東京/ダライ・ラマ法王と科学者との対話(2日目)

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2012/11/7 東京/ダライ・ラマ法王と科学者との対話(2日目)


2012年11月7日

「ダライ・ラマ法王と科学者との対話」の二日目は、筑波大学/テキサス大学サウスウェスタン医学センターの柳沢正史教授の発表「睡眠・覚醒の謎にいどむ」から始まった。

柳沢教授は、睡眠とは単に脳が休息するための時間ではなく、睡眠中も脳はスイッチが入っており、メンテナンスモードにあるのだと説明した。睡眠量は動物によって大きく異なる。たとえば羊は1日4時間眠るが、ハリネズミは17時間眠る。しかし睡眠を必要としない種はひとつもない。柳沢教授は、「なぜ人間は人生の3分の1を無意識で過さねばならないのでしょうか」と 問いかけ、環境に危険がおよぶ可能性との関連性について語った。

マウスを使った実験やナルコレプシーの患者の実例などさまざまな例に基づく発表が終わると、ダライ・ラマ法王はすかさず、「植物も眠るのですか?」と質問された。
柳沢教授は、自身の研究分野では「睡眠」の定義は非常に厳格であるとしたうえで、「神経システムが十分に発達した生き物は眠ることができます。 ショウジョウバエや魚は眠ります。植物の場合も休息は取りますが、睡眠のようなものではありません」と説明した。

これについてダライ・ラマ法王は、「私は、睡眠には心が関与していると考えています。現代科学は物理的なもの、測定できるものを対象としてきました。しかし心については、解っていない部分がじつに多いのです」と述べられた。さらに飛行機の移動で9時間の時差がある際の自身の経験について語られ、「現地の時間に合わせようとすることで睡眠サイクルを変えることはできます。しかし、身体の生理機能を変えることはできません。つまり睡眠は心が決めているということではないでしょうか」と述べられた。

続いて、東京大学救急医学分野教授で救急・集中治療部部長の矢作直樹医師が自身の事例に基づいて発表した。

矢作教授はまず、自身が治療した26歳の女性患者について語った。うつ症状があったその女性は10階の窓から身を投げ、救急治療室に運ばれてきた。そして奇跡的に一命をとりとめた。その患者は回復すると、「強い光を見ました。そのとき突然、生きなければならないと気づいたのです」と矢作教授に語ったという。

さらに矢作教授は、自身にも日本アルプスを登山中に数百メートル以上滑落しながらも自力で生還した経験が二度あること、山を降りた時にどこからともなく聞こえてきた「二度と山には来るな」という声を聴いてその場で登山家になる夢を諦めたこと、西洋医学では治せないはずの病を癒すヒーラーとの出会いについて発表した。

矢作教授の発表が終わると、ダライ・ラマ法王は「不思議な経験をされましたね。しかし、普遍的レベルで適応することはできません。基本的に私はヒーリングパワーというものを信じていません。しかし特殊なケースとしては(矢作教授にうなずきかけながら)あり得ることです」と語られた。

ヒーリングパワーへの好奇心からダライ・ラマ法王の講演を聴きにくる人びとについては、「それはまったく構いませんが、ダライ・ラマに奇跡を起こす力があると思って来るのなら、じつにナンセンスです。ダライ・ラマにヒーリングパワーがあると思っている人もおられるかもしれませんが、100パーセント治ると保証できるヒーラーがおられるなら、ぜひ私の膝を診ていただきたいものです。私はずっと膝に問題があるのですから!」と述べられた。

最後に、早稲田大学研究員客員教授で国際科学振興財団研究員の河合徳枝教授が「<幸福感の脳機能>を測ることは可能か?」と題して発表を行なった。

バリ島の祭儀で起こるトランスに着目した河合教授は、村民の信用を得るために10年かけてバリ舞踊を学び、ついにトランス状態で伝統舞踊を舞う村民の頭部に脳波計をつける許しを得た。データを整理するのにさらに3年を要したが、トランス状態のダンサーはノルアドレナリン、ドーパミン、β−エンドルフィンの数値がはるかに高く、聞き取れないレベルの高周波のガムランの音が幸福感を増幅させていることを突きとめた。

ダライ・ラマ法王は次のように語られた。「オラクル(宣託の儀式)には、私も子どもの頃から慣れ親しんできました。私も友人たちもトランス状態にある人の身体にどのような変化が生じているのか調べたいと常々思っていましたが、今のところその機会は訪れていません。ですから、あなたの研究は我々にとっても非常に役立つものです」

「しかし、仏教者としての見地から述べるなら、これらの精霊はいのちの在り方が異なります。このような精霊を神聖であるとか重要であるとか思ってはいけません。彼らは単に別のかたちをした有情にすぎません。人間と同じで精霊の世界にも、良い精霊、悪い精霊、中立の精霊がいます。ここで混乱して「そのような存在は注目に値する」などと思わないことです。これらの精霊をあまりに重視し、そこに救いを求めるなら、もはや仏教徒ではありません」

「これらの精霊が天から降りてくるなどと決して言うべきではありません。天界においては、内面的な本物の精神的資質が伴らわれていなければなりません。本当のよろこびや幸福感は、心をトレーニングして得るものです。それが精神修行の本来の目的なのです」。

昼食休憩を挟み、会場が再び聴衆で埋め尽くされると、法王とパネリストが再びステージに集まった。90分間に渡って前日と午前の発表の総括としての対話が行なわれた。
最初に、「植物には心があるか」という問題が提起された。

これについてダライ・ラマ法王は次の点を強調された。
「釈尊がなぜ立派な宮殿の中ではなく一本の大樹の下でお生まれになられたのか、私はいつも考えます。釈尊が覚りを開かれたのは菩提樹の下でしたし、お亡くなりになられたのも木々の下でした。しかしそれでも、仏教において植物に心はありません。ジャイナ教など植物に心があるとみなす伝統宗教もありますが、仏教の見解は異なります」

宗教学者の棚次正和教授は、人間が経験することは「三階建て」であるとして、一階は身体など目に見える物質世界、二階は祈りや瞑想など間接的体験として知っている半透明の世界、三階は不可視の永遠なる無限世界であると説明した。

ダライ・ラマ法王は、仏教においても知覚できるものと隠れたもの、そして最も隠れたものの三種類に存在を分類できる点を認めて、次のように語られた。

「しかし、もともとのナーランダの伝統に戻らねばなりません。つまりナーガルジュナなどナーランダの教師が書いたテキストに戻らねばならないということです。さもなければ、それぞれの地域特有の霊性と仏教が混交し、もともとの仏教の教えが薄まり、退化してしまうでしょう」。

ダライ・ラマ法王はノーベル平和賞受賞者が広島に集結したサミットのことを振り返り、「祈るだけでは平和は実現しません。平和は行動を通してしか生まれないのです。他者を助けるためには、まず自分自身の内面に平和を育まねばなりません。宗教が普遍的概念となることはありません。70億人の人間を網羅できるのは、科学的事実に基づいた常識だけなのです」と述べられた。

また、死後の世界と『チベット死者の書』に関する質問に答えて、「それよりも現世を建設的で意義深いものにするために何ができるか話し合うほうがはるかに重要です。笑いの訓練もよいですが、慈悲の訓練をもっとしてください。慈悲には副作用がないのですから」と述べられ、前日に笑いの効果とその副作用がないことについて発表した村上教授に楽しそうに笑いかけられた。

ダライ・ラマ法王はプログラムの総括として、「このような対話が日本で行なわれたことをとても幸せに思っています」と語られた。「日本の国土はさほど広くありません。しかしみなさんはじつに利口で勤勉です。第二次世界大戦で日本は廃墟となりました。しかしそれでもみなさんは灰の中から立ち上がり、決意と勤勉さをもって新しい国を築きました。どうか内面の価値にも目を向けてください」

二日間にわたる充実した対話と分析が終了した。会場を出られたダライ・ラマ法王は、テレビ局の記者やジャーナリストの前で足を止め、インタビューに答えて次のように語られた。

「私は本当に長い間、古代の科学と現代科学との対話が実現する日を夢見てきました。このような対話は仏教と現代科学の双方を利するものです。 私はこのような対話を30年間にわたって西洋で行なってきましたが、ついに日本という偉大な仏教国で開催することができたのです。二日間にわたる今回の対話に、じつに満足しています。これは始まりに過ぎません。このような対話が継続していくことを願っています」。

 (翻訳:小池美和)

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