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一人の漢人からダライ・ラマに宛てた公開書簡

(2008年12月31日)

私の子ども時代や青年時代に抱いていた法王のイメージは、人間の皮を被った獣であり、人肉を喰らう悪魔であったことを告白しなければなりません。こうした話をするだけで、私が漢人であることが推察できるのではないでしょうか。確かに、私は中国の教育環境の中で育ちました。しかし、1997年にチベットを訪れる機会があり、そこで優しそうで哀れみ深い法王の尊顔を写真で初めて拝見し、今まで抱いていた法王のイメージは、共産党のプロパガンダだったのではと思ったのです。

その年の幸運をめぐらしてくれる菩薩の儀式で、私は早朝に大昭寺(ツクランカン)に行き、そこで覆っていた布は取り外した観音菩薩の顔が目に入った瞬間、背後で人の声がしたのです。悲しみに沈んでいるものの感情の高ぶった声の主は老人でした。スンツェン・ガンポ・ホールの前で、彼女は像の前のゴブレットに葡萄酒を注ぎながら歌っていました。あっという間に、男も、女も、さらには子どもまでが周りを取り囲んで一緒に歌い始めたのです。そして警官が近寄ってくるや、さらに声を張り上げたのでした。「皆、ダライ・ラマを讃えているのです」と、僧侶は穏やかに語りました。

その日、ホテルを出て、バルコル周辺にある以前商人が住んでいた家に移りました。1959年以前、当家の未亡人は3万から4万人民元する服を普段着ていましたが、今では彼女に残されたのは二着の衣類だけです。祖先が残してくれた家は取り壊されました。新築した家は前に住んでいた家より良さそうでしたが、建坪は半分になり、水道がないため共同トイレが詰まることが多く、耐え難い悪臭がバコル周辺に流れていきます。共産党による略奪については女性は苦情を言わなかったものの、マントラでも朗唱しているのではと思うほど、辛うじて唇が動いているのが分かる程度に、静かに彼女がもらしたことは、「暮らしが良くなりますように」というものでした。しかし、ある日、私と二人だけになり、外に誰もいないことを確かめた彼女は法王のために長寿の祈願を朗唱していました。

1999年4月、再びチベットリカツェ県(Rikaze Prefecture)ザラン郡(Zalang、ジユ区(Ju-u),リシカ村(Rizhika)にある、以前住んでいた農家を訪れました。水道も電気もありませんでした。毎日夜が明けると、家の人が水を汲みに川まで歩いていき、夕方には自家製の薄暗い石油ランプの周りに小さな子どもたちまでもが集まってきます。フェルトを売ることが、その村人にとってほとんど唯一の収入源と言ってよいものでした。食事は至って簡素なもので、(朝食の粥の他)一日二回ジャガイモを食べることが贅沢な部類に入るのです。しかし、家の中で陽光が一番差す所に、長くて白い カターで全体を覆った、素晴らしい額縁に法王の写真が飾ってありました。

その後、チベットで働くことになりました。エディター兼ジャーナリストとして、中国共産党で働く数名のチベット人と会うことができましたが、彼らの家で一番分かりにくい場所に法王の写真を飾り、灯した形跡がないヤクのバターを使うランプを置いていたのを私は目撃しています。

法王はチベット人の敵ではなく、チベット人の父なのです。法王はチベット人の 思いやりと幸せの源なのです。法王はチベットの人々の希望を叶えてくれる宝石の如意宝珠です。法王はチベット人が呼び出せば常に現れるご前様(Kundun)です。 法王はどこの王様よりも、どの宝物よりも尊い宝(Gyalwa Rinpoche)です。共産党当局がチベットから自由を奪い、チベットを略奪したことは一目瞭然です。共産党当局は幸せをもたらさずに、苦しみをもたらしました。

ウィスコンシン州マディソンで法王の講話を聴きながら、胸が一杯になりました。降り注ぐ雨のように聴衆に心の糧と活力が降り注ぐまで、深奥かつ複雑な仏教の叡智を法王は整然と語られました。法王は、質問する者が誰であれ、その者の持つ些細な痛みに対して、悩みを暖かく包み込むようにして全身全霊を込めて答えておられました。中国・チベット関係について質問してきた者に対してさえ、無限ともいえる辛抱強さをお示しになり、中国という国の良さを強調し、中国人とチベット人の友好的な意見交換を奨励するのでした。法王の思いやり、あるがままのお姿、誠実さ、平等主義は、共産主義の悪魔、陰謀、破壊、独裁によって試練の時を迎えるのです。

今年の3月、共産党の残酷なチベットの植民地化50周年に対して、チベット全土に及ぶ100ヶ所以上で、平和で非暴力という形での反対運動が行われました。悲劇の源は、共産党幹部がチベットにおける政策について反省したり調停したりしなかったところにあります。しかし、相手を見下すゆな態度で、白熱したチベットの問題を法王個人の問題にすり替えろうという具合に、対話の前提条件として「4つの支持しない」があると、共産党は法王に対して要求したのでした。共産党の本音は、チベット問題を棚上げにし、できればうやむやにしてしまうことであり、今やチベットは巨大な刑務所になり果てています。ラサでは、3人のうち1人が私服を着た警官だとも言われています。軍隊はかなりの僻地にも赴き、村以外からの電話(特に外国からの電話)は盗聴されているのです…。

チベット文化は懐が深く、伝統を誇ると同時に進歩的であり、献身、親切、誠意、慈悲といった、チベットの人の持つ伝統の素晴らしさを大分前に目にしたことがあります。翻って、中国の5000年という文化は漢人に何をもたらしたのでしょうか。当然ながら、どれもが素晴らしいというわけではなく、中国当局は「人類全体への比類なき貢献」という美辞麗句のもとで、チベット人を奴隷化して自由を奪うため、身の毛もよだつようなことをしてきました。自由、民主主義、人権、民族文化に対する尊敬を求め、母国の壁を乗り越えようとしている21世紀の今日にあって、植民地化という行為は正に世界から白眼視されるのです。中国では深化した物の見方考え方、および鋭いインテリジェンスで以て、共産主義というものを見ようとしています。また、チベット問題に関して独自の意見を公に発表し、一党独裁主義の終焉、表現の自由、報道の自由の導入を要求しています。さらに、法王を「母なる大地の分裂主義者(splittist of the Motherland)」として非難することを止め、「尊敬、寛容、熟談、対話を通じてチベット問題の解決を目指すことを要求しています。

30年近くの改革と開放が、中国を「巨大な国家」にしたのです。もはや、「国際化の本流に載ろうとする中国」という表現ではなく、「グローバリゼーションの波に乗った中国」と言うべきなのです。 仁徳というものが、中国で最も過疎地とも言うべき村ですら失われており、悪道と淫蕩が跋扈しています。そうした状況でオリンピックを開催したことにより、当然のことながらオリンピック精神に反するものとなりました。うわべだけの繁栄なので、空虚さを隠しようがありません。悪政改革の必要性について、一人一人の中国人が突きつけられたことになります。共産党幹部がチベット問題について傲慢かつ横柄な態度をとり、チベット人を支配しかつ踏みにじり、中国の大衆に嘘偽りを言って偏見を植え付けるといったことを続けるのであれば、また、世界平和に向けたかけがえのない思いを抱き、至高の精神的貢献を行っている法王を蔑ろにし、武器弾薬による権力の増大という人道に悖る考えに固着するのであれば、共産党幹部の落日はある日突然やってくるのであり、夜明けは近いと言えるでしょう。法王が戻って来られることは間違いありません。苦しむチベットの民衆との再会を果たしたら、中国という巨大な土地が抱える大罪に対して、法王のご慈悲をお願い申し上げます。

法王の思いやりの心が、永遠に私たちにもたらされますように!

チベット民衆の苦しみに心から同情し、法王を心底ご尊敬申し上げる漢人より

(翻訳:亀山信夫)

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