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ストラスブール提案 - ダライ・ラマによる欧州議会議員への講演 –

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(1988年6月15日 フランス・ストラスブールにて)

現在、私たちはまさに相互依存の世界で生きております。ひとつの国家の問題は、もはやその国だけの問題ではなくなってきています。全世界の責任感なしに人類の生存は難しいのです。それゆえに私は、世界の様々な国家間のより良き理解、より緊密な協力、より深い尊重の必要性を常に感じてきました。欧州議会は勇気付けられる一つの例です。戦争の混沌から抜け出したかつては敵だった人たちが、ひとつの世代の間に、共存し協力することを学んだのです。ですから、ここ欧州議会のこの集まりでお話できることに、私は格別の喜びと誇りを感じるものです。

ご存知のように、私の祖国・チベットは、大変困難な時代を経験しております。チベット人—特に中国占領下に暮らす人々—は、自由と正義と自決権のある未来を切望しております。これが実現できれば、人々は比類なきアイデンティティーを充分に守り、近隣諸国と平和裏に暮らすことができるのです。一千年以上の間、私たちチベット人は、自分たちの住む高原の生物のデリケートなバランスを保つために精神的環境的な真価を大切にしてきました。仏教の非暴力と憐れみの心に動かされ、高地山脈に守られて、私たちはすべての生命を尊重し、国家の政治的手段としての戦争を放棄しようと努めてまいりました。

二千年以上に及ぶ私たちの歴史は、独立国の形態をとってきました。紀元前127年の建国以来、私たちチベット人は外国勢力に主権を渡したことはありません。どの国においてもそうであったように、チベットでも、近隣諸国—モンゴル、満国、中国、英国(ネパールのゴルカ王朝)—がその支配力をチベットに確立しようとした時代を経験しています。このような時代はごく短期間でしたし、チベット民族は決して彼らが国の統治権を握るのを認めませんでした。事実、チベットの支配者が中国の広大な地域や他の近隣諸国を征服した時期もあったのです。しかしながらこのことは、私たちチベット人がその領土に対する権利を主張できるという意味ではありません。

1949年、中華人民共和国は武力でチベットに侵入しました。その時から、チベットは有史以来の暗黒の時代を耐えてきました。百万人以上の我が国民が占領によって死に至りました。何千もの僧院が廃墟と化しました。教育や経済的な好機を奪われ、チベット人の民族としての特質を備えられないまま成長する時代が出てきています。

現在の中国の指導層は一定の改革を履行しましたが、一方でチベット高原の大量の人口移住を奨励しています。この政策によって六百万のチベット民族はすでに少数民族となってしまいました。全チベット国民に代わって、私は残念ながら皆様に報告しなければなりません。私たちの悲劇は続いているのです、と。

私は我が国民に、苦しみを取り除くのに暴力に頼ってはならないと常に言ってきました。すべての国民は公正な道徳心をもって、不正に対し平和的に抗議する道徳的権利を有するものと信じております。残念なことにチベットでのデモは中国の警察と軍隊により暴力で鎮圧されてきました。私も今後も非暴力を勧めていくつもりでおります。しかし、中国が採っている非人間的手段を放棄しないならば、この状態がさらに悪化することにチベット国民が責任をもつわけにまいりません。

チベット国民はすべて我が国の独立の復活を望み、祈っております。何千何万の我が国民が命を失い、全国民がこの争いに苦しんできました。ここ数ヵ月の間にも、チベット人はこの崇高な目標の達成のために勇敢にもその命を犠牲にしています。他方、中国はチベット民族の強い要望を全く理解せず、容赦のない弾圧政策を推し進めている状態です。どうすれば祖国の窮状を救う現実的な解決が達成できるのか、私は長い間考え続けてきました。(チベット亡命政権の)内閣と私は、多くの友人や関係者に意見を求めました。その結果、1987年9月21日、ワシントンD.C.で米国議会人権問題小委員会において、「チベットに関する五項目和平案」を公表するに至ったのです。その中でチベットを平和地域、人類と自然が調和をもって共に生きることのできる聖域とするよう要請しました。私はまた、人権と民主主義の理念、環境保護に対する尊重と、チベットへの中国人の人口移住政策の停止を求めました。

和平案の第五項目では、チベットと中国の真剣な交鈔を要求しています。それゆえ、私たちはチベット問題解決の基本になるかもしれないと期待できるいくつかの考えを率先して考案しました。私はこの機会を利用して、われわれの考えの主要点をこの卓越した方々の集まりで述べさせていただきたいと思います。

チョルカ・スム(Cholka-Sum「チベットの三大地方」、つまりウー・ツァン、カム、アムドを指す)として知られているチベット全土は、独立した民主主義体制の国家にならなければなりません。しかもそれは、中華人民共和国と共同して国民共通の利益と彼ら自身の環境の保護に対する国民の賛同による法律に基づくものでなければなりません。

中華人民共和国はチベットの外交政策に関して持続した責任を持つことになります。しかし、チベット政府は外務省を通じて宗教、商業、教育、文化、観光、科学、スポーツ、その他の非政治的活動分野における関係を維持し発展させます。チベットはこうした活動に関する国際組織に参加すべきです。

チベット政府は基本法の継続を土台として設置されなければなりません。基本法は平等、社会主義、環境の保護を確実なものにする任務を委ねられた民主的政治体制を規定したものでなければなりません。これが意味するものは、チベット政府はチベットとチベット民族に関係する全ての事柄に決定権を持つということです。

個人の自由は、すべての社会にとって発展への真の根源であり、可能性でもありますから、チベット政府は言論、集会、宗教の自由を含めて、あらゆる努力を払って世界人権宣言を守り抜き、この自由を確実なものとしていくでしょう。宗教はチベットの国家的アイデンティティーの根幹を成すものであり、精神的価値はチベットの豊穣な文化の中心にあるものですから、それを守りその実践を促進するのはチベット政府の特別な任務であると言えます。

政府は、国民投票で選ばれた最高責任者(Chief Executive)と二院制の立法府、そして独立した司法制度から構成されなければなりません。本拠地は、ラサに置くべきでしょう。チベットの社会的経済的制度は、全国民の生活水準引き上げの必要を特に考慮した上でチベット国民の望みに沿うよう、定められるべきです。

チベット政府は、野生動物や植物を守るための厳しい法律を可決しなければなりません。天然資源の開発は、慎重に規制されることになるでしょう。核兵器や他の兵器の製造、実験、備蓄は、危険な廃棄物を産出する核エネルギーやテクノロジーの使用と共に禁止されなければなりません。チベット政府の目標は、チベットを私たちの惑星最大の自然保護区にすることになるでしょう。

非武装化を通して、チベットを真の平和の聖域とするために、地域平和会議が召集されるべきです。このような平和会議が召集され、非武装と中立が達成されるまでは、中国がチベットに一定数の軍事施設を維持する権利を有することになります。これらの施設は、単に防衛目的のためだけでなければなりません。

実りある交渉につながる信頼感を作り出すために、中国政府はチベットでの人権侵害をやめ、チベットへの中国人移住政策を停止すべきです。

以上が私たちが考えていることです。多くのチベット人が、この見解を示す抑制された政策に失望するだろうことは承知しております。チベット内外の我々のコミュニティーの内部では、これから何ヵ月か活発な討議が行われるのは間違いないでしょう。しかしながら、これは変化への過程における本質的に非常に重要な部分なのです。これらの見解が最も現実的な方法を意味しています。これによってチベットの独自のアイデンティティーを回復させ、そしてチベット国民の基本的権利を取り戻すことができ、一方で中国自身の利益に順応することができるものと信じております。しかし、私は中国との交渉の結果がどう出ようと、チベット民族自身が最終的決定機関でなければならない、ということを強調したいのです。それゆえ、どの提案にもチベット国民の願望を広く国民投票で確認するための包括的な議事手続きを案が含まれることになるでしょう。

私自身は、チベット政府で何らかの任務に就くつもりはないことをこの場にお借りして申し上げたい。とは言え、チベット民族の幸福と安定のためには、必要な限り、役に立ち続けるつもりでおります。私たちは、私が今申し上げた見解に基づき、中華人民共和国に対し提案を差し出す用意があります。チベット政府を代表する交渉チームが選出されました。私たちは、中国側に会って、公正な解決達成の目的をもった以上の提案について詳細に討議する準備ができています。

アメリカ合衆国大統領のジミー・カーター氏他、我々の状況に強い関心を示してくださる政府や政治指導者が増えてきたことに、私たちは勇気づけられています。私たちはまた、より実際的でリベラルな新しい指導者を生んだ中国の最近の変化に勇気づけられているのです。

私が今述べました見解に真剣で実質的な考慮を下さるよう、中国政府と指導層に強くお願い申し上げます。誠意と明確さでチベットの現実を考える対話と心構えのみが、解決への実現性につながっているのです。私たちは人類愛という、より重要な事柄を念頭において中国政府との話し合いを持ちたいと願っています。私たちの提案は、したがって協調の精神でなされることになるでしょう。中国政府は、それに順当に応じてくださることを切望しております。