千葉工業大学 科学と技術の役割についての対話

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2013年11月16日津田沼 (www.dalailama.com

美しく輝く秋の日差しの下、ダライ・ラマ法王は千葉工業大学でジャーナリストでありライターでもある櫻井よしこ女史の出迎えを受けられた。櫻井女史はこの日、人間の幸福への科学と技術の貢献の役割について法王との対談に臨んだ。櫻井女史より同大学の瀬戸熊修理事長と小宮一仁学長が法王に紹介された。

講堂では教授や学生600名を前に櫻井女史が法王に、創立71年の同大学では長年人間の幸福に着目してきたことを語った。また1949年に日本人として初めてノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹博士が自ら中間子理論を打ち立てることができたのは自分が日本人であると同時に仏教徒であるからだと述べたことに触れ、櫻井女史は法王に仏教の視点から科学や技術から得られるものは何か尋ねた。

法王は次のように答えられた。「尊敬すべき教授の皆様、先生方、若い学生の皆様、20世紀の世代の者として私は皆さまにお目にかかれて大変嬉しく思います。そして我々の世代の者もまだおりますが20世紀はすでに終わり、21世紀が始まっています。私たちが今行動する結果として未来が形作られます。より良い未来、暴力のない、より思いやりにあふれた未来を築くことができるのです。20世紀には歴史的な偉業が数多く成し遂げられた一方、未曽有の暴力の世紀となり、日本に対する核兵器までが使われました。過去を変えることはできません。記憶として留まるのみで、仏陀でもそれを変えることはできません。しかし私たちにはこれからより良い未来を作ることができるのです。その責任は皆様のような若い方々の肩にかかっています。」

法王は科学技術が私たちの暮らしを素晴らしく改善したことについて語られた。暮らしが便利になった一方で、人々は携帯電話を扱う時間が増えたため忙しくなっていると語られ、仏教の実践者の観点から、自分が好きなものを見る、聞く、味わうなどの感覚の活動に時間を費やしすぎていると語られた。これにより知能という人間が持つ特別な能力を疎かにされていること、鳥や動物たちの感覚は人間よりはるかに鋭いが、鳥や動物たちには科学や技術を生み出せる人間の頭脳に匹敵する知能はないことを語られた。

また、科学技術はそれ自体がより幸福な世界を保証するものではなく、利用する動機によって建設的にも破壊的にもなり、その動機はこころのあり方に関わると語られた。

「私たちが他者を自分と同じ人間として考え、自分が苦しみを味わいたくないのと同様に他者も苦しみを味わいたくないと考えれば、どうして私たちは他者を傷つけることができるでしょうか。いのちある全てのものの幸福を願う包括的な利他主義の感覚を発達させられるのは人間だけです。もし私たち70億人の人間が物質的発展のみに頼れば、良い結果になるとは確信できません。もし怒りや憎しみを動機とする科学技術を取り入れれば、破壊的になるでしょう。私たちがいのちある全てのものの幸福を追求する建設的な動機があれば、科学技術は有益なものになります。世界を破壊する力や手段を持つのは人間だけです。際限なく欲望にふけることは危険であり、私たちは足るを知り慎ましさを培う必要があります。私たちの宗教の伝統が自らを律することを説いているのはそのためです。ですから私たちはより慎重に考えて行動しなければならないのです。」

法王はさらに次のように語られた。「私たちは誰しも母親から生まれ母親から受ける愛情が私たちの中に種を蒔き、私たち自身が他者に愛情を注ぐことに繋がっています。私たちが家族を愛するのは生物学的な本能によるものです。今私たちは人類全体をひとつの家族として考えなければならないのです。そして私たちの敵である人もまたその家族の一員であるのですから、その人にも愛情を注がなければならないのです。」

精神的な伝統による思想的見地はさまざまにあることに触れながら、法王は次のように語られた。「仏陀の伝統は独特なもので、仏陀は弟子たちに自分が語ったことの表面上の言葉をそのまま受け入れてはならない、自ら徹底的に吟味しなさいと仰いました。インド仏教の高僧ナーガルジュナらはそのようにして学びました。」 また、法王は若いころから科学に関心があり、ダライ・ラマ13世が遺された強力な天体望遠鏡で月を観察しておられた時のことを話された。山々に月の影がかかる様子をご覧になり、経典に書かれていることに反して、光を発しているのは太陽であり、月にはそれ自体に光はないと気付かれた。1970年代に米国の仏教徒の友人に、法王が科学の勉強を深めたいと考えていると話されたときその女性は「科学は宗教を殺すものです」と忠告した。法王はよくお考えになった結果、科学者たちの手法と同じく、仏教徒も真理を理解することを論理的に吟味すれば、矛盾はないと結論付けられた。そして特に宇宙学、神経生物学、物理学、心理学の分野の科学者たちとの対話を始められた。これがのちにマインド・アンド・ライフ研究所となり、現在開設27年となっている。2014年の4月には京都でマインド・アンド・ライフの会議が開催される。

観客席からの質問の中で、ある教授は人間と意志疎通するロボットの作成に携わっているが法王はロボットの感情表現は可能とお考えか尋ねた。法王は人間の頭脳を持つコンピュータ出現の可能性を他の機会にも討議したことがあり、ロボットが人間のように指導力を発揮することは疑わしいが未来のことはまだわからないと答えられた。

スペインからの出席者が法王不在のチベットの将来について尋ねたのに対し、法王はこう答えられた。「私は現在78歳で、ダライ・ラマ制度は600年継承され、仏教は2500年以上の歴史がありますが、考古学者たちによるとチベット人は2万から3万年の歴史があるそうです。チベットとチベット仏教はダライ・ラマ制度が始まる以前に開花しましたので、今後も繁栄できるでしょう。ダライ・ラマ1世がチベットの政治的、宗教的な責務を負うことになったのは17世紀ですが、12年前に初めて選挙による最高執行部の選出を実施して私は半ば引退し、2011年には私は完全に引退してダライ・ラマの政治的役割を終結させました。ですから現在の私は一介の仏教の僧侶に過ぎません。選出された指導者たちが俗事的なことを扱うでしょうし、若い精神的指導者たちが現れて宗教的伝統も扱うようになるでしょう。」

暴力に訴えることなくより良い将来を構築することは可能かという問いに、法王はすでに話した通りだと答えられた。広島で起こった甚大な暴力による被害の様子を平和祈念館でご覧になり、大変心を痛めたと語られ、こう述べられた。「強い否定的な感情を持つ限り、人は『私たち』『他の人たち』という見方になり、相手の方を破壊しようとする傾向がありますが、これには教育で対抗しなければなりません。日本で津波が発生した時、世界中の反応が希望の礎になりました。日本の将来は、中国やインドのような近隣諸国にかかっています。西洋がアジアを必要としているように、アジアは西洋が必要です。世界は今、強い相互依存の関係にあるのですから、相互に信頼を築かなければならないのです。自己中心的な態度は国レベルでも個人レベルでも問題の原因となります。」

対話の締めくくりとして櫻井女史は法王に千葉工業大学は将来チベットからの学生も歓迎したいと伝え、法王、大学とチベットの関係が強化されることを希望すると述べた。法王は謝意を述べられ、ダライ・ラマ13世は日本から学ぶ努力をしていたが、中断を余儀なくされたのだと話された。

講演会の終わりに、米国のフォークシンガー、ピーター・ヤロウ氏がステージに登場した。所属するグループのピーター・ポール&マリーはマーティン・ルーサー・キング牧師が奴隷解放宣言100年記念ワシントン大行進を率いた時にワシントンで歌ったことを説明し、代表曲の「パフ」の一部を演奏しながら自己紹介した。

ヤロウ氏は法王に、法王のお考えや指導力を尊敬していること、法王が書かれた詩「決してあきらめないで」をもとに作曲したことを話した。東京で10歳の子供たちの教室でその曲を演奏したところ、その中にはいじめ被害にあっている子供たちもいたが、お互いに愛情をもちあえば、他の子供たちもこれに加わり、ともに平和のための努力できるだろうと語ったのだと説明した。子供たちは理解した様子で、その中の一人は、いじめっ子の行為を受け入れる必要はないが、相手も同じ人間として見ることを学んだと言ってくれたと語った。ヤロウ氏はこれがきっかけとなり、子供たちが幼いころから平和を構築する人になってくれることを望んでいると話した。

人の行動とその人自身を区別して考えることに法王は大変感激され、笑顔でカター(白いシルクスカーフ)を、ピーター・ヤロウ氏だけでなく、ヤロウ氏のギターにもかけられた。

昼食時、大学内の別の建物に移動する際に法王は大学に保存されていた81年もののビンテージカーで移動された。法王は大学側の方々と伝統的な日本料理の昼食を召し上がった後、同大学未来ロボット技術研究センターの古田貴之所長によるロボット工学の現在の発展を紹介するデモンストレーションをご覧になった。走行中に水平を保ちながら障害物を避ける乗り物や、段差や障害物を乗り越える乗り物が紹介され、これはすでに福島の原子力発電所の事故現場で使用されている技術であることが紹介された。また、障害物を避ける車椅子も紹介された。法王は大変喜ばれ、上手に操縦されていた。

法王は千葉を出発し、東京に向かわれた。東京では明日、宇宙、生命、教育をテーマとする科学者たちとの対話に出席される。

 (翻訳:植林 秀美

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