ダライ・ラマ法王日本代表部事務所 チベットハウス・ジャパン検索サイトマップメニュー
 
ホーム>ニュース>2010年>世界の屋根から草原が消えていく——チベット遊牧民の苦しみ

世界の屋根から草原が消えていく——チベット遊牧民の苦しみ

(2010年9月2日 マデュオ発 ジョナサン・ワッツ(英ガーディアン紙)

科学者によれば、チベット高原の草原地帯の砂漠化が進行しており、世界の気候変動を加速させている 。

チベット人遊牧民のプンツォック・ドルジェはテントの外に出た。かつて一面の緑で覆われていた大地は、茶色の砂漠と化していた。ドルジェは、先祖がそうしてきたように、ヤクをはじめとする家畜を、世界の屋根と呼ばれるチベット高原の、一面、絨毯のように草が生えた広大な草原で成育している。

しかし、近年、チベット高原の植生は気温上昇、および、過剰な家畜の繁殖、虫害、鼠害等で破壊が進んでいる。

地球温暖化の議論のなかで、高地の牧草地帯の状況が語られることはあまりない。しかし、この地域で今、起きている変化は、チベットの政治、および世界的な環境保全に大きな影響を持っている。

プンツォク・ドルジェにとっては死活問題だ。高地の変わりやすい空の風景には慣れっ子だが、大地に起きているこの変化は、不安を掻き立てる。

「かつて、草はここまで生えていました」。プンツォクは自分のひざより少し下を指して言う。「20年前には刈る必要があったほど。でも、最近では、ごらんの通り。まるで苔のように短いのです」

彼のテントを取り巻いていた緑の草原は茶色の砂漠となった。ごつごつした大地には鼠の穴が無数に開き、黄ばんだ斑点がところどころに拡がっている。

実に、アメリカ合衆国の三分の一の大きさを持つチベット高原全体がこのような状況におかれているのである。

砂漠化

科学者によれば、高地草原地帯の砂漠化は、気候変動に拍車をかけている。草がなくなると、世界の屋根は水分を吸収しにくくなり、熱の放射量の増加につながる可能性が高い。

砂漠化を一因として、チベットの山々では、世界平均と比べて2〜3倍の速さで温暖化が進みつつある。「(北極、南極に次ぐ)第三の極」と呼ばれるチベットの永久凍土と氷河は溶けつつある。

事態を一層、深刻にしているのは、草原を囲んで聳え立つクンルン、ヒマラヤ、カラコルムの各山脈が水蒸気を温める煙突の役割を果たしているということだ。熱のこもった水分を成層圏のより高いところに運ぶため、二酸化炭素がもたらす温暖化より一層、たちの悪い温室効果をもたらすのである。これが、インドなどから到来する大気中のゴミ、煤、有害物質と混ざってユーラシア大陸に茶色い帯状の雲を発生させている。

永久凍土は溶けるときメタン・ガスを排出するが、これも温暖化のもう一つの要因だ。北京気候センターのシャオ・ジニウ所長は、チベットの気候変動は、アジアで最も深刻なものであり、地球全体にも影響を持つと述べている。

揚子江、黄河、そしてメコン川の源流である三江併流群を通る、玉樹から西寧に向かう曲がりくねった山道を通ると、草原の劣化を肌で感じることが出来る。景色はあまりに荒涼としていて、高地の草原というよりは、まるでゴビ砂漠のようだ。

プンツォク・ドルジェは、荒廃が最大限に進む地域で遊牧民として何とか生計を立てている最期の人々のひとりである。「ここでは、昔、五家族が生活をしていました。今、残っているのは私の家族だけですが、それでも十分な草がありません。毎年、乾燥が進み、鼠が増えています」と、彼は言う。

およそ10年ほど前まで、ここから最も近い町であるマデュオは、牧畜、漁業、鉱業が発達し、青海省で最も豊かな町だった。しかし、付近の湿原の乾燥が進むにつれ、この町の経済も干からびてしまった。

「昔は、このあたりは湖で、道はありませんでした。ジープでもここを通ることはできませんでした」チベット人ガイドのダラン・ジリは、われわれを車で案内しながら言った。ある推計によれば、かつて放牧地だった地域の7割が砂漠化したという。

「マデュオはとても貧しい町になってしまいました。暮らしていくことができません」。アンガンとのみ名乗るチベット人教師は言った。「鉱山は閉鎖され、草原はなくなってしまいました。住民は政府からの生活保護金だけを頼りにしています。カン(一段高くなった、暖房の入った床)に座って、ひたすら次の支給を待っているのです」。

ここの住民の多くは、2003年に実施された、問題点の多い「環境移住」計画の一環として草原から都市に移送された遊牧民である。中国政府が推進するこの計画はすでに相当、進捗しており、チベット高原に住む225万人の遊牧民の5〜8割の移送が終わっていると言われている。国営メディアによれば、このプログラムは(過剰な数の家畜によって)破壊された草原を復元し、遊牧民の生活を向上されるために実施された。

しかし、チベット亡命政権によると、この計画はほとんど環境に寄与するものではない。本当の意図は、鉱山資源の採掘のための邪魔者であるチベット人を追いはらい、潜在的なダライ・ラマ支持者である彼らを都市に居住させることで、管理しやすくするためのものだと主張している。

青海省には、再定住センターが点在しているが、その多くは、ゲットーと化している。遊牧民は、生活手当てとして世帯あたり年間3000〜8000元(およそ300英ポンド)を受け取り、住居を供与される代わりに10年間は遊牧生活を禁じられる。アメリカやカナダの特別居住地域のネイティブ・アメリカン同様、こうした人々は職を見つけることができない。多くは失業者となるか、ごみ、人糞の収集・再生業者として生活していくことになる。

彼らのなかにはだまされたと感じる者もいる。「もし、遊牧の生活に戻れるものなら、戻ります。でも土地は政府に取り上げられ、家畜も売り払われてしまったので、ここにいるしか仕方ありません。希望のない状況です」玉樹の再定住センターに住むシャン・ラシは言う。「仕事があると言われて来たのにないので、3000元の手当てで生活しています。しかも、無料のはずの住宅の費用も、その手当ての中から差し引かれるのです」。

彼らの状況は、今年はじめに玉樹を襲い死者数百名を出した地震によって、さらに悪化した。移民者の新築のコンクリートの住居は崩壊し、住民の多くが下敷きになった。もし草原で遊牧の生活を送っていたなら、このような目には遭わなかったはずである。多くの人々が再びテントの布の下での生活に戻ったが、それは昔と違って災害避難用のテントである。彼らにはもう、土地も家畜もない。

この問題は中国にとってセンシティブな問題であるためか、ガーディアン紙の質問に対して、中国当局の公式な回答はない。が、非公式な立場では、中国側の担当者は、草原復元を目的とした移住等の施策や、砂漠化した地域の立ち入り禁止策は効果が出ている、と言う。

「状況は過去5年で若干、改善しました。中国当局は7箇所で植林などの活動を行い、閉鎖された金鉱周辺の環境システムの復元に努めました。問題は短期間では解決できません。この地域の生態系はとりわけ脆弱です。草原は一旦、破壊されると、なかなかもとには戻りません。高地で草を生やすことはとても難しいのです」と、ある環境担当の役人は語った。

だが、NGOグループ「グリーン・アース・ボランティア」の創設者で、チベット高原を10年にわたり定期的に訪問しているワン・ヨンチェンのような者は、プログラムの有効性に異論を唱える。「家畜による過剰な草の摂取は、考えられる草原劣化の一因ではあります。しかし、問題は、放牧地を閉鎖したり、遊牧民を移住させた後も、草原が回復していない点です。気候変動と鉱山採掘が、砂漠化のより大きな原因であると考えられます」。

プログラムの有効性の査定は、政治的な問題があるので困難である。過去1年に、3人の著名なチベット人環境運動家が、チベット高原の野生動物保護における腐敗と違反行為を暴露したことで逮捕された。

齧歯類の蔓延

ある環境運動家は、匿名を条件に、この問題へのコメントは簡単にできるものではない、と語った。「状況は複雑です。ある地域では草原は回復しているが、ほかの地域では劣化しています。非常にたくさんの要因が関係しています」。

ナキウサギ、アレチネズミ、ハツカネズミは、地中に穴を掘って潜り込み、草の根を食べるため、こうした齧歯類の蔓延も草原荒廃の一因とされている。

動物学者によれば、チベット高原で起きていることは、環境システムは、小さいことでバランスが崩れてしまうということの好例であると言う。齧歯類が過去10年で劇的に増加したのは、彼らの天敵である、タカ、ワシ、ヒョウといった鳥や動物が絶滅寸前まで狩猟されたためだという。ようやく政府は野生動物保護に重い腰を上げ、切り倒された木の代わりに、鉄製の見晴台を立てて、猛禽類を呼び寄せようとしている。

気候変動において重要な地域であるチベット高原での研究をさらに進めるべきだという点に異論のある専門家はいない。

「これまでチベット高原には十分な注意が払われていませんでした。チベットは第三の極とも言われていますが、人間の居住地域に近いという点では、北極や南極よりも重要性が高いのです。この地域では、今よりはるかに多くの研究がなされる必要があります」。中国人冒険家で環境活動家でもあるヤンヨンはこのように語っている。「氷河と草原の変化はすごいスピードで起きています。チベットで草原の砂漠化が進行しているのは明らかです。チベットという感受性の高い環境システムで起きていることは、今後、他の地域で起きることの前兆なのです」。

プンツォク・ドルジェが研究に参加することはないだろう。だが、彼は将来についてかなり悲観的である。「気候は変わりつつあります。昔は夏には雨がたくさん降り、冬には雪が降りました。季節のあいだには、明確な変わり目がありました。しかし、最近は、毎年、乾燥が進んでいます。これからもこのような状態が続いたら、一体、どうしたらよいのか分かりません」。

ページトップへ戻る


トップページサイトマップお問い合わせ

チベットの現状をご理解して頂き、どうもありがとうございます。
ダライ・ラマ法王日本代表部事務所はチベット亡命政権の代表機関として維持しつつ、さらに幅広い広報活動を続けるため、日本の皆様に暖かいご支援をお願いしております。ご寄付される方は、以下の口座宛てにご支援をどうぞ宜しくお願い致します。

金融機関名:ゆうちょ銀行
口座記号番号:00100-1-89768
加入者名:チベットハウス