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人権問題 Human Rights

ンガワン・サンドル プロフィール

2003/4/2

数名のチベット人及び中国人の「良心の囚人」または政治犯が釈放されたことは、私たちを勇気づけてくれました。中でも、中国の対チベット政策と独立国家チベットの歴史的事実を主張したかどで40年もの長きにわたり投獄されてきたタナク・ジグメ・サンポならびにンガワン・サンドルは、チベット本土内のチベット人の歴史と強固な意志を表すものです。  

ダライ・ラマ「2003年3月10日声明」より


1977年ラサ生まれ。幼くしてガル尼僧院の尼僧となる。
1987年と1988年に起きたラサでの大規模な「チベット独立デモ」に10歳足らずで参加し、グッツァ拘置所に収監される。そこで拷問を受け、一生残る傷を負う。

【←写真左】 10歳の頃。中央がンガワン・サンドル
【↑写真上】12歳の頃。

1992年、中国政府に対する抗議行動を企てた罪により15歳で逮捕され、「良心の囚人」となる。ダプチ(ドラプチ)刑務所で3年の懲役刑に服していた時、同じ「良心の囚人」の尼僧らと共に愛する家族や故郷への想いを歌った。
その録音テープは密かに刑務所の外に持ち出された。

尼僧らの歌った歌『雪国 Land of Snow』の翻訳

→こちらのページで音声ファイル(MP3)を聞くことができます
"Land of Snow" MP3

ンガワン・サンドルは報復として拷問を受けても抗議運動を続けた。ついに1998年ラサの中等人民裁判所は2013年までの懲役刑を言い渡した。これはチベットの女性政治囚としては最長である。拷問後の不完全な治療や刑務所の劣悪な環境などで、ンガワン・サンドルの健康状態は極めて悪化した。

2001年イタリア・フィレンツェの市議会は、残虐行為に対するンガワン・サンドルの一貫した非暴力の姿勢に、満場一致で「フィレンツェ市民栄誉賞」の授与を決定、さらにフランスでもンガワン・サンドルの伝記「囚われのチベットの少女」が出版され話題を呼ぶなど、国際社会にンガワン・サンドルを釈放させようとする新たな機運が生まれる。そこに至るまで、チベット亡命政権を始め政府関係者、TCHRDやICT等のチベット支援団体、デュイ・フア財団やアムネスティ・インターナショナル等の人権団体が、広報支援活動、折衝など様々な努力と奔走を続けてきたことは言うまでもない。
そして、EUや米国の政府レベルの中国政府に対する働きかけにより、2002年10月ンガワン・サンドルはついに仮釈放となった。

過去のンガワン・サンドルの主なニュース

米国に到着したンガワン・サンドル
2003年3月米国ワシントンに
到着したンガワン・サンドル

ンガワン・サンドルの母ジャンパ・チョンゾム。1991年に死亡
ンガワン・サンドルの父ナムギャル・タシ。2001年に死亡。

ンガワン・サンドル 写真は刑務所で撮影されたもの
1996年。刑務所で撮影された写真


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