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カンゼ チベット人数名が逮捕
ダライ・ラマの祈願会企画後に

(2002年11月6日インターナショナル・キャンペーン・フォア・チベット(ICT))

ICTが入手した情報によると、400人の兵士で構成される人民解放軍が甘孜(カンゼ)に到着した10月18日、5人のチベット人が、甘孜チベット自治省(四川省)のガンジ村で逮捕されたとのことだ。
人民解放軍が甘孜に到着してから行った今回の逮捕のおよそ1年前には、甘孜省の様々な村落で行われたダライ・ラマの長寿を祈念する一連の祈願会に関連して甘孜警察が調査を行っている。このような祈願会の多くは、チベットの伝統的な新年である2月に執り行われる。
逮捕者が拘束されてから最初の3日間、家族たちは、甘孜刑務所に拘留中の男たちに食物を届けようとしたが認められなかった。また、家族たちには拘留の理由は告げられず、彼らの罪は重いとだけ伝えられた。
ICTのジョン・アーカリー会長は、次のように述べている。
「中国とチベットの関係が、外交レベルでは氷解しているように見えたとしても、チベットにおける信仰に対しては、まだ、寛容な態度が取られている訳ではない。昨年は、セルタルの僧、尼僧たちが逮捕の対象となった。今回は、甘孜に住む一般のチベット人にまで手が伸びた。9月、中国当局は、ダライ・ラマの主要な交渉人を歓迎し、10月には、ダライ・ラマの健康を祈願するチベット人を厳しく取り締まっている」
甘孜の目撃者は、自動ライフルを装備した軍隊が行進し甘孜の街中をバスで駆け抜け、10月17日から24日まで、村落を包囲したと語っている。この期間、15〜25人の兵士の小隊は、甘孜で夜間の警備、および真夜中の演習を行っている。甘孜の現地警察も、甘孜に到るすべての道路に検問所を設置した。10月24日以降、さらに逮捕者が出たかどうかは定かではない。軍隊は、いまだに甘孜に駐留していることが確認されている。
今回の長寿祈願会に参加し、その後インドへ亡命したチベット人はICTに対し、甘孜地域の住民は、2002年1月半ばにインドのブッダガヤにおいて行われたカーラチャクラの灌頂の儀式の最中、ダライ・ラマの健康が悪化したという報道を聞いていてもたってもいられずに今回の祈願会を執り行ったと伝えている。
甘孜から逃げてきたあるチベット人は、ICTに次のような事実を伝えている。
「私たちの指導者であるダライ・ラマ法王をたたえるため、ほとんどすべての村落から(祈願会を支援するための)寄金が集められた。祈願会の中日には、およそ500人の僧侶が参加した。」
30歳になるチベット人女性のケドゥンは、7月にネパールのカトマンズにあるICT人権監視機関に対し、次のように報告している。
「インドから戻ってきたチベット人たちが、法王(ダライ・ラマ)が健康上の理由からインドでカーラチャクラの灌頂を執り行うことができないことを伝えてから、ダライ・ラマ法王の長寿を緊急に祈らなければならないという現地の住民たちの気持ちは一層の高まりを見せた。甘孜省のたくさんの村々が、今回のダライ・ラマ法王の長寿祈願会を支援した。また、祈願会では、ダライ・ラマ法王の肖像写真が目に付くところに安置されるはずであった。」
ケドゥンは、たくさんの祈願会に参加したてから甘孜警察の取り調べを受けたあとで、甘孜省の故郷の村を後にした。
2月13日に開催されたこのような最大規模の祈願会では、多数のチベット人が大きな額縁に収められたダライ・ラマの写真の前で称える辞を述べたと伝えられているが、これは、当局の命令に背く行為である。祈願会と祝賀の様子はVCDビデオに録画されたが、そこには、食事や踊りを楽しむ人々の姿が映し出されている。次の週には、100本のビデオのコピーが甘孜中に配布された。
中国当局は公式の見解を発表していないが、甘孜のチベット人はICTに、今回の逮捕者はダライ・ラマのための祈願会を企画したことと直接関係していると信じていると述べている。
甘孜出身のチベット人の老人はICTに次のように話している。
「私たちがビデオを持っていたのは数日間だが、その後で甘孜の警察がやってきて気が付いてしまった。チベット人、および中国人の警察官は、家や店舗を一軒一軒訪れ、ビデオを押収した。非常に多くの人たちにビデオが渡されていたので、そのとき、警察はビデオを集める以上のことはせず、ビデオを持っていていた人間もそれ以上の問題に巻き込まれることはなかった」

*甘孜における政治的抵抗活動の背景

甘孜は、ダライ・ラマ、および政治抵抗活動の公な支援が行われている場所として知られている。甘孜近郊のダルギェ僧院出身の非常に高名な学者でありチベット語の教師でもあるゲシェー・ソナム・プンチョック(以下、ゲシェー・ソナム)は、1999年10月に逮捕されたが、このことは、同年11月に一連のデモのきっかけとなった。50人を超えるチベット人は甘孜で拘束されたと伝えられているが、そのとき警察は、デモ活動を中断するために催涙ガスと銃を使用したという。ゲシェー・ソナムは、ダライ・ラマの長寿祈願会の企画に関連する「分離主義者」の活動に参加した罪で告発された。
ICTは、ゲシェー・ソナム とダライ・ラマの関係、支持する様子を詳しく記述した文書を最近入手した。この文書では特に、1996年インドでのゲシェーとダライ・ラマとの会談、および、その後の甘孜地域における長寿祈願会の企画について述べられている。
ゲシェ ソナム ファンツォグに対するすべての罪状の理由を初めて詳細に説明したのは、城都にある四川省中級人民法院が作成した文書である。ゲシェには、様々な"分裂主義者"の活動に関与したことを理由に、2000年11月20日から4年間の刑期が言い渡された。この文書では、ゲシェ ソナム ファンツォグがダライ・ラマ法王と会ったことや、チベット指導者を支援するための宗教的な儀式を企画したことを否定していないことが書かれている。むしろ、ゲシェ ソナム ファンツォグの主張は、このような活動が中華人民共和国の国家統一を妨げるものではないということが記載されている。
伝えられるところでは、ゲシェ ソナム ファンツォグの禁止された写真も、2002年2月の長寿祈願会で掲げられたという。
2月以降、一連の政治的活動が行われてきた。2月16日、甘孜警察署の後ろの丘の岩の上にチベットの国旗が掲揚され、その2週間後の早朝、甘孜にある人目を引く建物の上に大きなチベットの国旗が掲げられた。チベットの国旗掲揚は公式に禁じられていて、国旗を所有することだけで犯罪と見なされる。2002年以降、"チベットはチベット人のもの"、"中国はチベットから出て行くべきだ"と書かれた小さな紙やポスターが、早朝の甘孜の大通りで壁一面に貼られるという出来事が、少なくとも4回あった。ICTは、この出来事でチベット人が逮捕されたという報告は受けていない。
ケドゥンは、人権監視機関に対し、「チベットの自由を訴えるポスターは、今まで何度も道路に貼られたり配布されたりしてきた。警察署員が早朝からポスターを集め燃やす光景が目撃されてきた。このように続けられてきた抵抗運動は、ここ2年間、中断されることはなかった」と報告している。
最近のチベット人の逮捕、そして甘孜における中国軍の圧力に関する情報がこのように明らかになったのは、12月半ばに予定されている次回の米中二国間人権協議を目前にしてのことである。

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