ダライ・ラマ法王

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広島国際平和会議「人の未来を考える」広島から世界へ発信された平和のメッセージ

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2006 Hiroshiama International peace summit

2006年11月2日文/北澤杏里写真/今井紀彰

広島に集った3名の平和活動家


「この世からすべての苦しみをなくしたい」。この思いのもと、2006年11月1日・2日、広島国際平和会議が広島市で開催され、3名のノーベル平和賞受者たちが招かれた。亡命生活を強いられながら、愛と非暴力によってチベット問題を解決しようとするダライ・ラマ法王。南アフリカの人種隔離政策アパルトヘイトを撤廃させ、人種間の和解に務めるデズモンド・ツツ大司教。北アイルランドの独立闘争のさなか、目の前で3人の子供たちが殺されたことに衝撃を受け、紛争地の子供の安全を守るために立ち上がったベティ・ウィリアムズ女史。彼らは名実共に、世界の最前線で平和活動を行う偉大な精神的リーダーたちだ。

世界の最前線で平和活動を行う彼らの瞳には若々しい力が宿り、声にはほとばしる情熱があった。そして子供のように無邪気な笑顔の奥には、底知れぬ厳しさがあった。3名のスピーチから、彼らが体験してきた凄惨な人生が垣間見えた。差別、殺りく、侵略、貧困、飢餓。今なお続く人類の悲劇を愛の力によって転換させようとする彼らの姿は、まるで意志を持った巨木のようだ。その背は高く、幹はどっしりと太く、どんな風雪にも揺らぐことがない。広がる枝の葉はたわわに茂り、光り輝いて見える。しかもその根は、自らが体験した深い痛みの谷底を突き抜けて、豊かな知恵の水源にまで達している。

原爆ドームに程近い会場で、2日間に渡って、彼らは質問に応えながら、およそ1200人の参加者たちと平和について語り合った。

ダライ・ラマ法王のスピーチ


「地球はひとつの住処です」

第一日目。平和会議はダライ・ラマ法王のスピーチからスタートした。法王は、「原爆が投下されたこの広島で、ひとりひとりが背負うべき“普遍的責任”について、リアリティあるお話しをしようと思います」と述べ、『普遍的責任とは何か』について語り出した。

「今の時代は世界的な視野を持ち、現状を把握したうえで、自分が負うべき責任は何か?と考えることが大切です。なぜ責任感が必要なのでしょう?それは私たちが何千年もの間、他者とともに社会を営んできたからです。個人の幸せは社会に、ひとつの国の経済は他国に、アフリカの未来はアジアに依存しています。隣人を害することは、自分を害することです。地球はひとつの住処です。だからこそ、普遍的な責任をひとりひとりが背負っていかなければなりません」と語った。

核兵器が人類にもたらす危険性を示唆したうえで、「人類をひとつの家族として考えるべき時代が到来しています。それが、私たちが直面している“新しい現実”です」と力説。今回、ダライ・ラマ法王は、「新しい現実=ニューリアリティ」という言葉を頻繁に用いた。「新しい現実」を知るにはどうすべきか?その問いに答えるように彼は言った。

「“新しい現実”。それは、“私”という強い自我から離れ、利己的な態度を改めて世界を眺めた時に見えてくるはずです」。

「人の痛みを心で感じ、愛の心を広げてください」

「世界は美しく平和だ、ととらえることは間違っています。この世に苦しみがあり、この世に悲劇があるかぎり、私たちはそれを自分の体験として感じていかなければならないのです。飢えている人がいるのに、自分だけが飽食してはいけないのです。心が痛む現実や、他の人が苦しんでいる状況をしっかりと見据えて、ひとりひとりが考えていくべきです。」

他者の痛みを感じた時に、知らなかった新しい現実が見えてくる。だからこそ、「人の痛みは頭で考えるのではなく、心で感じ、感情として持つことが大切です」とダライ・ラマ法王は言う。

「私たちは相互依存関係の中で生きています。利己的な考え方を改めて、すべての人の平和と幸せについて考えてください、グローバルに世界をとらえ、“新しい現実”に基づいて努力することが未来へつながるのです。慈しみの心は、大きな効果を他にもたらすことができます。心にある思いやりを高めてください。愛と慈悲の心を広げてください。温かい心と思いやりを忘れないでください。他を思いやる心によって、自分自身も幸せを達成していくでしょう」。

人間には他者の愛が必要です

ダライ・ラマ法王は、「他者を思う心は、普遍的責任を育む種」と語り、思いやりと愛の必要性について次のように語った。

「私たちは母の胸に抱かれて育ちました。他者の愛情がなくては生きのびられないという依存の性質は、新生児にすでに備わっています。私たちは他の力なくしては生き延びられない存在です。他者の愛が必要なのです」。

また、思いやりの心と愛情は、生まれながら人間に備わっていると述べ、医学的見地からもその効果について言及した。

「思いやりは、脳の機能を向上させ、平穏な心を育みますが、怒りや嫌悪の感情が起こると、平穏さは損なわれます。そうした状態がつづくと免疫機能が低下します。しかし、思いやりの心と愛は、免疫機能を高めます」。

「どうやって平和の意識を強めたらいいのか?」という参加者からの質問に、「誰もが苦しみをなくしたいと思っています。自分への思いやりを持ちながらも、世界には65億人がいると考えてください。自分ひとりの幸せとどちらが大切でしょう。自分だけを幸せにするなら、65億人を幸せにすることはできません。すべての人へ思いやりをもつことが大切です」と返答。「他者を思うことは開かれたマインドです。自分を思うことは閉ざされたマインドです。あなたが他者への思いを強めるなら、心はもっと穏やかに、世界はもっと平和になっていくでしょう」と述べた。

ベティーウイリアムズのスピーチ


「1日4万人の子供たちが死んでいます」

続いてベティ・ウィリアムズ女史は、『子供たちへの思いやり』をテーマに、世界の悲惨な状況を数字によってアピールした。

「現在、3000万人がテロリストによってアラーの名の下に殺される一方で、毎日4万人の子供たちが飢えて死んでいます。自活できる世界であるのに、国々は武器を選択しています。食べ物の代わりに、武器を増やしているのが現実です」。

飢餓に関するリサーチ結果によれば、この数年で8億4200万人が餓死。2020年までにはアフリカの労働人口の20%はHIVによって死亡する、と報告されているという。

「その大半は農業に従事する人です。飢餓や飢饉はエイズを悪化させます。貧しい者は都市部へ移り、売春をし、エイズという危機にさらされるでしょう。女性や子供たちが食べ物を得るために、体を売ることになります。もしエイズになったら、栄養を取りにくい体になります。より良い栄養を取らなくてはなりません。しかも今、アフリカでは結核が増えています」。

イラク戦争で亡くなった65万人の大半は女性と子供であり、この2年間で80万人のイラク人が負傷。しかし、病院で手当を受けられるのは10人に1人という悲惨な数字を述べた。

「米英はこの報告に意義を申し立て、イラク人の死亡を1万5千人に仕立て上げました。現在、米英軍の攻撃は初期を上回っています。ブッシュ大統領は、アメリカで4500万人が飢え、そのうち1700万人が子供だということを知らないのでしょうか?ブレア首相は英国にホームレスが10万人いることを知らないのでしょうか?核兵器を造るインドには、何百万人もの飢えた人がいます。北朝鮮では数百万の人が飢えているのに、最近、核実験が行われました。数十億が兵器に費やされるのに、今日も飢えに苦しむ人が3500万人いるのです」。

「1日4万人の子供が死んでいます。それが現実です。6秒に1人の子供が飢えと病気で死んでいます。私は今ここで、死と破壊と悲劇の数字しか伝えられないことが残念です。今こそこの痛みを一転させるべきです。政府を責めるべきです。殺りく、破壊をやめるべきです。悲しみのない世界、憎しみの世界に向かって、献身と努力と勇気をもって、毎日続いている恐怖を変えていくことです」。

「子供たちを思いやる国際センター」の理事を務めるベティ・ウィリアムズ女史は、その後、自作の詩『ひとつの夢』『子供たちの叫び』を朗読した。以下はその全文である。

ひとつの夢

世界を夢見た
憎しみのない世界を夢見た
喜びに溢れる世界を夢見た
目覚めると隣にキリストがいた
餓えることない世界を夢見た
戦いのない世界を夢見た
愛に溢れた世界を夢見た
目覚めるとドアの前にアラーの神がいた
怒りのない世界を夢見た
プライドのない世界を夢見た
思いやりに溢れた世界を夢見た
目覚めると隣に仏陀がいた
このような世界が明日あることを夢見た
ユートピアを夢見た
栄光の力があふれる世界を夢見た
目覚めると心の中に創造主がいることに気付いた

子供たちの叫び

僕たち私たち、世界中の子どもたちは、
国連、世界各国の政府に私たちの話を聞いてもらい、
政治に関する意見を述べる権利があることを主張する。僕たち私たち、世界中の子供たちは、平和と正義と自由の環境で暮らし、
もっとも大切な尊厳を与えられるべきである。僕たち私たち、世界中の子供たちは、マーシャルプラン、ジュネーブ条約、
人権裁判所を必要とし、世界の証言を聞き、自分達の証言を提供する。僕たち私たち、世界中の子供たちは、
戦争の中で安全な住まいに連れていかれる権利を主張する。僕たち私たち、世界中の子供たちは、政治に関する発言を与えられていない。
その発言の権利を要求する。僕たち私たち、世界中の子供たちは、自らのリーダーシップを発揮し、
平和の中でいかに生きていくかを示していく。僕たち私たち、世界中の子供たちは、虐待、搾取する者、
それが誰であっても、今日よりその苦しみの責任を訴えていく。

デスモンド・ツツ司教のスピーチ


「和解は怒りよりも強く尊い」

デズモンド・ツツ大司教は、広島の人々が「許し」という素晴らしい模範を示してくれたことに感謝の意を述べた。「アパルトヘイト終了後、私たちもまた許しの精神と寛大な心で接したのです」と前置きをし、『和解と平和構築』をテーマにスピーチを始めた。

「夫婦が喧嘩したときに3つの対処法があるといいます。ひとつは、昨日起こったことをなかったことにする方法。花束とチョコを贈って、昨日は何事もなかったという振りをし、忘れようとする選択です。しかし、忘れる態度は悪いことです。それは潜在意識の中に入っていきます。そして、ある日、幽霊が立ち上がるのです。たいていの人は痛ましいことは忘れ、健忘症にかかることを選びます。しかし、過去を忘れた者は、それを繰り返すのです。2番目の方法は、目には目を、歯には歯を。やり返す方法です。いろんな国がそれをしています。3番目の方法は何でしょう? それは過去をまっすぐに見据えることです。これは、感情的にかなりの困難を強いられます。寝室でひとりになったとき、人を許すことなんてできない!と思うでしょう。南アフリカで我々が選んだのは3番目の方法です。私たちは恐ろしい真実を見つめようとしました」。

人権を主張したことで、27年間投獄されたネルソン・マンデラのこと。そして、当時の南アで起こっていた凄惨な事態をこう伝えた。

「撃ち殺され、虐殺された黒人の死体を燃やすのに9時間かかりました。その横で人々はバーベキューをしていました。人間が焼ける臭いに動物の肉の臭いが混じっていたのです。我々は過去を見据えました。傷口を開き、傷を消毒し、傷を癒そうとしました。神は祝福してくれました。ネルソン・マンデラは大統領となりました。アパルトヘイトが終わって12年が経ちます。問題はありますが、こんなにも安定しているのかと皆が驚いています」。

「かつて南アには“黒い犬立ち入り禁止”という看板があちこちありました。北アイルランドでは「目には目を」がまかりとおり、中東では復讐ばかりです。安全は得られません。自爆テロ、復讐、復讐、復讐です。きりがありません」

ツツ大司教は熱意を込めて語りつづけた。
「復讐のための正義もあれば、修復のための正義もあります。後者は、罪を犯した人を大切にすることです。罪人も良くなる可能性を持っています。殺人者がずっと殺人者であるのではないのです。人は変わることができる。良い人間になることができる。敵でさえ友人になることができるのです。それが南アで起きたことです。南アで可能なら、どこでも可能なはずです」。

ツツ大司教は、許しの精神、和解の精神についてこう語る。
「真の和解とは全力を尽くして償い、過去の行いを正すことです。そして、和解とは、怒りよりも強く、尊いものです」。

また、ツツ大司教は「我々は互いを必要としています。我々は独立してひとりで生きているのではありません。私たちは家族になるために生まれたのです。そうして我々は共に生きることができるのです。他にどのようなチャンスがあるというのでしょうか?」と述べ、スピーチを締めくくった。

質疑応答


平和を実現する覚悟をもってください

質疑応答時、会場から「ツツ大司教、若者へのメッセージをください」という声があがった。ツツ大司教は、こう答えた。

「若者たちよ、夢を見なさい。ずっと夢を見続けなさい。平和な世界を夢見てください。戦争のない世界を夢見てください。星に手を伸ばしてそれは可能だと言ってください。若い人たちこそがそう言ってください」。

また、「日本は経済大国です。不正義を経験し、原爆を経験した国です。強い情熱を持って多くの苦しんでいる国を助けてください。日本が先頭に立っていく必要があります」と語った。

ウィリアムズ女史は環境問題にも言及し、「水は貴重です。歯を磨く時、アフリカの子供たちを思ってください。スモール・イズ・ビューティフル。ひとつひとつの行動は小さくても、多くの人のためになります」と述べ、自然環境への配慮とリサイクルの大切さを語った。

メキシコ人の女性が、アメリカから強いられる不平等の苦しさを涙ながらに訴えた時のことだ。ダライラ・ラマ法王はこう返答した。

「私にはあなたを今すぐ助ける力はありません。ただ、暴力に立ち向かう方法ならお教えすることができます。仏陀はこう言いました。自分が自分の主である、と。どんなに苦しい立場でも、まずあなたが何かを背負わなくてはなりません。助けを求めるだけでなく、あなた自身も平和を実現する覚悟を持ってください。そして、私たちと共に活動しましょう。自分を信じてください。自分を信じることが重要です」。

世界平和祈念聖堂での「平和の祈り」


聖堂に響き渡ったチベットの声明と豊かな知恵

広島市には、ローマ法王と世界のキリスト教の支援によって1954年に建立された聖堂がある。世界平和記念聖堂。まだ復興が始まったばかりの広島で、広島の人々はこの聖堂と、戦後インドから寄贈された仏舎利を奉る丘の上のストゥーパを仰ぎながら、日々復興のために働いてきたという。

平和会議、第1日目の夜。世界平和記念聖堂で、関連イベント「平和の祈り」が催された。列席者は、ツツ大司教、ウィリアムズ女史、キリスト教諸宗派、日本仏教徒、そして龍蔵院デプン・ゴマン学堂のチベット僧侶14名。

ツツ大司教は「人は共にあって自由であり、共にあって豊か、共にあって幸福です。核兵器にノー、戦争にノー、差別にノーと祈りましょう。平和にイエス、寛容さにイエスという人のために祈りましょう」と、ゴスペルシンガーのようにエネルギッシュに熱弁。平和を祈る清らかな賛美歌が参列者全員で歌われ、チベット僧侶たちによる低音の読経(『四無量心』『弥勒祈願経』『仏頂尊勝陀羅尼』『廻向祈願』)が聖堂に響き渡るという、美しい一夜となった。

広島国際平和会議2006共同宣言


2日目午後、3名は「共同宣言」にサインし、平和公園で慰霊の花束を捧げて、平和会議は閉会した。記者会見でダライ・ラマ法王はこう述べた。

「暴力に対抗するものは、対話です。この会議は大変重要で意義深いものでした。平和と優しさへの関心が高まることを願います。しかし、思いやりにみちた世界を実現するには、行動すること、そして行動を継続することが大切です」。