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チベットを知るために

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チベットを巡る国際協定の推移

1914年 シムラ条約

イギリス、中国、チベット間で交わされたチベット問題についての新たな協定である。

会議当初より以下の如くかなりの主張の相違が見られた。

1914年、シムラ条約調印のために集まった3カ国代表団。
1914年、シムラ条約調印のために集まった3カ国代表団。

◆ チベットの主張

中国はチベットの自主権を承認し、チベット内に中国軍隊を派遣しないこと。チベットと中国との境界は、打箭鑪(康定)をもって界とする。チベットの一切の内政外交は今後中国の指揮を受けぬこと。チベット内の通商、鉱山開発などは自由に英国と交渉しうる。

◆ イギリスの主張

中国のチベットに対する完全な自治権の承認、軍隊の非派遣。1906年の英清条約の破棄。英蔵間の自由通商。イギリス代表のラサ派遣。

◆ 中国の主張

中国によるチベット行政の管理。今後の外国との条約締結には中国の承認を必要とする。英蔵間の通商、鉱山開発は中国の許可を受けること。イギリスはチベットに軍隊を派遣しないこと。1893年、1906年の英清条約の継続。

このように、中国はあくまでチベットをその主権下に置くことを主張。略式署名に至ったが、中国が拒否し、この条約は流れる。イギリス・チベットは改めてこの条約に正式に調印し成立。

「中国政府は、本条約の署名を行わぬ限り、これによる何らかの特権をも行使できるものではないことを宣言する」(英蔵追加宣言より)

これ以降、チベットは第1次世界大戦においても中立を守る。1911年の辛亥革命以後、清、中国勢力がチベットから一掃されて以来、1950年中国の侵入までの38年間、チベットは独立の道を歩み続けた。



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