ダライ・ラマ法王

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ダライ・ラマ法王講演「慈悲の力」(冒頭部分)

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(2003年11月1日 両国国技館)

再び日本を訪問することができ、こうして多くの方々にお目にかかれることを大変うれしく思います。

さて今日は、皆さんはわざわざ時間を作ってこの場にいらっしゃったわけですが、私が何か特別に変わったことをお話するわけではありません。皆さんの中には、「ダライ・ラマは大変有名だから、何か変わったことが聞けるのだろう」と思っている方もいるかもしれません。また、「ダライ・ラマとは、ヒーリングパワーのようなものを持っている者ではないか」と期待しているかもしれません。しかし、それは間違いになってしまいます。私が一人の人間であるということにおいては、皆さんと全く同じです。ですから、何も変わったことはないということを最初に申し上げます。

私たちは皆、同じ人間です。私も同じ人間の一人です。そして、東洋人、西洋人等といった分類からすれば、様々な相違点はありますが、私たちが頭の中で考えていることは、だいたい似たようなものではないでしょうか。心には煩悩や悪い考えが様々な形をとって沸き起こってくるわけですが、そうしたことも私も皆さんも何ら変わりがないのです。また、心の中に物事を成し遂げる可能性を秘めている点でも同じです。私は今年で六八歳になりますが、人生において幸せな出来事や苦境や難題に直面するなど様々な経験をしてきました。人生には、様々な問題や困難に直面することが多いものです。しかし、そうした体験を通して、人間として向上していくことができるのではないかとも思います。

問題や困難に直面した時に、あまりにも辛くて堪え難いと落ち込み、ひどい場合には自殺までしてしまう人がいます。また、心の中の煩悩に打ち負かされてしまう人もいます。逆に、心の中にある力を増やして、それに立ち向かって行く勇気を持つことのできる人もいます。私自身について言えば、人生の様々な体験を通して、仏教の修行を実践してきました。そうすることで、心の中に良い変容を起こしたり、様々な状況に対処する立ち向かい方を育んできました。皆さんも私と似たような体験をしてきたのではないかと思います。

そこで、仏教の修行が私自身のものの考え方にどのような良い影響があったかを体験からお話しいたしましょう。

過去は、私たちにとって大切なものですが、すでに過ぎ去ったものです。未来は、これから私たちの前に現れてくる時間であり、その一番大切な役割を担うのは若い方々です。一般的に、これから起こる未来の時代を考え、できるだけ良い状況にしようと考え、変えることができれば素晴らしいのではないでしょうか。未来の時代に起きることはすべて若い人たちの肩にかかっています。私はもう六八歳で人生の大半は二〇世紀に費やしたわけです。同年代の方々も同じです。ですから、二一世紀の大切な役割を担う人たちは、若い世代の方々です。この場にはご年配の方も多く参加していらっしゃいますが、今日はその若い世代の方々を対象にお話いたします。

講演の内容は、「慈悲の力」です。まず、最初に愛というものに関して取り上げましょう。私たちは生まれ落ちた時から、母親の愛を十分に受けて育ってきたわけです。一般的にではありますが、母親は子に非常に深い愛を抱いているものです。それは全く驚くべきもので、私たち人間だけでなく、鳥や様々な動物たち、生きているすべてのものたちに言えることではないでしょうか。母親は、まるで自分の体の一部分であるかのように、子を心からの愛を込めて育てます。確かにその愛には、執着のような気持ちも混ざっていることがあるかもしれません。しかし基本的に、本当に自分に身近で親しみを持ち、心から慈しんであげたいような存在として、子を大切に育てます。これが愛と呼ばれているものの基本的な定義かと思います。

確かに例外があり、自分に子ができてもそれを望まない場合もあるかもしれません。しかし、母親は一般的に、子を何よりも大切な宝物のような気持ちで慈しみ育てるものです。ですから、子が苦しむのを見るのが堪えられないことは、自然でしょう。皆さんの中には、慈悲や愛のことを、自分よりも酷い状況にある人たちに対して不憫だとか気の毒だと感じることだと思い違いをしている方がいるかもしれません。しかし私は、それは愛の正しい定義ではないと思います。そうではなくて、心の底から湧き上がってくるような、何よりも、自分の体よりも、大切に育んであげたいという、そうした気持ちこそ愛と呼べるものでしょう。

愛はとても大切なものであり有益なものです。こうした理由によって、主要な宗教すべてが、愛がいかに大切なものかを説いているのだと思います。愛の逆は何かと言えば、怒り、悪意でしょう。故に宗教は、愛とは逆のものである怒りを鎮めるため、忍耐や耐え忍ぶことの大切さを教えているのではないでしょうか。さらに忍耐に付け加えて、自分が持っているもので満足することも、心を良き方向へ導く大切な要素のひとつになっているようです。私たち人間が本質的に持っている、この愛という素晴らしい性質、このことを宗教は説いています。


この続きの内容をはじめ、2003年両国国技館全講演の内容は、2004年春、書籍は春秋社にて出版、全国有名書店にて発売、DVDはダライ・ラマ法王日本代表部事務所にて注文販売の予定です。