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ノーベル平和賞受賞者とサミットする

ジャパン・タイムズ コラムニスト 川口ユディ

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広島は、愛らしい路面電車が並木道のあいだを走る、美しい街だ。

11月12日〜14日にかけて、この「平和都市(1949年、日本の国会にて、広島市はこう、命名された)」で、第11回ノーベル平和賞受賞者世界サミットが行われた。広島と長崎の被爆から65年目に開かれた今年のサミットの目的は、核兵器なき世界の実現であり、平和への道筋を描くべく、ノーベル平和賞受賞者6人、13団体が広島に集った。

南アフリカのアパルトヘイト時代の最後の国家大統領(1989〜94年)のフレデリック・W・デクラーク氏は、なぜ、人々は核兵器を必要と感じているか、その理由をつきとめるべきだと、会衆に問いかけた。

「現実的な観点から非核化を実現しようとするなら、まず、恐れと脅威の感情を取り除く必要があります。なぜなら、それが核爆弾保有の口実となっているからです」。デクラーク氏はこのように述べた。デクラーク氏は、アパルトヘイトを終焉に導いたかどで、1993年にネルソン・マンデラ氏とともにノーベル平和賞を受賞している。サミットの雰囲気は、まるで、素晴らしい学生キャンプのようで、われわれは、あたかも、お気に入りの先生たちから、沢山のことを教えてもらっているようだった。とりわけ、ムードを演出したのは、1989年にノーベル平和賞を受賞したダライ・ラマ法王14世である。法王は、毎日をポジティブに利用する必要があると説いた。「われわれは、『私たち』という概念を必要としています。世界中が、『私たち』の一部なのです」と法王は言い、その言葉を会衆は良く理解した。早朝から夜半まで、さまざまな代表や参加者が多様なミーティングで膝を交えた。あるセッションでは、およそ700人の参加者がノーベル賞受賞者とともに話し合った。

「われわれは、ここ、広島で、あらゆる核兵器廃絶のために世界が前進する絶対的必要性について話し合っています」と、デクラーク氏が宣言した。核非拡散条約(NPT)において、核保有の正当性を持つ国、そして、持たない国の双方が、廃絶に向けて前進しなければならないとする、デクラーク氏の言葉に会衆は歓声と拍手を送った。イランの人権活動家で、2003年のノーベル平和賞受賞者のシリン・エバディは、経済的観点から、この問題について、こう述べた。「一国の軍事予算は、その国の厚生・教育関連予算の規模を超えるべきではありません。そうした国は、外国からの財政援助を一切受けられないようにするべきです。世界銀行、国際社会は、こうした国から一切の援助を断ち切るべきです。たとえば、北朝鮮は、国民のための人道援助を受け入れています。人々を助けることに異論はありませんが、なぜ、北朝鮮政府は、武器を作ってイランに軍事技術を輸出することが出来るのに、人々を飢えから救うことが出来ないのでしょうか?」。多くの会衆がこれに首肯した。

デクラーク氏は、南アフリカの非核化における自らの体験を語り、核軍縮は、経済的利利得につながると述べた。

その後、今年のノーベル平和賞受賞者である劉暁波(リウ・シアオポー)氏が依然として祖国中国で政治囚として自宅軟禁されていることが話題となり、デクラーク氏は、どのように国際社会は中国とつきあうべきか、との質問を受けた。

「その経済力のおかげで、中国は他の国とは違う、特別の扱いを国際社会から受けています。西側先進国は二枚舌を使っています。ある国に対しては、人権を守り、民主化を進めることが通商の前提だと強い調子で言いますが、別の国に対しては、そうしたことを言いません。中国に対しては、全てが黙認されます。このことからも、政治力だけではなく、経済力もまたパワーの源泉である、ということが分かります」

11月14日の日曜日、サミット参加者は、広島平和記念公園に向かってバスに乗り込んだ。その日の天気予報は雨だった。北アイルランドの平和活動家で、1976年にノーベル平和賞を共同受賞したメイリード・コリガン・マグアイア女史は、参加者に対し、話し合いは重要だが、行動はさらに重要だと述べた。会衆は、彼女の言葉に熱狂的に反応した。

1997年〜2009年まで、国際原子力機関(IAEA)の事務局長であったエジプト出身のモハメッド・エルバラダイ氏は、人々を啓蒙していくことの重要性を強調した。会衆はこの、2005年のノーベル平和賞受賞者(IAEAと共同受賞)に強い拍手を送ると、まるで、エルバラダイ氏が特別な力を持っているかのように、雲が割れて青空がのぞいた。次に、地雷禁止の国際キャンペーンのリーダーの一人、ジョディ・ウィリアムズ女史が、世界は人々のもので、政府のものではない、という、ダライ・ラマが述べたメッセージを繰り返し強調した。

「ノーベル平和賞受賞者は、皆さんとともに働きます。どうか、一緒に働きましょう」。彼女は、約7000人の会衆に呼びかけた。ウィリアム女史の呼びかけは、力強い拍手によって迎えられた。彼女は、自身の勤務先である国際地雷禁止キャンペーン(ICBL)とともに、1997年のノーベル平和賞を受賞している。

次に、マイクを取ったエバディ氏はこのように述べた。「広島を訪れるたびに、二つの相反した感情を持ちます。一つは、広島の皆さんの長いあいだの苦しみを思っての深い悲しみです。もう一つは、皆さんの赦しの心の偉大さに対する尊敬の感情です。広島の皆さんは、復讐心を燃やす代わりに、街と国を再建することにエネルギーを傾注されました。われわれは今日、皆さんが作り上げた美しい街に目を見張っています」

そして、日が差し込むなか、エバディ氏は続けた。「皆さんの行いは、世界中の人々の模範です。世界は、あらゆるところで危機が勃発し、紛争が起きやすい状態です。われわれ全ての人間が、平和に満ちた世界を新たに作り出す努力をされた広島の人々から学び、それを評価することができるのです」。

歓声と拍手のなか、ダライ・ラマが、さまざまな宗教、ビジネス、政府の指導者が一日も早く、一同に集い、世界規模での核兵器の廃絶のために、今以上に積極的な役割を果たすよう、呼びかけると、今度は、小鳥の群れがさえずり始めた。

同時に法王は、核兵器は、勝者と敗者を作ることはなく、その使用がもたらすのは、相互破壊でしかないことを指摘したうえで、科学者が集まり、軍縮の呼びかけを行うべきだと述べた。

ダライ・ラマ法王と、ウィリアム女史が、日本被団協の坪井直代表委員に特別賞を送るまで、会衆の拍手は続いた。85歳の坪井氏はクスクス笑いをしながら、「われわれが最期の息を引き取るときまで、決して諦めません」と述べた。

そうしたあいだ、100人の中国人が、サミットに反対のデモを道で行っており、エバディ氏とウィリアム女史が彼らに近寄った。

エバディ氏は、プラカードを振っているグループに向かって言った。「中国の皆さん、われわれはあなたがたを愛しています。問題は、あなたがたの政府です。中国政府に劉暁波(リウ・シアオポー)氏を釈放するように呼びかけてください」。

ところが、中国人デモ参加者は、何も答えず去ろうとしたため、ウィリアム女史が呼びかけた。「私たちは人民であり、いかなる政府も代表していません。どうして、私たちから逃げるのでしょう。私たちは武器を持っていませんし、ここには日本の警官もいません。デモ参加者の人たちが逃げるのは、会話をしたくないからでしょう。でも、対話からしか平和は生まれません。私たちは、中国がある、と言っているチベット人の自由を見たいのです。この世界を救うのは、対話だけです」。

我々は、バスでホテルに戻り、討議を続けた。いつの日か、世界平和の目的が達せられる日まで、討議に加わる人々が増え続けることを祈りながら。


(翻訳:吉田明子)

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