チベット文化の宴 イベントレポート 2002年9月28日東京新宿・常圓寺
ガンデン・ポタン政庁創立360周年記念

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講演「ガンデン・ポタン政庁の歴史的意義」「歴代ダライ・ラマの歩み」
ドキュメンタリーフィルム上映
 「ダライ・ラマ法王とパンチェン・ラマの1956年インド聖地巡礼映像」
 「慈悲を生きる―ダライ・ラマ法王と激動のチベット」

TIPA(チベット舞台芸術団)の歌と踊り
チベットの民族衣装チュパの試着
チベット食の販売
結び

ガンデン・ポタン政庁は、1642年、ダライ・ラマ法王が宗教と政治両方の指導者になったダライ・ラマ5世の時代にガンデン・ポタン政庁が誕生し、今年で創立360年目を迎える。チベット亡命政権のあるダラムサラをはじめ、世界各国に在住しているチベット人は各地域で記念行事を行う。
ここ日本でも、9月28日(土)東京・新宿の常圓寺にて、ダライ・ラマ法王日本代表部事務所主催で在日チベット人が中心となって「チベット文化の宴(うたげ)」と題して「ガンデン・ポタン(チベット政府)」の創立360周年記念行事が催された。この催しの目的は、記念行事を祝う他に、チベットの多彩な仏教文化、風俗習慣を一般の日本人に紹介し、チベットの深刻な現状を報告し、日本とチベットの交流と理解をさらに深めることにある。チベットに関する貴重なドキュメンタリーフィルムの上映、ダラムサラのTIPA(チベット舞台芸術団)による華麗な歌と踊りの披露や指導、ダライ・ラマ法王日本代表部事務所のザトゥル・リンポチェ代表と(財)東方研究会の研究員、田中公明氏の講演の他、チベットのバター茶やカプセ(チベットのかりん糖)の試食、チベットの民族衣装チュパの試着、珍しいチベット・グッズの販売などバラエティに富んだ内容のものとなった。

木内みどりさん
木内みどりさん
午前10時、総合司会を務める女優の木内みどりさんが「チベット文化の宴」について簡単に紹介した後、ザトゥル・リンポチェ代表が、チベットの儀式としてダライ・ラマ法王の肖像にカターを差し上げた。そして在日チベット人たち一同が法王の長寿を祈願する読経をあげた。


ザトゥル・リンポチェ

講演
「ガンデン・ポタン政庁の歴史的意義」
「歴代ダライ・ラマの歩み」

まずザトゥル・リンポチェ代表が、「ガンデン・ポタン政庁の歴史的意義」と題して講演を行った。
「チベットの初代王ニャティ・ツェンポから数えて、チベットは少なくとも2000年以上の歴史をもっている。7世紀、ソンツェン・ガンポ王がチベット全土を統一し、トンミ・サムポタをインドへ派遣して、チベット文字の作成後、チベットに仏教の教えをもたらした。また、ネパールからベルサ(ネパールの妃)と中国からギャルサ(中国の妃)を妃に迎えるなどして近隣諸国との国交を深め、チベット文化の促進をはかった。テソンデツェン王の時代に仏教はチベットの国教となった。10世紀の半ば、チベット各地から仏教信仰がチベット人の間に広く浸透し、チベット各地で僧侶の数が増え、僧院の再建が次々と始まり、カダム派、サキャ派、カギュ派、ゲルク派など独自の宗派が誕生した。その後、チベットは、サキャ政権、パクモドゥパ政権に続き、ガンデン・ポタン政権によって支配されてきた。一六四二年、モンゴルのグシハンの協力により、ダライ・ラマ5世がチベットの政治と宗教両面の最高指導者になった。ガンデン・ポタンという名前の由来は、ダライ・ラマがガンデン僧院にいたころのガンデン宮殿の名前がそのまま政府名として呼ばれるようになり、現在に至っている」 (講演抜粋)


写真右:田中 公明氏

(財)東方研究会の研究員田中公明氏は、スライドを使って「歴代ダライ・ラマの歩み」と題して講演をした。
ダライ・ラマ政庁発祥の地デプン寺の紹介から始まり、チベットの歴史や仏教の復興などをタンカ(仏画を描いた掛け軸)を一枚ずつ紹介しながら解説を行った。ツォンカパの登場とダライ・ラマ政権の成立、ダライ・ラマ5世のガンデン・ポタン政庁の政権誕生と宗教と政治両面の権力の掌握などについて説明した。


ドキュメンタリーフィルム上映
「ダライ・ラマ法王とパンチェン・ラマの1956年インド聖地巡礼映像」
「慈悲を生きる―ダライ・ラマ法王と激動のチベット」

ドキュメンタリーフィルムは2回に分けて上映された。
午前の「ダライ・ラマ法王とパンチェン・ラマの一九五六年インド聖地巡礼映像」は、1956年、ダライ・ラマ14世法王とパンチェン・ラマ10世が、釈尊誕生2500年祭のためにインドを訪問し、ネルー首相・周恩来首相らと会う貴重な映像の他、「チベットの娘」の著者ミセス・タリンが、チベット難民の現状と20世紀の日本とチベットの関係を語る映像が公開された。特に、1956年のダライ・ラマ法王インド訪問の映像は、最近になって発見されたものである。1956年は、カム・アムドは、繰り返し中国軍と衝突を起こし、チベット国内は混乱期にあった時代である。この訪問の際、ダライ・ラマ法王は、インドのネルー首相と会談し、インド政府の協力を求めると同時に、インドにそのまま亡命の意思を表明した時期でもあり、ダライ・ラマ法王の気持ちは大きく揺れ動いていた。

午後の「慈悲を生きる―ダライ・ラマ法王と激動のチベット」は、イギリスのテレビ局の制作によるもので、チベット亡命政権の情報・国際関係省(外務省に相当)がわざわざガンデン・ポタン政庁360周年記念のため、一部修正を加えて完成させたものである。ダライ・ラマ法王をはじめ、法王の兄弟や新難民などのインタビューを盛り込み、チベットの現状と将来について簡潔ではあるが、解かりやすい内容となっている。ダライ・ラマ法王日本代表部事務所が日本語の字幕を入れ、日本で初めて上映を行った。観客からの反響も大変良かった。


TIPA(チベット舞台芸術団)の歌と踊り

今回のためにインドのダラムサラからTIPA(チベット舞台芸術団)から2名のアーチストが来日、チベットの華麗な歌と踊りを披露した。最初、ガンデン・ポタン創立360年を記念して作曲されたダライ・ラマ法王を称える歌を歌った後、この日、10曲以上の歌と踊りを披露。どれもチベットの民族を象徴するものである。チベットのダニェンというギターに似た楽器を弾きながら歌い踊るのが特徴的で、チベット人にとって体が自然に動くリズムである。
彼らが所属するTIPA(チベット舞台芸術団 Tibetan Institute of Performing Arts)は、ダライ・ラマ法王がインド亡命直後、チベットの伝統音楽の復活と舞台芸術の保護を目的に1959年、インド北部のダラムサラで設立された。ここでは、俳優、教師、音楽家、美術家、訓練生、料理人などを含め約120名が共同生活を送っており、発声法、歌唱法、舞踊、理論、楽器演奏など舞台芸術の全般を教えるトレーニング機関として、チベットの民族音楽、舞踊、演劇の最高峰であり、伝統が受け継がれている。現在、インド国内の他、世界各国へ公演を行い、評価を集めている。
TIPAホームページ http://www.tibetanarts.org/

(1)ブット・シュン・ガンデン・ポタン
チベットは数世紀において隣国に影響を及ぼした国だったが、次第にその力が衰え、分裂した。そして、1642年、ダライ・ラマ5世がチベットを統一し、「ガンデン・ポタン」(チベット政庁)を築き、政治と精神両面の指導者となった。最初のソロ「ブット・シュン・ガンデン・ポタン」は、ガンデン・ポタン創立360年を記念して作曲されたものである。
(2)タシ・ショルパ(ラサ地域で幸福と縁起の徴として歌われるオペラ)
タシ・ショルパは、チベットで最も古いオペラである。1645年、ダライ・ラマ5世法王の夢に見た内容が構想とされ、ガンデン・ポタン政庁を築いたダライ・ラマ5世がデプン僧院の新官長を任命し、その儀式に縁起の良いものとして法王に捧げられた。白い髭をしたマスクを被る踊り手は、チベットのオペラを作った仙人タン・トン・ギャルポに扮している。
  (3)ナンマ・アマ・レーホー
チベットの首都ラサで踊る団体の殆どはプロで、主に貴族の宴会やパーテーなどで踊ることが多い。彼らは「ナンマ」と「トシェ」という二種類の歌をメインにして歌う。今回の歌は「ナンマ」である。この歌はチベットのオーケストラを取り入れ、「トゥクシェ」という早いステップで踊るのが特徴である。
(4)ンゴン・パ・リック・ンガ(狩の前の儀式舞踊)
ンゴン・パ・リック・ンガは、いつもオペラが始まる前に劇場を清め、邪悪などを取り除くために行なわれる。この仮面舞踊は、すべての邪悪を退治すると考えられているチベット仏教の「守護噂金剛手(チャクナ・ドルジェ)」、梵語では「ヴァジュラパニ」を表現する。また、耳まで垂れ下がった薔薇の飾りのついた五色の宝冠を被った女性たちは、女神を象徴している。踊りの終わりに皆がステージに集まり、合掌とともに白いツァンパを天にまくが、これはすべての生きとし生けるものに平和と幸福をもたらすようにという祈願供養を表している。
(5)ディチェン・パマ(合唱)
特にアムド地方でよく歌われる。自分の師、父母や権力者を称える歌である。
(6)ドゥードドゥン(太鼓の踊り)
チベット踊りの中で最も古い踊りの一つである。言い伝えでは、この踊りの起原は7世紀とされている。当時、チベット最初の僧院であるサムエ僧院が完成し、その落成式に踊ったとされている。この歌は、ラサの南にあるロカ地方のものである。
(7)ダニェン・シャプド(チベットの伝統的なステップ・ダンス)
チベットのギター(ダニェン)を弾きながら歌い踊るのが特徴である。この音楽と踊りは、チベットの首都ラサの独特のものである。これらのロマンチック歌は、1950年頃までは、庶民の間で大変親しまれた。
(8)バシェ・ケルサン・ラク
素晴らしい踊りで有名な東チベットに住むカムパの歌である。カムパが住む雄大な自然の中で歌い踊る。
ワークショップ



写真上下:
アムド地方の民族衣装

チベットの民族衣装チュパの試着

今回、チベットの現状報告とチベット仏教文化を紹介するだけではなく、少しでもチベットの雰囲気を味わってもらうため、チベットの伝統衣装チュパの試着を行った。大勢の日本人の方々がチベットの着物をまとい、記念写真を撮った。ウ・ツァン、カム、アムドのそれぞれの地方のチベット民族衣装は、TIPAがこの日のため、わざわざダラムサラから持って来たものである。日本人がチュパを着ると、まるでチベット人のようである。日本人とチベット人には蒙古斑点があり、外見や雰囲気など確かに酷似しており、同じルーツの民族であると主張する学者もいる。



チベット食の販売

チベット仏教普及協会ポタラ・カレッジ、チベット文化研究所、カワチェン、メトック、地湧社、ダライ・ラマ法王日本代表部事務所からチベット関係の書物やグッズが販売された。その他、在日チベット人により、チベットの代表的な飲み物のバター茶、デェシー(おめでたい時に食べるチベットの赤飯)とカプセ(日本のカリン糖に似ている)はひとつ100円で販売され、完売。


結び
「チベット文化の宴」は、300人以上の方が参加され、大盛会のうちに幕を閉じ、日本におけるチベット問題及びダライ・ラマ法王の非暴力精神の理解が少しずつ浸透していく手ごたえを深く感じた。

Special Thanks To 常圓寺 木内みどり氏 



主催:ダライ・ラマ法王日本代表部事務所
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