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チベット仏教ニンマ派高僧トゥルシック・リンポチェによる
「37の菩薩の実践」Part5

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アティーシャと帰依の教え

その昔、チベットの古代王朝の王ランダルマは出家者に 嫉妬するあまり破仏を行い、チベットの仏教はすっかり衰えてしまいました。その後、西チベットの王家のイシェー・ウーとチャンチュプ・ウーの尽力によって、インドのヴィクラ マシーラ僧院に住していた学僧アティーシャをチベットに招請し、それによってチベットの仏教復興にはずみがついたのです。チベットにやってきたアティーシャは、不純なものが混じったチベット仏教を浄化しました。アティーシャは仏教の基礎となる帰依がいかに素晴らしいかを説き、帰依の教えばかり授け続けたため、ゲシェー・キャムドゥワ(帰依 博士)の渾名がついたほどでした。アティーシャ自身は経・律・論の三蔵に通じた学者であり、またへーヴァジュラの化身ともいわれたほど密教に精通したヨーガ行者でしたが、84000の教えのなかで、帰依ほど尊い教えはないとして、密教の教えは秘して、ひたすら帰依のみを教え授けたのです。

今なおチベットのニェタンには、アティーシャのお堂であるドルマ・ラカンがあります。このお堂は文化大革命の際、中国人の手によって危うく破壊されるところでしたが、バングラデッシュ政府が介入してくれたおかげで(アティーシャはベンガル人で現在のバングラデッシュの出身となる)ようやく破壊されずに済んだのです。

帰依に精進すれば、病や魔物の障りに遭うことなく、死後も地獄・餓鬼・畜生といった三悪趣に生まれ変わるおそれはなくなります。さらに将来仏の境地を得るための因となるのも帰依の行なのです。

上士・中士・下士の帰依

帰依をするなら、自利のために帰依するのであってはなりません。独覚乗や声聞乗の帰依ではなく、大乗仏教の帰依を行えば、仏の境地に至るための速やかな道に入ることになります。

帰依にも上士の帰依・中士の帰依・下士の帰依がありますが、時間があまりないので、ごくさわりだけ述べましょう。

下士の帰依

来世を三悪趣に生まれることを怖れて、帰依を行うのが下士の帰依です。地獄には紅蓮の炎で焼かれる八熱地獄や凍るような恐るべき寒さに苦しめられる八寒地獄の苦しみがあります。こうした地獄に転生する原因は三大煩悩の中のひとつ怒りの心です。餓鬼の世界に転生する原因は貪りの心を起こしたことです。私たちは一日食べずにいるだけでも、腹が減ってどうしようもなくなります。しかし一旦餓鬼の世界に転生したなら、一生かけても食べ物を見つけることが出来ず、ようやく水を見つけたと思ったら、水ではなく血や膿だったという苦しみを味わいます。畜生(動物)の世界の苦しみなら、私たちがこの目で見て知っています。三大煩悩の中の無知が原因で私たちは畜生に転生するのです。こうした三悪趣の苦しみを知ることが、下士の修行の入口ともいえるのです。

お釈迦様は初転法輪の際に四つの聖なる真理(四聖諦)を説かれました。その最初のものが、苦にまつわる真理です。ならばこうした苦の原因はどこにあるのでしょう。苦の因は、自らがおかした不善の行為です。不善の行為の代表的なものが、十の不善の行為です。十の不善の行為とは――

  1. 殺生
  2. 盗み
  3. 邪淫
      -- これらは身体においておかす不善の行為です。
  4. 両舌(仲たがいさせるようなことを言う)
  5. 悪口
  6. 綺語(戯言をいう)
      -- これらは言葉においておかす不善の行為です。
  7. 貪りの心を起こす
  8. 危害を加えようという心を起こす
  9. 邪見を起こす
      --これらは心においておかす不善の行為です。

身体や言葉の不善の行為に比べると、心による不善の行為は最も悪しき行為です。邪見は三煩悩の中の無知に起因するもので、因果法則も仏の境地もないなどと主張することです。邪見は心のおかす不善の罪の中でも最も悪いものと言えます。

これら十の不善の行為をおかした結果、私たちは三悪趣に生まれ変わるのです。
三悪趣の苦しみを知り、それを幾度となく想起するうちに、輪廻の世界から脱しようという決意(出離)が生じます。この決意が生じたところで、正しい修行の道に入ることが できるのです。これまで私たちは輪廻の世界から脱出しようという決意(出離)がなかったがゆえに、菩提(悟り)の境地を得ることができずにいたのです。この決意を得るための方便として、三悪趣の苦しみを知るのです。

カタムパの善知識(高い徳性を備えた人)ランリタンパ(glang ri thang pa 1054年1123年、ポトワの弟子で、「心を訓練する八つの詩頌」などを記した。1093年にランタン僧院を建立)は、三悪趣の苦しみを瞑想するあまり、一度を除いて生涯笑うことがなかったといいます。一度だけ笑ったのは、マンダラの中にあるトルコ石を2匹のネズミが取り合いをする姿を見た時だけでした。このように三悪趣の苦しみを瞑想すれば、輪廻世界から 脱出しようという決意が生じるものなのです。十の不善を制止するのは、十善です。
十善とは――

  1. 生きとし生けるものの命を救う>
  2. 執着を捨て布施をする
  3. 邪淫をおかさない
      -- 以上三つは身体において行う善なる行為です。
  4. 嘘をいわず真実を語る
  5. 人の仲を取り持つことをいう
  6. 人の徳性を褒め称える
  7. 意味のあることをいう
      -- これらは言葉において行う善の行為です。
  8. 貪りの心を起こさない
  9. 危害を加えようという心を起こさない
  10. 邪見を起こさない
      -- これらは心において行う善の行為です。

来世、人や天界の住民に転生することを期待する下士(最も低い動機をもって修行する人)は十善をなしていくようにしなければなりません。
中士(中程度の動機をもって修行する人)は、それに加えて、止観や禅定を行い、心の本質に住する修行を行うことで、声聞や独覚の悟りの境地である阿羅漢の境地に至ることができます。
ただ私たちは上士(最高の動機をもって修行する人)の道を、菩提心の基づく修行の道を歩む必要があります。菩提心にも世俗の菩提心と究極の菩提心の二つがあります。世俗の菩提心を起こす方法のひとつが、マイトレーヤから アサンガに伝えられた「因果の七つの教誡」です。「因果の七つの教誡」の各段階をおって修行することで、私たちは世俗の菩提心を得ることができます。

「因果の七つの教誡」とは――

  1. 生きとし生けるものを母と知る
  2. その恩を知る
  3. その恩に報いようと決意する
  4. 慈しみの心
  5. 大いなるあわれみの心
  6. 増上意楽(大いなる利他の心)
  7. 菩提心

また究極の菩提心は、止観の瞑想によって得ることができます。

自己愛を捨てる

大乗仏教の修行をするさい、最も大切なことは、自己愛を捨てることです。私たちは自分をこよなく大切に愛し、大切にします。私たちはこうした自己愛を捨て、他者を慈しむことをおぼえなくてはなりません。ランリタンパの「心を訓練する八つの詩頌」の中に

他人が嫉妬から
ののしり、あざけるなど私を酷い目にあわせても
自らあえて負けをひきうけ
勝利は他人に捧げることができますように
という一節があります。こうした修行をすることで菩提心が生じるのです。

帰依にまつわるアドバイスをまとめると以下のようになります。小乗仏教の帰依にまつわるアドバイスの基本は「他の生きものを傷つけてはならない」です。大乗仏教の帰依にまつわるアドバイスは「利他行をなせ」です。
利他の心があるならば、一見不善の行為にみえても、善の行為となります。さらに密教の帰依もあるのですが、それについてはまたの機会にしましょう。


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