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ダライ・ラマ法王 2012年秋来日報告

2012/11/6 東京/ダライ・ラマ法王と科学者との対話(1日目)

2012年11月6日

ダライ・ラマ法王の秋の訪日日程の3日目は、日本でこれまで行われたことのない、数日にわたる初めての本格的な科学者との連続討論が丸一日行われることになっており、それは法王が最も心待ちにしていたイベントでした。東京都心のホテルオークラの、赤絨毯が敷き詰められ、壁に金色の屏風が掛かった満員のエレガントなホールで 、曹洞宗の僧侶である鶴見總持寺の江川辰三管長から紹介を受けたダライ・ラマ法王は、科学に対して自らが抱いていた長年の関心にまつわる開会スピーチを行なわれました。

法王は幼少時代から機械に興味を示され、1967年の初来日時には新幹線に強い印象を受け、それがどのように動くのか分解してみたかった、と述べられました。チベットにおられた頃は、高性能の望遠鏡で天空を見るのが楽しみで、観測の結果、月は自ら光を発しているのではなく太陽の光を反映しているという証拠を家庭教師の一人に証明したりさえしました。法王は科学者に見受けられる真の国際主義と心底からのオープンマインドに常に感嘆の念を抱いてこられました。科学者の研究には懐疑の精神が必要であると同時に、そのこころは対象を常に客観的に観察するために偏りのない開かれた状態であり続けているのでした。

40年前、法王が科学者との討論に最初に興味を示されたとき、法王の友の中には懐疑的な人たちもいましたが、その時法王は仏教の師、とくにナーランダ僧院の多くの師が懐疑と探求の精神を非常に重要視していたことを考えました。懐疑がないところにはいかなる質問も生まれません。そして質問がなければ探求も行われません。そして探求がなければ、物事の現実を見つけることができません。

法王は常に仏陀の言葉を非常に真剣に受け止めて来られました。学者や僧侶は自分の教えを仏教に対する信仰だけから受け入れることがあってはならず、自ら探求した結果として受け入れるべきである、ナーランダ僧院の師は仏陀自身の教えすら自分で調べ直した、と法王は述べられました。

現代科学は物質についての知識という面では大変、発達しています。だから今日の亡命チベット人社会では、科学は僧院の一科目となっているのです。一方、古代の心理学、とりわけインドで発達した仏教心理学は現代科学にとって多大な助けとなる、と法王はおっしゃりました。

過去3,000〜4,000年の間、人々は問題に直面したとき常に神か何らかの神秘的な力に祈ってきました。しかし、ここ200年来、人々は科学技術に頼るようになりました。技術は私たちが望むものを一瞬にして与えてくれます。しかしながら、今日の人類はきわめて深刻な問題に直面しており、そうした問題は技術だけでは解決できません。私たちが人類の慈悲という分野での進展のため、そして科学的な知見に基づいて非宗教的な倫理を追求するために努力を行うべき時が到来したのです、と法王はおっしゃりました。

最初の科学者のスピーカーは筑波大学の名誉教授で法王と旧知の仲である村上和雄教授でした。演壇に招かれた村上教授は、「遺伝子オンでいのちを輝かす」という題名のスピーチを行いました。

村上博士は静かな、しかし非常にリラックスして楽しんだ様子で自らの50年にわたる(そのうち30年以上が遺伝子の研究にささげられた)科学者としての仕事について語りました。近年になって、科学者は「オン/オフのスイッチ」を発見したと述べ、それを悪いストレスをなくして「良いストレス」を構築し、心を変革することで世界を変革するというダライ・ラマ法王の教えと比較しました。 あるとき、実験グループに科学者の会話を聞かせたところ、彼らの血糖値は平均123に上がり、その後しばらくして漫才師の漫才を聞かせたところ、その血糖値は77に下がった、と村上教授は述べました。

「笑いが薬を代替するべきだとは申しませんが、両方を試すべきでしょう。いずれにしても笑いに副作用はありません。医学の世界では副作用なしに効果を発揮する薬は存在しないのです」。

「誰がDNAをプログラムしたのでしょう? 人類ではありません。こうした遺伝子のコードは自然がプログラミングし、コード化したのです。そして一番小さな細胞にも実に大量の遺伝子情報がコード化されています。驚くべきことです。そうしたことは目に見えませんが、畏敬の念を呼び起こします。世界で重要なものは私たちの目に見えないものです。大腸菌がどうやって人間のホルモンを作れるのでしょうか? 世界中のどんな科学者が世界中のあらゆる材料を使っても1つとして生物細胞を作り出すことはできません。人間は60兆個の細胞で出来ているのです」。

村上教授は、こうした全ての物の源を「何か偉大なもの」と呼びました。そして世間に流布した「利己的な遺伝子」に対置させ、「利他的な遺伝子」と教授が呼ぶものについてより関心が高められるといいと述べました。

生きているとは宝くじに当たるようなものなのに、我々はしばしばあまりにそれを当たり前のことだと思っている、と教授は述べました。

村上教授のスピーチが終わると、旧友との対話を行いたくてうずうずしていたダライ・ラマ法王は、地球にはこころがあるか、と質問されました。「地球には人間のようなこころがあるとは私は思いません。たとえば、動物にはこころがありますが、そのこころは人類のものとは同じではありません」と村上教授は答えました。ダライ・ラマ法王は、この問題を神経科学者である故フランシスコ・ヴァレラとともに時間をかけて探求したと述べられ、自分自身で自らを移動させることが出来るものは生きていると認識できると考えるようになった、と述べられました。

法王は、笑いはなぜ大きな喜びの表現だったり、くすぐられたときのぎこちない反応だったりし、そして涙は大きな悲嘆と幸福の両方の表現であるのか、ということに触れ、「涙の科学」についての探求を望むとの希望を述べられました。

次に、静岡理工科大学の志村史夫教授が、量子物理学を般若心経の関係、量子物理学を色即是空、つまり物質が空であるということに思いをめぐらすもう1つの方法であるということをテーマとするスピーチを行いました。志村教授は、脳内は一杯詰まっているようでも本質的には空であり、原子はそのことを証明している、と述べました。

また、現代物理学ではあらゆる物事の相互依存、孤立したものは何もないということに光を当てたと述べました。日本語の言葉遊びをした志村教授は、これらの事実を踏まえ「仏教物理学」というフレーズを命名をしました。

ダライ・ラマ法王は、古典的な仏教思想でいくつものカテゴリーに分けられた繊細な説明が行われている「形態(見ることの出来る形態、風のようにその効果によって感じられる形態、見ることはできないが依然存在する形態)」の意味について、志村教授と活発な議論をされました。

短い昼食時間の後、1,200人を超える人々とスピーカーが再び会場に戻ってきました。鈴鹿短期大学の佐治晴夫教授が前に出て、手に持つ紙に雲は見えるでしょうか? との質問を始めました。「それは詩的な喩えですが科学的な事実でもあります」と教授は述べ、紙は木から作られたパルプで出来ており、木が成長するには水が必要であり、水は雨のことであり、雨は雲のことだと述べました。

これもまた、相互依存の一例でした。教授は、道路の信号として、私たちはさまざまな異なる種類の赤色を見ているのに、それを見たら止まらなければならないということが分かっている、と述べました。それはつまり、信号を認知するのは目ではなく脳であるということを示しています。佐野教授は哲学、詩、科学、言語学、宗教をめぐる幅広い話の後、 聖フランシスコの祈りとアウグスチヌス、そして日本語の「慈悲」について語りました。
「こころで何かを考えるとき、そのこころはどこにあるでしょう?」と教授は問いかけ、「今」の重要性を教授自身、禅から学んだと述べました。

法王は、「数年前、科学には『相互依存(縁起)』という概念は存在しないと言われました。だが、今日、縁起は居心地の良い居場所を見つけたようです!」と述べ、「今」の重要性を強調して次のように述べました。「今は極めて重要です。だが、私は未来はそれ以上に重要と感じています。未来はまだ宇宙のように空の状態だからです。未来には全てが可能です。現在は過去の困難な状況と極めて大きく関わっています。たとえば、21世紀の今日の困難な状況は過去の過ちや不注意の結果としての症状と言えるかもしれません。しかし未来はまだ到来しておらず、それは私たちの掌中にあるのです」。

エネルギーに満ちて雄弁な司会者である朝日ジャーナルの元編集長の下村満子氏の質問を受け、多くのパネリストは現在を捉えることは不可能だと述べました。現在はそれを捉えようとしている瞬間に過去となります。「『私たちの時代』や『私の一日』には始まりがあるかもしれませんが、『時代』や『日』自体には始まりはありません」と法王は述べられました。明らかにギブアンドテイクを楽しんでいる様子の法王は、佐治教授と心温まる対話を行い、いくつかの論点について質問をしました。その後、東京大学の宇宙学者である横山順一教授が起立し、ビッグバンと「ビッグバン以前にも存在していたダーク・エネルギー」についてのスピーチを始めました。

他の全ての科学者同様、横山教授は二元論がいかに時代遅れかを示しつつ、自らの知見と仏教を結び付けました。ダライ・ラマ法王は教授の話に熱心に対応し、「人類は宇宙の探索に多額を費やしました。しかし私たちは自らの内面に無知なまま生きていることが多いのです」と述べられました。時間と空間のさまざまな変動についての対話が活発に行われた後、慶応大学の米沢冨美子教授が「曖昧さの科学」についてのスピーチを行いました。

富沢教授は少女時代から宇宙の終わりと時の初めについて考え続け、これまでの研究生活の結果、曖昧さの8つの形態を区別するに至ったということを語りました。科学が発展すればするほど人間には分からないことがでてくる面がある、と教授は述べました。

米沢教授はこうした物事の曖昧さそのものが絶好の機会を生むだろうとしてスピーチを締めくくりました。法王は知的刺激に満ちた豊かな丸一日を次のような言葉で結びました。「曖昧さは可能性でもあります。だからこのように考えることが出来ます。より楽天的になり、より多くの努力をするべきだ、曖昧さから確信が導かれるということは実に素晴らしいことなのだから、と」。


 (翻訳:吉田明子)

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