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パンチェン・ラマ11世ゲンドゥン・チューキ・ニマ強制失踪25年目の国際陳情


チベット亡命政権 情報・関係省 国連欧州連合・人権担当提案

  • 中国政府に対して、独立した実情調査団がゲンドゥン・チューキ・ニマとその両親に面会することがきるよう強く求め、検証可能な情報と明確な証拠に基づいて実際の状況を究明する。
  • 中国政府に対して、パンチェン・ラマとその両親を無条件で速やかに解放し、パンチェン・ラマがタシルンポ僧院に帰還して、宗教的指導者としてのきわめて重要な役割を果たすことができるよう強く求める。
  • 中国政府に対して、チャデル・リンポチェをはじめ、政治犯として拘束されているチベット人を全員釈放するよう強く訴える。
  • 中国政府に対し、信仰の自由を順守している証として、チベットにおける信仰の自由を保証するとともにパンチェン・ラマ11世を解放するよう強く求める。
  • あなたの国の政府などに対して、目に余る人権侵害を商業や産業によって覆い隠すことはできないことを中国政府にわかりやすく伝えてもらうよう呼び掛ける。

注記:従来、私たちが「チベット」と言うときには、アムド、カム、ウ・ツァンの3域を含む広域を指しますが、中国による侵攻後は、チベット自治区、四川省・青海省・甘粛省・雲南省のチベット自治区郡県に分割されています。

はじめに

中国が不法にチベットを占領して以降、60年以上にわたって、チベットの人権状況は深刻化しています。中国は、国連憲章をはじめとする国際的な条項に人間の普遍的権利として掲げられている人権を有する国になることはできませんでした。中国政府は自国の法律や憲法を順守しておらず、国連事務局やさまざまな国の政府がチベット人の自由と人権を尊重するよう求めても、応じることはありませんでした。そうしたなか、多くの政府や国連の委任を受けた専門家たちが一貫して繰り返し表明してきた懸念のひとつが、1995年5月17日に中国当局によって拉致されたまま行方がわからなくなっているチベットのパンチェン・ラマ11世ゲンドゥン・チューキ・ニマの安否です。

今年、ゲンドゥン・チューキ・ニマは31歳になります。また今年で、強制失踪から25年になります。つまり最後にニマ少年の姿が確認されてから、25年もの長い年月が流れたのです。


パンチェン・ラマ11世ゲンドゥン・チューキ・ニマの強制失踪と人権問題

チベットのパンチェン・ラマ11世として認定されたゲンドゥン・チューキ・ニマは、1989年4月25日に父クンチョク・プンツォクと母デチェン・チョドンの息子としてナクチュに生まれました。1995年5月14日、ダライ・ラマ法王は、インドのダラムサラで行なわれた式典の中で「ゲンドゥン・チューキ・ニマは、パンチェン・ラマの真の転生者である」と発表されました。

その数日後の5月17日、ゲンドゥン・チューキ・ニマとその家族は中国政府によって拉致され、外部との接触が断たれた強制失踪の状態に置かれています。これは国際的な人権基準も、中国の法規制も完全に無視した行為です。ゲンドゥン・チューキ・ニマが「消えて」しまってから、その姿を見た人はひとりもいません。中国政府は、6歳の少年が隔離状態にあるのは彼自身のためであり、両親の希望とも一致していると主張しました。

多くの国連加盟国や人権専門家たちがパンチェン・ラマ11世ゲンドゥン・チューキ・ニマの事件を重要な問題として取り上げてきました。最初にこの事件を取り上げたのは「子どもの権利委員会(CRC)」で、1996年5月にスイスのジュネーブで開催された国連の「第1回中国に関する定期レビュー」の中でのことでした。同じく1996年には、「強制的・非自発的失踪に関する国連作業部会(WGEID)」もこれを取り上げました。

当初、中国政府はゲンドゥン・チューキ・ニマとその両親の拘束を否定していました。強制的・非自発的失踪に関する国連作業部会(WGEID)が中国政府から受け取った1995年6月20日付けの返答には、「パンチェンの転生児の家族が誘拐され、失踪したという事件は発生していない。このような失踪の話は、ダライ(ラマ)集団の政治的意図による単なるでっちあげである」と報告されていたのです。

1996年の定期レビューでは、スウェーデン出身で子どもの権利委員会(CRC)のトマス・ハマーベリ氏も「チベットの問題について建設的な提言を行なうための、第三者による実状調査団の訪問を中国政府に受け入れてもらえないか」中国の代表者に尋ねました。ポルトガル出身でCRCのサントス・パイス氏も懸念を表明し、「中国当局は、パンチェン・ラマの転生者としてチベット人が選んだ少年が隔離状態に置かれていているのは彼自身のためであり、両親の希望と一致していると言うが、どうやってそれを確かめることができるのか」と中国の代表者に質問しました。

また、子どもの権利委員会(CRC)は「次のパンチェン・ラマとしてダライ・ラマが選んだ少年の安否を憂慮するとともに、すべてのチベット人の子どもたちのことを懸念している」と述べました。以来、CRC は繰り返し懸念を表明し、パンチェン・ラマ11世の健康状態や居所に関する情報を中国政府に求めてきました。

2005年、「第2回中国に関する定期レビュー」において提起された疑念に対する答えとして、中国大使は「ダライ・ラマによるパンチェン・ラマの任命は違法である。少年はごく普通のチベット人であり、健やかに、ごく普通に中国で暮らしている」と国連の沙祖康(シャ・ズカン)氏に伝えました。それから何年にもわたって、中国はこの主張を繰り返してきました。

信仰の自由に関する国連特別報告者もまた、中国側のパンチェン・ラマ転生者探索委員会の委員長を務めたチャデル・リンポチェの恣意的逮捕の取り下げと、ゲンドゥン・チューキ・ニマの幸福を繰り返し中国に求めてきました。チャデル・リンポチェが逮捕されたのは、ゲンドゥン・チューキ・ニマが次のパンチェン・ラマになることをダライ・ラマ法王が布告してからわずか数日後のことでした。そしてニマ少年の失踪からおよそ2年になろうとしていた1997年4月21日、チャデル・リンポチェは「国家分裂謀議」と「国家機密漏洩」の罪で7年間の禁固刑を宣告されたのです。

中国政府は2007年7月の返答の中で、「ゲンドゥン・チューキ・ニマはごく普通のチベット人の青年である。健康状態は非常に良く、ごく普通に幸せな暮らしを送っており、優れた教育としつけを受けている」と主張しました。

2013年、中国の代表者は「ゲンドゥン・チューキ・ニマは、中国人の一般市民と同じように暮らしている。彼は中国で義務教育と高等教育を受けており、健やかに、ごく普通の人生を送っている。彼とその家族は、第三者による立ち入りを望んでいない」と子どもの権利委員会に伝えました。

2019年9月2日、中国政府は通常の返答に加えて、ゲンドゥン・チューキ・ニマの新たな情報を伝えてきました。「個人的な努力の結果、彼は大学へ行った。目下、仕事も見つけている。仕事に専念し、外部の干渉なしに静かに暮らしたい、と彼は言っている」。この返答には、さらに次のような主張もありました。「ダライ・ラマがゲンドゥン・チューキ・ニマをパンチェン・ラマ11世として認定したことは違法である。中国政府は、これ以上国際社会がゲンドゥン・チューキ・ニマをパンチェン(ラマ)とみなさないことを期待する」


まとめ

チベットのパンチェン・ラマ11世ゲンドゥン・チューキ・ニマの強制失踪が発生してから、そして強制的・非自発的失踪に関する国連作業部会(WGEID)が強制失踪番号22868の事件として解決に着手してから24年の年月が経ちました。国連をはじめとする国際社会の度重なる要請にもかかわらず、1995年以降、中国政府がゲンドゥン・チューキ・ニマの状況を明らかにすることはありませんでした。

中国政府は、独立した専門家がゲンドゥン・チューキ・ニマと彼の両親に会うことを許可して、中国政府が提供した情報が真実であることを確認してもらわなければなりません。チャデル・リンポチェの安否についても、独立した専門家に確認してもらわなければなりません。

つきましては、国連加盟国ならびに国連の人権専門家の皆様には、中国政府に対し、チベットのパンチェン・ラマ11世ゲンドゥン・チューキ・ニマの強制失踪について引き続き提起いただくとともに、ゲンドゥン・チューキ・ニマが無事で満足のいく状態にあることを確認するための独立した専門機関の訪問を認めるよう、中国政府に強く求めていただきたいと思います。



パンチェン・ラマ・ゲンドゥン・チューキ・ニマの強制失踪事件から25年

(翻訳:小池美和)

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