が、ダライ・ラマ法王の特使団と中国政府の代表団が会して、2002年9月に北京で開催される。第2回目が2003年5月、6月に北京で、第3回目が2004年9月に北京で、第4回目が2005年6月、7月にスイスのベルンで、第5回目が2006年2月に中国の桂林市で、第6回目が2007年6月、7月に上海と南京で、非公式会談が深セン市で、第7ラウンドが2008年6月、7月に北京で、第8回目が2008年10月、11月に北京で、第9回目が2010年1月、2月に湖南省と北京で開催された。
2008 2008年上半期に前例のない広範囲の抗議がチベット全体で発生。2008年7月の中国政府との交渉の第7回目で中国の交渉担当者はチベット指導部にチベットが求める自治の内容を書面にするよう求める。チベット民族の真の自治に関する草案は、同年10月から11月に開催された会談の第8回協議開催中に提示された。この草案はチベット民族の真の自治が中国の憲法と区域民族自治法の枠組みの中でどのように執行されるかが記され、中華人民共和国内のチベット民族の単一行政の運用、自治の性質と構成、チベット民族の十一項目の基本的な要求事項が記されている。中国指導部は草案には「大チベット」や「高度な自治」「ひそかな独立」「姿を変えた独立」が見られるとしてこの提案を却下した。
2009 チベット人が中国政府の継続的なチベット占領や政治弾圧、宗教迫害、文化的同化、チベット人に対する経済的疎外、環境破壊に対して焼身抗議を始める。自らの命を犠牲にしながらダライ・ラマ法王のチベット帰還とチベット民族の自由を訴え続ける。
2010 草案に対する中国政府の懸念や異議に対処するために、チベットの指導部は第9回目の協議でチベット民族の真の自治に関する草案への覚書を提示する。草案と覚書には、チベット民族の真の自治は、中国の憲法、領土保全と主権、三つの遵守原則[*1]、中国中央政府の階層と権威といった中華人民共和国の枠組みの中でどのように実施されるか記載している。覚書ではさらに、単一の行政を尊重しながら中国政府が提起した政治的、社会的、経済的システム、公安、移民制限の条令の制定、言語、宗教など、特定の問題に対処している。中国政府は再び提案を拒否する。
2011 2011年7月にバラク・オバマ大統領とダライ・ラマ法王との対談後、ホワイトハウスはダライ・ラマ法王の非暴力と中国との対話、中道アプローチへの取り組みを称賛し、中国側に長期にわたる問題への解決のために直接対話に臨むように奨励、実りのある対話により中国、チベット民族双方に良い結果になると表明した。ロブサン・センゲ主席大臣が率いるチベット側指導部は中道のアプローチに対する取り組みを一層強化し、ダライ・ラマ法王使節団と中国指導部代表団との対話のみが前進する道であると明言した。
現在 2009年からこれまでに、チベット内で138件の焼身抗議が発生。ダライ・ラマ法王特使団と中国指導部対話は停止したままである。一方、米国、欧州連合、フランス、日本、オーストラリア、ブラジル、ニュージーランドを含む多くの政府が実行可能かつ合理的な方法として対話プロセスを支持している。チベット内の状況が悪化し、焼身抗議者数が138名を超えた今も、中道のアプローチへのチベット民族の取り組みは揺るぎない。チベット民族は平和と正義を信じる多くの中国人を含む国際社会からのますます増加する支持を得てこの政策を遂行していく。
  • [*1] 中央政府が定めた三つの遵守原則は、(1)中国共産党の指導、(2)中国独自の社会主義、(3)区域民族自治体制。

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