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| 【日時】 | 2004年9月23日(木・祭日秋分の日)※入れ替え制 ○1回目の上映: 午後13:00(開場12:30)〜午後14:40分 ○2回目の上映:(上映後、岩佐寿弥監督のトークあり) 午後15:30(開場15:00)〜午後18:00 |
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| 【会場】 | レストラン「らくだ」(京王線 千歳烏山駅より徒歩3分) 〒157-0062 東京都世田谷区南烏山6-8-7 楽多ビル2F →地図はこちら tel 03ー5313ー8151 |
| 【参加費】 | ¥1,000(チベットのお菓子「カプセ」付き&入れ替え制) ※チケットは8月16日より電話でのお申込を受け付けます。 |
| 【主催】 | チベットイロイロ実行委員会 |
| 【 チケット販売 ・お問合せ先】 |
8月16日以降正午より夕方6時までの連絡先 … 03(3326)8187 松本 8月16日以降夕方6時から夜11時までの連絡先 … 03(3300)0558 中林 |
| 【その他】 | ○軽食(チベット餃子モモ)と飲み物、チベット関連グッズの販売があります。 ○岩佐寿弥監督のトークは2回目の上映後のみです。 ○全収益はチベットの子供の教育の為に寄付されます。 |
◆映画「モゥモ チェンガ」のナレーションをして
ネパールには何度か行き、そこの地に住む何人かの人たちの、びっくりするくらいの暖かさに心が洗われる思いをしている。私にとって、すぐにも行きたくなる国で、その先にあるチベットは、まだ訪れていないだけに、大きな魅力となっている。
しかし、これは、単なる旅好きの私のバカンスだ。
チベット人の「モゥモ・チェンガ」と呼ばれる女性のネパールでの生活を知った時、自分の浮ついた旅にアッパーカットがかけられた。
モゥモ チェンガが、すべての現実を小さい体で受け止め、無邪気な笑顔で人々と接しているのを見て、感動を通り越して、崇高の念にうたれた。心の美しい人の中には、神様が入り込んで守ってくださっているのだ、という思いが。そうでもなければ、あの苛酷な運命を、穏やかな心で乗り切れるものではない。
モゥモ チェンガが、ダライ・ラマ法王に謁見する場面で、その思いを、さらに強く確信した。
この映画を一人でも多くの方に観ていただきたい気持は、募るばかりだ。
吉行和子(よしゆきかずこ 女優)
◆Production Note
| 「モゥモ チェンガ」(1時間40分) | |
| 製作 | 自由工房 |
| プロデューサー | 工藤 充 |
| 監督 | 岩佐 寿弥 |
| 撮影 | 田宮 健彦 |
| 整音 | 久保田 幸雄 |
| コーディネーター | ツェワン・ギャルツェン |
| 音楽監督 | 高橋 悠治 |
| ナレーター | 吉行 和子 |
◆「モゥモ チェンガ」のモノローグ一部紹介
皆は私を「モゥモ チェンガ」と呼んでいます。モゥモはお婆さん、チェンガは満月。つまり満月という名のお婆さんですよ。 一年で一番楽しく賑わうのはお正月。チベットの暦のお正月ですから、私たちのキャンプの中だけのお正月ですよ。一カ月も前から一家揃って準備をします。お祝いの仕方は、お寺でも家庭でもすべてチベット式ですよ。チベットに帰れなくなって、何十年経っても私たちはチベットを忘れることはありません。 お正月が終わってしばらくして、親戚の若い夫婦が「モゥモ、ダライ・ラマ法王に拝謁するために、インドのダラムサラへ一緒に行かないか?」と誘ってくれました。私は思い切って誘いに乗りました。長い列車とバスの旅でした。ダラムサラでは、長い間会っていなかったインドに住む兄や姪が会いに来てくれました。生き別れになった両親やあの時チベットに置いてきた長男のことを話しましたよ。そしてついにダライ・ラマ法王に拝謁する日がやってきました。私は法王に、何十年もの間苦しんできた、その心のうちを吐露したのですよ・・・ 私の人生で一番楽しかったこと? そりゃ、この一カ月のインドの旅ですよ。 |
◆「モゥモ チェンガ」制作の動機
第二次世界大戦が終わるころまで、チベットは、世界の国々にとって、「ヒマラヤの向こうの不思議の国」だった。チベット自身が鎖国政策をとっていたため、なおさら好奇の眼は光ったことだろう。1949年隣の中国で、共産党による革命が成功し、新しい中国が誕生した。その政権は、チベット人の意思とは関係なく、「チベットは中国の一部」と宣言し、チベットを侵攻した。この軋轢は1959年に頂点に達し、多くのチベット人がヒマラヤを越えて、インド、ネパールに脱出した。こうしてチベットの難民の歴史が始まった。現在世界に散らばっているチベット人難民は13万人に及ぶという。
5年ほど前、私は偶然ネパールに住む一人のチベット人難民と知り合った。やがてその家族や友人たちとも親しくなった。難民とはいっても、彼らには祖国を離れて40年以上の歴史がある。当初、私の眼には彼らはネパールに暮らす、ごく普通の生活者に見えたのである。
チベット人は顔や姿そして感情までもが日本人と似ている。だが「彼らは卑屈とか媚びへつらい、あるいは自己嫌悪といった感情がないのではないか?」と思わせるところがあって、その点が我々日本人と決定的に違うのである。このような人間を生み育てるチベットの文化とはどんなものであるのか? 私はだんだんと「チベット」の深みにはまっていった。そのうちに、あの神々の住まう「世界の屋根」から、仕方なく異国の下界に降り立った難民たちが、40年以上の歳月を経てなお自分たちの文化を抱きしめている生活ぶりが私には美しく見えてきたのである。映画による「チベット」への旅は、このとき始まったといえる。
性急な近代化とグローバリゼーションの波に洗われ、世界中の人々が、自身の文化の根を失いつつあるとも言える現代に向かって、自ずと問いかけてくる彼らの生活・・・それは人間の品位とは何か、という問いのように思えてならない。
岩佐寿弥(いわさひさや 映像作家)
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